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新たな長は友を待つ

 ニャニャ・ジッハ。

 かつて落ちこぼれとされながら、門の役である達人ニャナナの下で修行を積んで才能を開花させ、猫演舞(キャッツダンス)を制して『ジッハ』を得た十五歳の少女。──或いは()()()()()()()()のいとこ、そういえば分かりやすいのだろうか。


 ニャニャは本来ジッハを得ることなく、落ちこぼれのまま死ぬはずだった少女でしかなかった。

 

 これはGH(グラホラ)をプレイしたシークでさえも知らない、彼女が本来迎えるはずだった顛末はこうだ。

 落ちこぼれのまま過ごした彼女は、猫演舞(キャッツダンス)に参加することなく、

 突如出現し、ネコ里を襲おうとした魔物化したホワイトベアンドといち早く遭遇してしまい、抵抗さえ出来ず殺されてしまう。


 それだけ。

 ただそれだけのための役割を与えられた、ゲーム内に墓標さえ用意されなかったキャラ。

 グニャーラ・ジッハを新たな里長とし、ニャルナ・ジッハの過去をより昏いものにするだけの端役以下。それだけがニャニャやニャタロウ、全里長を筆頭のGH(グラホラ)における役割だったのだ。


 本来であれば、ホワイトベアンドによってネコ里に住む猫の民は今の半分以下になるはずだった。

 本来であれば、ホワイトベアンドによって引き裂かれ、一族諸共無惨な死体へ変わるはずだった。

 本来であれば、ホワイトベアンドによって半壊させられたネコ里は、もう少し力に偏るはずだった。


 ──だが運命は変わった。

 あの日死ぬべき多くの命は救われ、落ちこぼれであったニャルナ・ジッハのいとこは自ら勝利を掴み、ジッハを得た新たな里長としてネコランマの登頂さえ成し遂げてしまった。


「にゃ。お姉ちゃん、また抜け出しておサボりかにゃ?」

「あ、ニャタロウ。ちっちっち、これは息抜き、修行ってやつニャ!」


 シークが去ってしばらく経ったある日。

 日常を送るネコ里。里長が済むことを許される里で一番大きな家の裏、長階段を上がった先にある展望崖と呼ばれる一角。

 丸い猫の石像と里を一望出来る崖以外に何もない、滅多に民の寄りつかない場所にて、背後からいつも通りの眠そうな目で話しかけてきたニャタロウに、ニャニャは笑顔で指を揺らしてみせた。


「そうだニャ! ちょっと付き合うニャ!」

「えー。お姉ちゃん、仕事戻らんとお祖父ちゃんうるさいよにゃ?」

「知らんニャ! 今はわたしが長、つまりわたしこそが里の法ニャ! 軽い息抜きぐらい大目に見てニャ!」


 早くしろと強い目で訴えるニャニャに、ニャタロウは呆れながらも構えを取る。


 簡単な組み手。ゆっくりとした手合わせ。

 互いが技を確認し合う程度の、決して本気でしのぎを削るような戦いとは無縁な──けれども洗練された技の応酬は、武と共に生きる猫の民のあり方を身で示しているようであった。


「ニャタロウも意地悪、ニャ! こんなにやれるのに、隠してたんだから、ニャ!」

「だってお姉ちゃん絶対いじけるにゃ……危なっ、ほらそういうところにゃ」


 照れを誤魔化すように、急に荒々しく切り替わる拳を危なげなくいなすニャタロウ。

 数分の間、軽く手を合わせていると、ふとニャニャは手を止めてその場へ立ち尽くしてしまう。

 

「……なあニャタロウ。わたし、少しでもニャルナお姉ちゃんに近づけてるかなニャ?」


 怪訝な顔を向けるニャタロウに、ニャニャは空を仰ぎながら零すように問いを投げる。

 

