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そうだ、宝を集めよう

 次の日、ニャルナさんは予告どおりに旅立った。


 あの夜の食卓で彼女の話を聞いてみれば、予想通り母とは旧知であったらしく。

 村に訪れたのは武者修行の放浪ついでに、母の手紙を当てにしてこの村まで訪れたのだとか。

 

 本当に何者なんだろうな、今世の母は。

 GH(グラホラ)にはサブキャラとしてすら登場していなかったし、そもそも相棒もよく分からない。

 経歴も謎。なんでそんなに強いのかも謎。どうしてこの村に移り住んだのかも謎。

 興味は尽きないが、今更聞く気もない。捨てられた母に過去を訪ねるのは、何故だか無性に嫌だった。

 

 まあ、そんなことはさておくとして。


 ニャルナが去って、今日でおおよそ三ヶ月ほど経ったくらいか。

 ある日を境に急激に体調を悪化させた母は、あれほど強かったと思えないほど弱ってしまい、最近ではベッドの上から起き上がることすらも叶わなくなってしまった。


 村に常駐してる医者なんておらず。行商人と共に訪れてくれるとしても、次は当分先だろう。


 ──つまりは終わりが近いということ。母の命も、俺の生きる意味というやつも。


 衰弱し、苦しそうに咳を続ける母を前に、俺は慰め以外に出来ることなどない。

 苦しむ母に手を握られる度、かつてゲームで得た知識なんて無意味でしかないと思い知らされる。


 ……いや違う。知識が悪いんじゃない。全部、俺が真剣に向き合わなかったのが悪いんだ。


 花びら一枚を煎じれば、それだけで万病に効く花があるのを知っていた。

 一口食べれば瞬く間に体が活力を取り戻す、そんな奇跡を創る料理人がいるの知っていた。

 星の泉に住む龍の涙、怒れる虎の青い血、虹色な妖精の声。……或いは、病や呪いを他人に押しつける禁じられた呪い。


 知っていた。治せる可能性があると知っていて、それでも一歩すら動けなかった。

 例え俺が弱くとも、ニャルナに依頼すれば良かった。けれど俺は、そんなことすら出来なかった。しなかった。


 無意識にでも母を重荷にでも思っていたのか。生を縛るこの女を疎ましく思っていたのか。

 

 そんなはずはないと、自己問答でさえ即答出来ない自分が嫌になる。

 何て情けない。何て醜い。どうしてここまで、俺という人間は終わっているのか。


 少し田舎に慣れようが、重い棒を振り回せようが、腐った性根は前世から何も変わっちゃいない。

 馬鹿は死んでも直らないというが、きっとその通りなのだろう。自分の醜さを突きつけられる度に、気色の悪い吐瀉物をぶちまけて、そんな逃避をしている自分へ更に吐き気がする。



「ごほっ。おいで、シーク」



 そんな普通の子供すら演じられなかった俺が、果たして彼女にはどう見えていたのか。

 もう限界であろう母は、かろうじて輝く瞳を向けて、掠れきった声でベッドのそばに座る俺の名を呼んだ。

 

