いい笑顔出来るじゃん
最終試合を終え、今年の猫演舞は無事に終了した。
今年の勝者はニャニャ。今宵から一年、次の猫演舞までの間を治める里長はニャニャ・ジッハとなった。
そして猫演舞を終えた夜、ネコ里では大々的な宴が開かれる。
戦いを終えた勇士を労う慰安の場として。
猫神様へ今年の安寧を願う安寧の場として。
そして次の長になる者の初めての責務の場として。
皆で杯を交わし、健闘を讃え合い、一年の平和を願って夜を騒ぎ明かす。それが猫の民の伝統らしい。
まだダメージは残っているだろうに、目を覚ましてすぐ挨拶だのといった長としての務めにてんてこまいなニャニャには同情しちまうね。
俺だったら絶対逃げ出すかふて寝してる。激闘後に仕事するとか心の底からごめんだね、ブラック過ぎる。
まあそんな猫の民のための宴だが、部外者である俺も少々ご相伴に預からせてもらっている。
とはいっても、俺はあくまでおこぼれに預かっているだけ。
流石に中心で騒げるほど厚顔無恥にはなれないし、そもそも人付き合いなんて苦手だし、こんな腕じゃあ騒ぐ気にもなれやしないから、隅っこで喧騒を眺めながら休憩してるだけよ。
まあそんな感じで寛いでたら、シガナシとニャズルの爺二人に捕まってお酌させられてるけどさ。
「……それにしても、あのニャニャが七番目の秘奥までひっさげてくるとはニャン。あの頑固ニャナナも、えらくあの娘を気に入ったようだニャン」
「まさか門の役を口説き落とすとは思わなんだニャズ。やはり我が孫の愛らしさは世界一かもしれんな、ニャズズズ!」
いやーそうですねぇ、激闘でしたねぇ。おたくの娘さん世界一ですねぇ。
俺達が戻った頃には佳境も佳境で、残念ながら大詰めしか見られなかったけど、それでも俺のクソだる泥仕合に比べて随分とドラマある決着でしたよ。
しかしあの第七の秘奥。
あのクソ技筆頭な空落としを目の当たりにした一瞬、前世でのトラウマを思い出したなぁ。
ゲームだとHPがあと一割くらいになると、頭おかしくなるレベルの完璧なカウンター決めてくるからな。
当時はニャルナやグニャーラが仲間にいなかったせいで対抗策である第一の秘奥の存在すら知らなくて、しまいにはテレビ画面ぶち割っちゃいそうなほど苛ついていたっけ。……思い返せば、知らずに挑み続けてた俺がアホとしか言いようがないな。
で、無理だろうと思っていた孫娘が見事にジャイアントキリングを果たしてしまったわけですが、元長様としてはどんな心境です?
「最高ニャズ。おかげで長く絶っていた酒が進んで仕方ないニャズ」
でしょうね。その満面の笑み見れば、誰だって一目瞭然でしょうとも。
さっき散々聞かされたが、どうやらこの元長、次に呑む酒は引退してからだと結構な年月絶っていたらしい。
そのせいか、それはもうガパガパお酒飲みまくって顔真っ赤だし……あ、お次お注ぎしますよ。
「ありがとうニャズ。……さてシーク殿、お主には、深く礼を言わねばならんニャズ」
話していると、ふとニャズルはわざわざ向き直して、畏まったように姿勢を正してくる。
「今回里を守ってくれたこと、元長として心から御礼申し上げるニャズ。シーク殿が気付いてくれたおかげで孫の……あの娘の晴れ舞台を失わずに済んだニャズ」
深々と、それはもう丁寧に頭を下げてきたニャズルに俺は逆に戸惑ってしまう。
ああいいですって、頭下げられても困るだけなんで上げてくださいって。
俺はあくまでやりたいことをやっただけで、お礼言われることなんて何もないんです。
ネコランマという目的のため、あいつとの約束を守るために動いただけで、誰かに強制されたわけでもありませんので。
むしろそういうの言い出したら、俺の方が頭を下げなきゃならないんです。
一人で格好付けてみたけど、あんたの孫息子とここにおわずシガナシが助けてくれなかったらこんな骨折一つじゃ済まなかった。だから持ちつ持たれつでいきましょうって、ね?
