表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/27

開かないポストの中にあるのは

 なかったことにしたいホラーイベントのせいもあり、互いに夜番を押し付け合うなんて醜いイベントはありながらも、どうにか互いに一睡してネコランマ登山の二日目を迎えた。

 

 今が山の何合目なのかも分からない、登っていることしか分からない白い山。

 実感するのは自分の心が磨り減っていく感覚と、少しずつだが呼吸するごとに強まる閉塞感。


 まあ、山の空気が薄いなんてのは一般常識だからな。

 ネコランマが標高何メートルあるのかなんて知らないし、こんなのは覚悟していたことだし今更だ。


 ……そういや、幻想大樹(ビッグツリー)も高所だったけど空気が薄い感じはしなかったな。

 周りに木が多かったからかな。それとも幻想大樹(ビッグツリー)、或いはロメルの森に不思議パワーがあったとか……まあどうせ考えても分からないだろうし、別にいいか。


 再び山登りを始めるも、俺達の間に会話はない。

 話すことがなくなったからか、それとも疲弊のせいで話す気力が残っていないせいか。

 ひたすらに、最初よりテンポの遅くなった雪を踏む音だけが、俺達の間で共有される音だった。


「……見るニャ。あれ、なんかあるニャ!」


 このままいつまでも、最期の一瞬まで歩かなければならないのだろうかと。

 駄目なときにありがちな、つまらない思考の陥りかけたその時だった。前を歩くニャニャが、何かあると声を出して小走りになったのは。


 ペースを変える気力はなく、そのままゆっくりと歩いてニャニャのそばまで辿り着く。

 そこにあったのは、棒に支えられた小さな赤い箱。

 真っ赤なそれは、白ばかりな大自然のネコランマに場違いすぎる、如何にもお便り待ってますと言わんばかりな郵便ポストだった。


 ──これだ。ようやく、ようやく辿り着いた。

 

「これ、お祖父ちゃんから聞いたニャ。絶対に壊れない赤い箱、頂上近いって目印らしいニャ!」


 頂上が近い、あと一息だと、興奮したように喜ぶニャニャ。


 だがニャニャには悪いが、俺の目的は頂上ではなくこのポストの方。

 この八桁というアホみたいな暗証番号を必要とする赤ポストの中にこそ、俺の求めている百財宝(レジェンダリー)の一つである『あかない猫の夢』が封印されているのだ。


 本来ならば暗証番号の獲得までにそれはもう長く面倒な手順を踏まねばならないのだが、生憎GH(グラホラ)プレイ済みの俺からすればそんなことは関係ない。例えどんなに複雑で難解な謎であろうと、答えが分かっていれば作業でしかないのだ。


 流石に目を盗むのは無理そう……ええい構わん、もう開けちまえっ。

 えっと暗証番号は28282828、ニャーニャーニャーニャーっと……お、開いた開いた。


「なーにやってるニャ? ガチャガチャやっても開くわけない……え、うそっ、開いちゃったニャ!?」


 開かずの箱が呆気なく開いてしまったので、それはもう驚愕するニャニャ。

 だがまあニャニャがどんな顔で驚いているかなんて興味はなく、彼女を尻目に中へと手を入れ、すぐに指に引っかかったそれを取り出し──目的の物であると視認してほくそ笑む。


 木でも石でもない、前世で慣れ親しんだアルミ特有の質感と形状。

 大きさは掌に収まる程度で、側面の赤い帯の上には『あかない猫の夢』なんて文字とデフォルメされた猫の顔が描かれているが、それ以外にこれといって特徴のないブツ。

 

 あかない猫の夢。

 壮大な名前が付いてはいるがまあつまり、言ってしまえば何てことのない──ただの猫缶だ。

 

「何それ、なんかすっごく、すっごく良い匂いするニャ!!」

 

 こんな寒い場所だというに、元気に鼻をひくつかせながら顔を寄せてくるニャニャ。

 はて匂いとは? 俺の鼻では何も感じないが、もしや人族(ヒューマン)の嗅覚が雑魚なだけか?

