ここはどこ……?
かくしてついに、俺の冒険は始まった。
村を出てしばらく、のんびりと草原を歩く俺が目指しているのは王城都市ロマンシア。
GHプレイの際、正規の道のりで進んでいけば、主人公が最初に訪れることになる大きな街だ。
東西南北、そして中央の五つで分けられたユトランディア。
この前のニャルナの話で故郷のナシの村は中央の、ゲーム開始地点である主人公の故郷──カソ村のすぐそばに位置していることが分かった。
主人公が旅立つ村のそばにある村なら、流石に忘れるはずがない気もするがまあいい。
文字通り何もなかった村だ。そもそもゲームには存在しなかったのだろう。
向かうべき場所の候補は複数あったが、ロマンシアにさえ辿り着けば大抵のものはある。
村育ちの田舎者である俺にまず必要なのは知識収集、それと何より金稼ぎ。
どんなことをするにもまずは金だ。百財宝を集めるのなら、ゲームに出てきた過酷なダンジョンの全てを攻略出来るくらいにならないといけないのだから、必要な道具を集めるのは当然だろう。
ゲームやファンタジー創作ではお馴染み、たくさんの物を詰め込めるアイテムボックス。
煌びやかながらも過酷な世界を巡り、百財宝なんて困難を踏破するために必要なアイテムの数々。
そして金や強さ。前世でも今世でも変わらない、人として生活する上で絶対に必要な生活基盤。
一人の方が気が楽だから仲間はいらないが、それでも今の俺には足りない物が山ほどある。
まあでも急ぐ必要はない。一生をかけての宝探しなのだから、焦ることなく気楽にやっていければそれでいい。
ロマンシアからそこまで距離もない村だ。
適当に歩いていれば何かしら知ってる場所に出るだろうと、軽い気持ちで旅を始めたのだが。
「止まれ不審者! 此処より先は神聖なるエルフの領土! 資格なき者は立ち去るがいい!」
俺が辿り着いたのは街ではなく、二本の槍を向ける美丈夫達が守る大きな森の入り口だった。
素人目にも生気と神秘ふ溢れる鬱蒼とした森に、奥へと続く先が見えない一本道。
加えて侵入者を阻む門番らしき二人の尖った耳の形に、どこぞで聞いたことある気がしなくもない定型文。
ふむふむふーむ……なるほど、そういうことか。
つまりここはロメルの森。
俺がそこまで好きになれなかったあのエルフの総本山。ロマンシアとは真逆の方向ってわけだ。
まずったなぁ。どうやら俺、もしかしなくても進路を間違えたっぽい。
コンパスなんてなかったし、適当に歩いていたから、それにしても真逆ってのはちょっと方向音痴が過ぎないだろうか。
「おい! 何か言ったらどうなんだ!! というかそいつはお前が狩ったのか!?」
ああこれ? 見てのとおり熊だよ、この世界的に言えばベアンド。
さっき襲われたから相棒でぶん殴って一撃よ。美味しそうだし、今日の晩ご飯にするんだ。
それよりあとちょっと待って。具体的には三十秒くらいシンキングタイムに浸るからさ。
俺に出来る選択肢は三つ。押し通るか、帰るか、この人達とお話ししてみるかのどれかだ。
とはいっても、迷う余地なんてないくらいには帰る一択なんだよな。個人的にも、合理的にも。
エルフ。
ご存じファンタジーの大定番。美形と言えばまず上がるであろう、誇り高き森の番人である。
例に漏れずGHでも人気のあった種族だが、残念ながら俺はGH内のあいつらを好きにはなれなかった。
確かに容姿のレベルは高いんだよ? ぶっちゃけ他の種族より明らかに整ってる、それは認めよう。