「クハハッ! 十の子供に言い負かされるとは、お前もいよいよ歳だなニャン!」
「うるさいニャズ。放浪爺がいちいち茶化すなニャズ」
何が面白いのか、愉快と言わんばかりに笑いながら酒を呷るシガナシ。
ゲームやってた頃から思ってたんだけど、この猫どういった立ち位置なのかようわからんのよな。
一緒に過ごせば少しは何か分かると思ったけど、あんな絶技見せられて尚更謎が深まったわ。
「……儂はあの娘を信じてやれなかったニャズ。技が劣っていようと、寄り添うべき大切な孫に変わりないというのに、長としての安い矜持があの娘に才はないと断じてしまっていたニャズ」
「実は儂にはもう一人、孫娘がいてなニャズ。亡き娘の忘れ形見、かけがえのない最初の孫娘。……だというのに、長としての立場とプライドを優先した儂は、僅か十五にて猫演舞を制し、里を去ったあの娘に言葉さえ掛けられなかったニャズ」
ああ、ニャタロウの言ってた大お姉ちゃんってやつ?
でも亡き娘ってあいつらの母親は普通に生きてたし、何なら今日挨拶もした……ああ、そういうこと。思ってたより難儀な繋がりだね、あいつらも。
「あの娘はきっともう、この里に戻るつもりはないだろうニャズ。あの失意に満ちた、迷子の子供のようであった最後の顔は、今でも夢に出てくるニャズ。儂の弱さがあの娘との縁を切ってしまった……また繰り返してしまう所だったニャズ」
ニャズルは数瞬空を仰ぎながら、まるで誰かへ贈るように杯を掲げ、残っていた酒を一気に流し込む。
……きっと禁酒後最初の一杯は、その大お姉ちゃんってのと飲みたかったんだろうな。
もう二度と会えない人……か。次墓参りするときは、極上の酒を持っていかなきゃな。
「ま、無理もないニャン。かつての猫演舞、ニャズルはなまじ腕が立った分丁寧にへこまされたからなニャン。我が輩があの立場だったら、あまりの恥ずかしさに逃げ出してただろうニャン」
「言ってくれるなニャズ。……あの頃はまだ、俺も若かったニャズ。あの娘の才と成長を前に、喜ぶよりも前に嫉妬が勝ってしまった。我が生涯、三指に入るほどの後悔だニャズ」
苦笑いするニャズルに酒を注ぎながら、ふと思ってしまったのでつい尋ねてみる。
そういえばその大お姉ちゃん、度々噂は聞くんですけど一切詳細を知らないんですよね。
だからここらで一つ、その大お姉ちゃんについて教えていただければなーって。
「おお、聞きたいかニャズ! ならばつまびらかに話してやろうニャズ。あの娘についてまず始めに語るべきは、やはり産まれてすぐ儂の髭を──」
「さてシーク、そろそろ行くといいニャン。これ以上老猫共の酔いに付き合うより、語らうべき相手がいるだろうニャン?」
尋ねてすぐ目を輝かせ、水を得た魚のように惚気始めるニャズル。
これは藪を突いたなと自省しながら、仕方ないと耳を傾けようとしたのだが、シガナシはそんな俺を察してか、まるで何かを指差すように杯を持つ手を上げる。
何かと思って後ろを振り向いてみれば、そこには何と多少疲れた顔な新里長のニャニャ・ジッハと、相変わらず眠そうながら、両手に串焼きを持ってるニャタロウが立っているではありませんか。
……んじゃまあお言葉に甘えまして、この辺りで失礼させていただきます。
年寄りの皆様は、精々酔いつぶれないよう、節度を弁えてお楽しみください。
何せ今宵はせっかくの祝いの場。孫の門出に寝落ちで凍死とか誰も幸せにはなれないので。
飲んだくれ爺二人の元から解放され、若者三人で歩く夜の里。
やはりほとんど中央の祭壇周りで騒いでいるのか、くしゃみ一つでも響き渡るほど閑静極まりない中を、俺達はただゆっくりと進んでいく。
「まったく、グニャーラのやつにも困ったニャ! わざわざ挨拶に来やがって、なーにが『精々来年まで俺様の席を温めておくことだグニャ』ニャ! わたしがヨボヨボのお婆ちゃんになるまで絶対譲ってやらないニャ!」
一歩前を歩きながら、いつにもましてやかましくプンスカしているニャニャ。
しかし君、グニャーラの必殺技喰らったってのに随分元気だね。
俺の骨折もそうだけど、この里に重傷治せるほどの治癒魔法を使える人はいないらしいってのに。
……そういえば確か、猫闘術には自然回復を早める呼吸技もあったっけか。
まあ何にせよ流石は猫の民ってことかな。俺もどうせ転生するなら、何かしらアドバンテージのある人族以外の種族が良かったよ。もちろんエルフ以外で。
……で、何か言いたそうだけど、言いたいことあるなら早くしてくれない?