 

 そもそもこれ、仮にも缶詰だし密閉されてるはずなんだけどな。

 というか中身何なんだろうなこれ。前世から普通のキャットフードだと思ってたんだけど、もしかして想像も付かない何かが入ってたりする?

 

 ……まあいいや!

 俺は中身をグルメするなどといった美食の追求のためではなく、これを手に入れること自体が目的だったんだから、中身が汚物でも関係ない! どうせこの缶詰開かないんだからね!

 

 いやー、旅立ちから一年も経たずに宝二つとか幸先良い!

 これも日頃の行いのおかげ、俺ってば実はトレジャーハンターの才能あるんじゃないかな? かな?


「ね、ねえシーク! それっ、それ頂戴ニャ!」

 

 え、嫌だけど。

 はいどうぞでこれあげちゃったら、どうしてこんな過酷な山登ったのか分からなくなるし。


「で、でも! それはネコランマにあった、猫の民のお宝ニャ!」


 うーん困った。それを通してこられると、こっちとしては一気に不利になる。

 

 トレジャーハンターなんて格好付けた大層な職名だけど、所詮は墓荒らしに過ぎないわけで。

 宝の所有権なんてのはどちらの主張が正しいかではなく、どちらが我を押し通せるかでしかない。


 特にこういう聖地的な場所や種族的な貴重品だと、どうやろうが拗れるのは必至。

 そうなるなと理解していたからこそ、隠し墓では『翡翠女王(コングラシア)の涙』がローゼリアにバレないよう細心の注意を払ったわけで、今回も出来ればそうしたかった。


 さてどうしよっかなぁ。

 互いに譲らぬのなら平行線。最後に残されるのは、血みどろ泥沼な暴力沙汰での決着だけだ。

 諦める選択肢なんてないが、いくらこんな証拠が残らない山の上だろうと、得る物のない殴り合いなんて遠慮したい。やっぱり修羅場ってのは美男美女が揉めているのを傍目から眺めているに限るよ。


 見合う俺達の間にあるのは、共に山を乗り越えたとは思えない緊張感。

 俺はトレジャーハンターとして、ニャニャはネコ里の──猫の民の上に立つ、長として。

 

 どうしたものかと思いながら、淡い期待を込めてポストに手を入れてまさぐってみる。

 要は一つだけなのが問題なんだ。

 所詮は缶詰なんだし、案外ポストにもう一個くらい入ってたりしないかな……おっ、なんだ三つも入ってるじゃん……ん?


 三つも缶詰が入っていたことに安堵した瞬間、何やら違和感を覚える感触を覚えてしまう。

 手袋越しなんでよく分からないと、掻き出すように全部まとめて出してみれば、ネコランマの雪に負けず劣らずな真っ白い、蝋で閉ざされた封筒であった。


「何それ……手紙ニャ?」


 さあ? 

 いやマジで本当になんだろう。ゲームではこんなの入ってなかったはずなんだけど……。


 とりあえず残りの猫缶を二つ、ニャニャへと軽く放ってから、鞄から短剣を取り出す。

 ぷるぷる震える手で慎重に封を開けると、見中に入っていたのは二枚。

 その一枚に取り出してみると、記されていたのはたった一文と星の描かれた三角帽という簡素な絵のみ。


『いつか読める人が来ることを祈って。誰も知らない書庫で待つ、存在しない魔女より』

 

 存在しない魔女……誰それ? 聞いたことないな。

 

 GH(グラホラ)において魔女などという二つ名で畏れられる者は三名のみ。


 本編時に唯一生存しており、魔女の中で唯一仲間に出来る許されざる魔女。

 魔法使いの職業シナリオにおいて、最後の禁書を開けば再現体とは戦闘可能な最悪の魔女。

 ゲーム内には影も形もない、存在だけは示唆されている約束の魔女。

 

 存在しない魔女なんて魔女は、言葉どおり本当に存在せず。

 そもそも誰も知らない書庫なんてのも本のみが迷い込める都市伝説的なあれで、ゲームでも存在だけは示唆されていながらノーヒント。かつてあるRTAの大会中にガバりまくったプレイヤーがたまたま迷い込んだことで大騒ぎとなった、GH(グラホラ)屈指の隠しマップなはずだ。


 どれも百財宝(レジェンダリー)とも関係ないし、縁がないと踏んでいた魔女と書庫。

 あまりに急に提示された名前二つに、理解が追いつかず、ひとまずもう一枚をと取り出してみれば──。

 


『今回は三度目。次が恐らく、ラストチャンス』



 ……はい?