でもそれだけなんだよね、好意的に見られる点なんて。ま、あくまで個人の意見だけどさ。
メインシナリオ、及びサブシナリオの両方で必ず訪れることになるエルフの総本山。
キャラ、マップ、演出。そのいずれもが一級品。
変態集団である開発スタッフ達も、さぞ力を入れてこの森の制作に取りかかっただろうと一目瞭然なほどの完成度を誇っていた。
けれどはっきり言って、規模の割にシナリオ以外での用途がない場所でもある。
閉鎖空間らしく物価も宿泊代も高いし、住民のセリフがいちいち鼻につくし、挙げ句サブシナリオも面倒いのばっかり。はっきり言って、いい思い出なんか一つくらいしかない場所だ。
まあ態度はメインシナリオを薦めると改善されたりはするのだが、それはあくまでゲームの中の話。
恐らく本編前の今、エルフはやっぱり高慢ちきなエルフ様でしかないわけだ。
とはいえ旅を始めて、初めてとも言えるGH名所だ。
本音を言えば中に入りたい。風呂借りて、飯もらって、ベッドの上で警戒せずに就寝したい。
だけどそろそろ水が尽きそうだから補充したい。生きる上で水の枯渇は、食不足以上に死同然だからだ。
ただ俺文無しなんだよな。
元々薬さえギリギリ買っていた身。今持っている中で金に換えられるとしたら、晩ご飯予定のベアンドくらいだ。
「しかしでかいベアンドだなぁ。この辺りじゃ見ない色……まさか、ブルーベアンド?」
エルフの一人がまじまじと見てくるが、段々と顔を驚愕に染めていってしまう。
ブルーベアンド? 確かに青いし、言われてみたらそうかもしれないな。
ゲームだとレアエンカウントだったはずし、結構強かった記憶あるから思いつきもしなかった。でもそれを一撃って……さては俺、結構強かったりする?
「……なあ、ちょっと見せてもらっても良いか?」
「おいモンブ! 余所者の蛮族だぞ!?」
失礼な、蛮族ちゃうわい。全身が血に染まってるわけないだろ?
「け、けどよぉバンブ? もしかしたらブルーベアンドかもしれねぇだろ?」
「あり得ない。この数年、ここら一帯でブルーベアンドの生息は発見されてない! それに本物をこんな人の子供に狩れるわけがないだろ?」
「そりゃそうだけどよぉ。けどもしこれで本物だったら、追い返した俺達は戦犯だぞ?」
……ふわあ。あのーまだぁ? 俺もう帰りたいんですけど。
そしてモンブとバンブって門番らしい名前、そういえばそんなキャラもいた気がするよ。
「ああちょっと待てぃ! 見せて、見せてくれ!」
「おい!」
「責任は俺が取る! 減給くらいなら喜んで受け入れるさ!」
減給はされるんだ。そりゃまた災難極まりないこと、国に仕える公僕は大変んだねぇ?
んじゃまあはい。我が戦果、気の済むまで見てくれたまえ。
どうせ今日の夜には胃へ入る定めの肉だ。何なら皮とか爪は買い取ってくれると助かるぜ?
「ありがとう! ……ふむ、ふむふむふむ!! この青みがかった皮膚と剛爪! そしてサファイアのような瞳! こいつはまさしくブルーベアンドっ!!」
「何だと? そもそもモンブ、お前本物見たことあるのか!?」
「実は一回だけある。あの時は解体された後だったが、それでもあの青い爪を見間違えることはねえ!」
「何だと!? 羨ましい!」
何か二人でも盛り上がってんなぁ。実はコント見せてくれてるだけなのかなぁ。
「お、おい君! これ、譲ってくれないだろうか!」
譲るぅ? 確かに良い肉かもしれないが、何でまたピンポイントでこいつを?