「ニャハ、ニャハハハ……」
「なにやってるのお姉ちゃん。もう長なんだからびくついてないで、とっとと本題切り出すにゃ」
「ニャ!? わたしはびくついてなんかないニャ! ジッハなわたしが、たかが脳筋シークごときに、臆するわけがないニャ!」
俺が尋ねてもなおまごつくニャニャに、ニャタロウは鬼畜さ全開で容赦なく背中を押す。
振り向きながら一度は吠え、言うぞと意を決したようにこちらを真っ直ぐ向いてくるも、それでも躊躇してしまうニャニャ。
……仕方ないにゃあ。今回は俺が切り出してやろう、感謝するがいいさ。
えーごほん……改めまして、優勝おめでとうございますニャニャ・ジッハ様。
あなた様の栄華の始まりに立ち会えたこと、下賎な旅人の身でありますが、心の底よりお祝い申し上げます。
「やめるニャ気持ち悪いニャ! 脳筋にそういうの、まったく似合わないニャ!」
そう? これでもエルフの王女様からは大変好評だったんだけどね?
まあ冗談はこのくらいにして優勝おめでとう。最後しか拝めなかったけど、いい技だったよ。
「ありがとう……えっと、ごめんなさい……ニャ」
せっかく俺が和やかな空気を作ったというのに、ニャニャは申し訳なさそうに頭を下げてくる。
ニャニャがえらく殊勝な態度で何について謝っているのかはまあ、視線から簡単に予想出来る。
俺の腕。もっと言えば、俺にあの熊公を任せてしまったこと自体について。
魔物化したホワイトベアンドが里を襲撃しようとした件については、結局一部に伝えない方針でいくと俺とシガナシで話し合った。
せっかくのお祭りに水を差したくなかったし、変に感謝や罪悪感を抱かれたくなかったからね。後これ以上絡まれるの面倒い。
「だってシークのその……腕、わたしのせいなんでしょニャ?」
違うさ。爺さん達にも言ったけど、俺の独断が招いた手痛い失敗ってだけのことよ。
見かけほど重傷じゃないらしいし、里にある薬の効果も含めて半月で完治するらしいからさ。そういう所はファンタジー万歳だよね。
「そうにゃ、脳筋がやらかしただけにゃ。別にお姉ちゃんのせいじゃないにゃ」
うるさいぞクソ弟よ。話が締まらないから少し黙ってろにゃん。
まあそういうわけだから、本当に気にするなよ。
そこのシスコンに乗っかるわけじゃあないけどさ。俺はお前の邪魔をさせず、お前は約束どおりジッハを得た。辛気臭い反省はなしにしてさ、互いに勝利を喜び合おうぜ?
「……ふん、本当にお前は変なやつ、あとその笑顔はキモいニャ」
にやりと笑ってやれば、ニャニャはやれやれとばかりに顔を緩め、首を振ってくる。
そうそう、そんな深く悩むなって。それじゃ可愛いお顔が台無しだよ。
まあもしもお前が負けてたら、そのときはネチネチ愚痴ってたかもしれないけど、勝ったんだから言いっこなしよ。
ああでも笑顔キモいは傷つくからな。一応これ、俺の最高のハンサムスマイルのつもりなんだけど。
「……ありがとうニャ。シークのおかげでわたし、少し強くなれたニャ」
いいってことよ。
けど誤解するなよ? やると決めたのも頑張ったのもお前なんだからな、自身持てよ?
「次はわたしが約束を守る番ニャ! とっととその腕治して山登りするニャ!」
差し出された手を取り、始まりと同じように握手を交わす。
屈託ない彼女の笑顔は快活で、魅力的で、こんな夜にもかかわらず太陽みたいだと思えてしまった。
なんだ、いい顔で笑えんじゃん。こっちも頑張った甲斐があったってもんだ。
ところでさ、なんかシスコン弟の目が怖いんだよね。いい加減、宥めてもらっていい?