「?? ねーシークぅ? これ古代文字ニャ? なんて書いてあるニャ?」


 いつの間にか覗き込んでいたらしいニャニャが疑問を投げてくるが、正直構っていられず。

 口元を押さえながら何度も何度も二枚の手紙を見比べたが、やはり記述の中身が変わることはない。


 ……なあ、ニャニャ。お前これ読めるよな?


「馬鹿にしてんのかニャ? ……存在しない魔女って誰ニャ?」


 だよな。じゃあこっちは?


「さっぱりニャ!」


 念のため、ニャニャにも確認させて、やはり俺の目と頭はおかしくなっていないと確信する。

 

 古代文字? ちゃんちゃらおかしい。

 一枚目の手紙は現代でも使われる現代文字。そして二枚目の手紙に記されているのはユトランディアで使われている文字でもなければ、いつか隠し墓で見たような古代文字でもない文字。

 

 ──これは前世の文字。この世界にあるはずのない言葉を、存在しない魔女は使っている。


「……シーク?」


 ニャニャが心配してくれるが、至った結論に、ごくりと唾を呑んで固まってしまうばかり。

 他に何か入ってる物はない。この手紙が、存在しない魔女の残したかったもの。

 

 中身も当然重要なのだろうが、そうであれば書き分ける意味がない。

 つまり使っている言葉自体に意味があるということ。存在しない魔女は、俺と同じく別の世界からやってきたと、それを報せるための手紙なのだろう。

 

 だがそれ以上はさっぱり。

 仮に存在しない魔女が他の世界の人間だとして、何の意味がある?


「シーク! 無視するな、ニャ!」


 おおびくった。考察に集中しすぎて、つい心臓止まっちゃいそうだったよ。


「まったく、こんな所で固まってたら凍死しちゃうニャ! 早く頂上行くニャ!」


 へいへい。分かったから、分かったから揺らすのはやめてくれ。


 考え事は終わりにしろと、ぐわんぐわん肩を揺さぶってくるニャニャ。

 現実に戻ってきた俺を見たニャニャは、やれやれと首を横に振りながら「行くぞ」とばかりに登山を再開してしまう。


 ……だーめだっ、どう頭使ってもちんぷんかんぷん。

 これ以上は考えすぎで熱出そう。何はともあれ、ひとまずは下山してから考えるとしよう。


 ニャニャの背を苦笑いしながら、手紙を鞄へ入れようとして──違うなと首を振る。

 

 存在しない魔女の待ち人は、きっと俺ではない。

 宝しか求めない俺などではなく、魔女の持つとんでもない情報が必要な誰か──『星の紋』を持つ主人公のような、特別な人間がいるはずだ。

 手紙はその人のために残しておくべき。手紙の状態的にこのポストの中なら劣化はしないはずだ。


 手紙を封筒に戻して再びポストに投函し、扉を閉めれば再びポストは開かずの箱に戻る。

 再び開く様子はない。恐らくはまた、暗証番号を知る者を待ち続けるのだろう。

 

 さて、俺の目的は果たした。

 後はニャニャの目的であり、せっかく登った山の頂上である祈りの場を拝むとしましょうかね。


 色々謎は増えたけれど、ひとまずそれは抜きにして。

 とりあえず百財宝(レジェンダリー)の一つを手に入れたという達成感に酔いしれながら、既に結構先に行ってしまったニャニャの背中を追うべく歩みを再開した。

読んでくださった方へ。

もしよろしければ感想や評価、ブックマーク等してくださるとモチベーション向上に繋がります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