 確かに自分は確かに強くなった。少なくとも、『ジッハ』に恥じない程度には。

 けれどかつての猫演舞(キャッツダンス)にて、若干十五にして自身の祖父である前里長、ニャズル・ジッハを含めた里の猛者の悉くを蹂躙したニャルナ・ジッハ。

 たった一日で鮮烈なまでに刻みつけられた、あの魔性のような暴力を思い出せば、自身は近づけているのかと不安になってしまっていたのだ。


 ニャニャの真剣な、内で燻っていた弱さを吐き出すかのような問い。

 けれどニャタロウはそんな姉の悩みに呆れ果てたみたいなため息を零した直後、ニャニャの顔面に当たるか否かの寸前に掌を突き出し、そのまま優しく肉球を押しつける。


「ニャ!? やめ、やめるニャ! 今真剣に訊いてたんだけど!?」

「知らんにゃ。大体僕、大お姉ちゃんなんて見たことないもん。そういうのはお祖父ちゃんかお母さんにでも訊いてにゃ」


 すぐさま離れ、何だとばかりに文句と声を荒げるニャニャ。

 けれどニャタロウは顔色一つ変えることなく、あっけらかんと切り捨てる。

 

「……まあでも、もう超えたでいいんじゃないかにゃ。だって大お姉ちゃんは長になってないけど、お姉ちゃんは長やってるにゃ。ぶっちゃけ力より地位だと思うんだにゃ」

「……なにそれ。なんかニャタロウ、シークみたいニャ」


 シークみたいと言われたニャタロウは、ふと脳裏に得意げに笑うシークを連想してしまい、心底嫌だとばかりに顔を歪めてしまう。

 そんな弟の顔に小さく笑みを浮かべつつ、くしゃくしゃと頭を撫で回す。


「ま、考えても仕方ないニャ! 次にニャニャお姉ちゃんに会ったら手合わせしてもらえばいいんだし、次に

「……お姉ちゃん、何か変わったにゃ。お姉ちゃんこそ、シークの適当さが移ってるにゃ」

「えっ、うそ……?」


 シークの指摘に、少し赤くした両頬に手を当てるニャニャ。

 いつもの打てば響く返しとは違う、どこか年頃の少女を思わせる反応にニャタロウは眉をひそめてしまうもすぐに気付く。気付いてしまう。


「まさかお姉ちゃん……駄目にゃ、あいつだけ止めておくにゃ。あれは歯の浮くようなこと言うだけ言って結局自分優先、いつか後ろから女に刺されるタイプにゃ。男の趣味としては最低最悪にゃ」

「なに言ってるニャ? ほら休憩は終わり、戻って仕事ニャ!」


 驚愕の真実に気付いたと、頭を抱えて蹲ってしまうニャタロウ。

 そんな弟に何を言ってるんだと思いながらも、軽く体を伸ばしてから、晴れやかな表情で歩き出す。


 ニャタロウの心配とは裏腹に、ニャニャの心に恋心なんてものはない。


 彼女にとってシークとは生意気な弟のような人族(ヒューマン)で、約束を預け合った友で、自分が変わるきっかけをくれた恩人。

 年下の、それも弟と大差ない十の子供に抱く印象などそれ以上それ以下でもなく。そもそも初恋さえまだなニャニャにとって、恋心など想像さえ出来ない無縁のものでしかないのだ。

 

 だがそれはあくまで今の話。

 猫の民という種族は、自らを屈服させた異性に恋する本能的習性がある。

 GH(グラホラ)の固有ルートにて主人公に屈服し、ベッドの上にて首輪を付けられた後に「にゃん♡」などと言い出すニャルナ・ジッハと同じように。


 もしも次にシークと再会して、見違えるほどの成長を遂げていたとして、屈服するようなことがあれば或いは弟のようだという認識も変わる……かもしれない。

 

 いずれにしても、ニャニャにとってのシークは友人であり恩人。

 知らぬ間に運命を変えたとか命を救ったとかそういうのはなし。彼女にとってはそれで十分だった。


 そうしてニャニャ・ジッハは、新たな里長として穏やかな日常を過ごしていく。

 いつか再び訪れるかもしれない友を長として迎えるまで、誰にも負けないと心に誓いながら。

 

「あ、そういえばニャタロウ。気になっていたんだけど、いつからシークは脳筋じゃなくなったんだニャ?」

「……お姉ちゃんには内緒にゃ。この秘密は墓まで持っていくにゃ」

 読んでくださった方、ありがとうございます。

 今話で二章はここで終了となります。

 三章についてですが、申し訳ありませんが、投稿を不定期または未定とさせていただきます。

 

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