「じ、実は今俺達の里では今重大な──」
「あ、おい待て! 余所者に話すな!」
「話すべきだ! 事情を話せば譲ってもらえるかもしれないだろ!?」
「そのときは奪えばいい。森への侵入を試みた蛮族一匹を誅し、偶然所持していたブルーベアンドを女王へと捧げる。それで解決だ」
心底見下しているのを隠さずに、過激な方であるバンブは俺へと槍を向けてくる。
……はあっ。こんなんだからこいつらとは話したくないんだよ。
こいつら、自分達こそ最上種だと本気で勘違いしてやがるからな。
典型的で無意識な、人族含め他種族を見下した発言。こいつらもゲーム通りだと宝の信憑性も増すし、こっちでも変わりなくて逆に安心したよ。
まあでも、もう少し理知的で余裕ある気がするんだけどな。原作前だからなのかな。
落胆と安心の両方に苛まれながらも、死にたくはないのでぬるりと相棒を抜いて構える。
嫌味な相手だが、相手を舐めるつもりはない。実際ゲームでも人族より遙かに強い連中に変わりはないからね。
しかしいきなり殺し合いかぁ。
やだなぁ。エルフとはいえ人殺しはなぁ。けど今日の晩飯はこいつって決めてるからなぁ。
「ま、待ってくれ人族! こっちに戦闘の意志はない! バンブも槍を降ろせ! 平和的に行こう? な?」
一触即発の緊張。互いに僅かでも動けば、すぐにもバトルスタートな状況。
そんな険悪な雰囲気を掻き消すように、穏健派な方のエルフことモンブが間に入って静止してくるので相棒を下げる。
今はモンブに免じて話くらいは聞いてやるさ。こちとらお前らと違って蛮族じゃないんでね。
どうしてこれ欲しいん? 珍しいとはいえ、エルフ視点じゃ大した獣じゃなくない?
「旅の人族。今から話すことは他言無用と約束してくれないか?」
いいよ。
「ありがとう。実は今、我らの国のある御方が病を患ってしまっていてね。その薬にブルーベアンドの爪と瞳が必要なんだ」
なるほど。つまりは国の偉い人の治療にこの熊が必要だから渡して欲しいと、そういうことか。
……あー、あった。確かGHにもそんな感じのサブクエがあった……気がする。
確か何たら病に罹ったエルフの少年を助けるため、ババアにいくつかの素材をせがまれる典型的なお使いクエストで、クリアするとババアが前女王も同じ病で亡くなったみたいな話を聞けるんだったか。
つまりはまさに今、その女王が危篤って可能性があるわけか。
……なるほど、それなら余裕がないのも納得。あのチートエロリフがいるだろうとはいえ、国の一大事にピリピリしない方がおかしいからな。
「それでどうだろうか? 我らとしても、侵入者でもない君と争うのは避けたいのだが」
拒否すればその時は……か。
やっぱり根底はエルフだねぇ……まあそういうことならはい、医療目的ならお好きにどうぞ。
「そこをなんとか……え、いいのか!?」
いいよ別に。今世の俺は病人に少しだけ優しくしていきたいんだ。
ああでも、対価をくれるなら大歓迎。金はいいから、食料や水の補充を工面して欲しいかな。
「い、いや……そんなことじゃ足りない! どうか中へ、うちで歓迎させてくれないだろうか!?」
「しょ、正気か!?」
しょ、正気か……!? あ、やべ、同じ反応になっちゃった。
けど仕方ない。エルフが自ら人を国へ入れるって、それこそ滅多にないって進研GHで習ったもん。だから俺もそこの糞野郎も悪くないと思う。
「……どうだろうか?」
GHのエルフには珍しい、頭を下げたお願いに悩んでしまう。
どうしようか。余計な問題を起こさないために森へは入りたくないのだが、そこまで丁寧に頼まれちゃうと断る方が無礼なんだよなぁ。
けどエルフ、あのエルフかぁ。俺がGHで三指に入るほど嫌いなエルフだもんなぁ。
──ま、いっか。一泊だけならそこまで問題は起きないはず。
元GHプレイヤーとして、エルフは嫌いでも、森自体は嫌いじゃないしむしろ来てみたかったからな。
それに百聞は一見に如かずとも言うじゃないか。
グランドホライゾンではあるけどそのままではないんだし、案外来て良かったなと思えるかもしれないよ。
てなわけでれっつらごー。あ、熊は自分で持っていくからお気になさらずに。
読んでくださった方へ。
もしよろしければ感想や評価、ブックマーク等してくださるとモチベーション向上に繋がります。