 最期に、今までの不満全部を詰め込んだ恨み言でも吐かれるのだろうか。

 お前など生まなきゃよかったと、前世の母と同じような後悔をぶつけられるのか。


 そういうのなら……いや、むしろその方が良いのかもしれない。

 俺は誹られて、貶されて、嘆かれるのも当然の、この人の子供ですらあれなかった化け物。

 産んだ本人によって糾弾されるのであれば、自分が醜い化け物だと肯定されるようで、抱えた喜色悪さも少しは受け入れられるだろう。


「シーク、シーク。嗚呼、私の家族……。たった一つの、私の宝物……」


 けれど彼女は、母は俺を非難などすることはなく。

 むしろ力なく震えながら上げられた、痩せ細った手が俺の頬を撫で、慈しむように言葉を漏らす。

 出てもいない薄情者の涙を拭うためか、ただ触りたかっただけなのかすら曖昧に。


 ……ごめんなさい。こんな出来の悪い、普通ですらあれなかった子供もどきが息子で。


 出すまいと決めていたはずが、それでもつい零れてしまった謝罪の言葉。


 ただ自分が楽になるだけでしかない、俺が墓まで隠さなければならなかった懺悔。

 それを聞いてどう思ったのか、母はほんの少しだけ口元を緩め、そのまま事切れる。


 頬から腕は力なく垂れ、黒い瞳は輝きを失って。

 もう二度と、十年以上聴き続けた声も息遣いも、俺をどう思っていたかの真意すら音になることはない。


 だがやはり、そんな様を見ても、俺の瞳は涙を流すことはなく。

 むしろ抱いたのは、この上なく平坦で薄情な、親の死に立ち会った子供が抱くべきでないもの。


 なんて寂しい死に方だろう。

 最期を看取るのが俺一人だけで哀しいだろうに、どうして彼女は満足そうな顔で眠ったのだろう。


 何も得られず。何も満たされず。

 唯一あった子供ですら、子供の形をした紛い物でしかなかった、哀れむ要素しかなかった母。


 一度死んだ俺だからこそ、どうしてここまで安らかな顔で眠りに就けたのかを理解出来なかった。


 そうして村での葬式にて、村民に見送られながら母の骸は燃やされた。

 この世界では土葬と火葬のどちらも選べたが、母はアンデッドになる可能性を残したくないから燃やして還して欲しいと言葉を遺していたからだ。


 墓は村の墓地ではなく、村はずれにある見晴らしのいい木の陰に一人で建てて埋葬した。

 晴れた日によく母が俺を連れてきてくれて、景色を眺めながら一緒に昼食を食べた場所だ。母にはせめて、好きだと言っていた景色と共に眠りについて欲しい。きっと母は笑っているだろう。


 ついに母は死に、ついに俺の生きる理由はなくなった。なくなってしまった。

 けれど不思議なことに、今はわざわざ首を吊ろうとは思えない。もうここで死んでもいいやと、そんな風には思えなくなってしまった。

 

 母の死を直面したからだろうか。曖昧すぎた一度目の死が、自分の中で実感でも湧いてしまったか。

 自殺なんてものはとても虚しくて、おぞましくて、どうしようもなく寂しい選択だと。そう思えてしまったのだ。


 何一つ為せずに死ぬなんて嫌だ。前世みたいにくたばるなんて、そんなの真っ平御免だ。

 どうせ死ぬなら満たされてから死にたい。価値ある人生だったと、最期に誇れる生き方をしたい。……母が最期に見せたあの顔の真意を、俺は知りたい。

 


 ──そうだ、宝を集めよう。集めた宝こそ、俺の人生の価値となってくれるはずだ。



 ふと脳裏を過ぎったのは、グランドホライゾンに存在した百財宝(レジェンダリー)

 隠し場所があまりに難解だったので存在すら疑われた収集アイテム百つ。チート抜きで初めてコンプリートされたのが発売から三年後だったと言えば、その入手難度は察してもらえるだろうか。


 この世界にあるかも定かではない、既に誰かに入手されているかもしれない宝。

 誰かに話してみれば、存在すら笑われるかもしれない幻や伝説の数々。

 

 けれどもしも。

 もしもこの世界が、本当にグランドホライゾンであるのならば、きっと宝はあるはずだ。

 

 ──分かっている。根拠としては弱すぎると、あまりに眉唾が過ぎるということも。

 

 けれど魔法もあった。言葉もあった。道具もあった。何よりニャルナ・ジッハは実在した。

 ならば百財宝(レジェンダリー)だけ存在しないなんて、そんな負のご都合は通らないはず。例えそうだとしても、俺は自分の目で見るまでは認めたくなんてない。


 形ある物。俺という母すら見捨てたゴミクズが、唯一変わりなく誇れるであろう不変。

 それらを手に入れることさえ出来たのなら、俺はきっと満足できる。……母が命を費やして産んだ程度には価値のある存在だったのだと、自分の価値を示せるはずだ。


 勇者や魔王、滅亡なんて興味はない。メインシナリオなんてのは主人公様達が勝手に進めてろ。

 俺が求めるのは宝のみ。俺の生に価値を付ける、存在証明だけだ。


 生き方は決まった。空虚だった俺の魂に、不思議なくらいすっぽりと埋まってくれた。

 

 俺はトレジャーハンターのシーク。

 GH(グラホラ)には存在しなかった、この世界で一人かもしれない自称職。誰も知らない宝を求める、夢見の俺にぴったりな定義だ。


 やることは決まった。生きる意味は定まった。

 そうと決まれば善は急げと、俺は小さな鞄を掴み取って旅支度を調えていく。


 武器はもちろん相棒のクロ。

 あとは水と食料と、母の遺品であり俺に遺してくれた動かない懐中時計。それだけで十分。


 出発は明朝。

 挨拶などする人もいない、たった一人での旅立ち。

 

もうこの村に未練はない。母とこの家だけが、俺がこの村で生きていた理由だったのだから。


 旅支度を調えた後は、ひとりぼっちの食卓で腹を満たし、そのままベッドへと横になる。

 いただきますもおやすみなさいもなくなった、一人だけの空間。

 前世では当たり前だったはずの静寂が、今の俺には少しばかり寂しく思えてしまう。

 

 ──行ってくるよ、母さん。次に戻ってくるときは、墓に添えられるお土産を持ってくるから。


 瞼を閉じて、もういない母親の笑顔を思い出しながら眠りにつく。

 目覚めた後、少しだけ枕が湿っているような気がしたが、きっと気のせいだろう。

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