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勝利

 戦闘が始まって、果たしてどれほど経過しただろうか。

 一分か? 十分か? 一時間か? ああ、或いはまだたったの三十秒かも……まあどうでもいいか。

 

 何度攻撃しようと無限に復活してくるホワイトベアンドに対し、俺は一度でも直撃したら事実上負けなオワタ式。

 倒しては起き上がられ。殺しては起き上がられ。へし折っては立ち上がられの繰り返し。

 体力以上に心が磨り減るのを自覚しながら、振り絞ったかかと落としで熊の頭蓋を地面へ叩き付けてやった直後、流石に体は限界だとふらついてしまう。


 はあっ、はあっ、しかし疲れ、疲れたよもう。

 もう駄目、動けない。せめてちょっと休憩くれ、このままじゃ俺、酸素足りなくて逝ってまうわ。

 

 この疲労感はあれだ、前世でのシャトルラン。

 段々と猶予を短くされる中でひたすら走らされ、最初に脱落するとそれはもう軟弱者扱いされる終わりなき体力テストの華。

 中二の頃、死にかけながら女子に笑われた屈辱と来たら今でもたまに夢に出てくるくらいだ。思えば初恋が実らないって思い知ったのはあの頃だった。だからどうしたってんだ。

 

 ……で、俺はこんなに限界近いってのに、おたくはまだまだ立てるって?


 またもや起き上がってくる熊公を前に、俺のポジティブハートいい加減めげちゃいそう。

 これでもう何度目よ。

 流石にここまでジリ貧だと痛感するよ。GH(グラホラ)主人公の『星の紋』で出せる光がどれくらい有効だったんだってさ。


 でもまあ音を上げるのは自由だけど、この場を投げ出すわけにはいかないよな。

 約束は守らないってのは最低だ。どんなクズに陥ったとしても、それだけは曲げたくはないね。

 

 大きく吸って、それから吐くだけの一息。

 それで休憩は終わりだと、地面に唾を吐き、相棒を強く握り直して敵を強く睨んでやろうとした。

 

 ──その瞬間だった。

 不意に背後に現れた、目の前の熊公と同じ禍々しい気配へ咄嗟に体が動いてくれたのは。


 無様に地面を転がりながら、どうにかその場を離れた俺はすぐさま立ち上がり──広がっていた光景に、目を見開いてしまう。

 まさに今、俺がいた場所に剛爪を振り抜いていたのは魔物化したホワイトベアンド。

 ただし今まで戦っていた個体ではなく、どこからともなく現れた、少しだけ小柄な二頭目のホワイトベアンドだった。


 ……うそやろ。そんなん反則、流石にちょっと無茶が過ぎるだろ。

 大体いつ接近した? なんで気付けなかった? いや、そもそもなんで二頭もいる?


 あまりの異常さに思わず腕で目を擦ってしまうも、残念ながらもう一頭は消えてはくれない。

 いや、目を擦らずとも既に察してしまっている。ビンビン感じるこの気配が、偽物でないことなど。


 指し示したみたいに顔を合わせた直後、揃って俺へと向かってくる二頭。

 急速に実感する死に顔が強張り、背筋が寒くなりながらも、色々振り絞って相棒を構え走り出す。


 どうにか一頭を躱したものの、もう一頭の回避が間に合わず。

 俺の胴をホワイトベアンドの鋭利な腕が引き裂こうとした瞬間、割り込んできた人影が目前まで迫っていた爪の軌道を逸らし、そのまま大きなベアンドを投げ飛ばしてしまう。



「まったく、これだから脳筋は脳筋で困るにゃ」



 聞き覚えのある、戦場にもかかわらず気が抜けてしまいそうなゆるい声。

 だというのに、助けてくれた深い蒼色のそいつ──ニャタロウの背中は、俺よりも小さいってのにえらく頼もしく、つい涙が出そうになってしまった。


 助かった、ありがとう。けれどニャタロウ、どうしてここに……?


「せっかくのお姉ちゃんの試合なのに、戻ってこないアホがいるから捜しに来てやったにゃ。僕の優しさに感謝するにゃ」


 それはどうも、いつもどおりのシスコンで安心したよ。

 で、この後何か作戦ある? 助っ人参戦はありがたいんだけどさ、正直お前が増えても策がなければちょっと寿命が延びただけで終わっちゃいそうなんだけどね。


「あるにゃ。僕が合図をしたら、こいつらを上に放ってぶつけるにゃ」


 ほう……ほう?


「余計なこと聞くにゃ。……ほら、話は終わりにゃ」


 どういうこっちゃと説明を求めようとしたが、それより先に二頭が動き出してしまう。

 突っ込んでくる一頭の顎を蹴り飛ばして、どうにか二頭の距離を離し。

 束の間にニャタロウの方へ視線を確認してみれば、もう一頭の巨体は自分の力に振り回されたかのように地面を滑り転がってしまう。

 

 ありゃすごい、まあ見事に相手の力を利用して投げ飛ばしちゃってるよ。

 確か猫闘術(キャットアーツ)の一つ、流体逸らしだっけ? GH(グラホラ)ではカウンター技で、昔随分と痛い目に遭わされた記憶あるわ。

 

 まあ、あの分ならあいつは大丈夫そうだ……っと、危ない危ない。

 こっちもよそ見してる場合じゃないか。やっこさん、随分と血走った目でこちらを睨んで来やがる。


 一つ咆哮を上げ、こちら目掛けて突進してくるホワイトベアンド。

 

 あちらは依然衰えることなく、邪魔な俺を排除しようとひたすらに猛攻を繰り返してくる。

 だが先ほどまでに比べて余裕を持って回避出来ていると、不思議なほどそう思えて仕方ない。

 

 もしかして、一緒に戦ってくれる人がいるからか? ……ふふっ、だとしたら俺って人間はつくづく現金なやつだな。

 

「っ、今にゃ!」


 もう一頭には近寄らせまいと調整しながら、回避に専念して少し経った頃に響いた合図。

 ニャタロウの叫び慣れていない叫び声と同時にホワイトベアンドの懐に潜り込み、残りの力を全部振り絞って相棒を振り抜く。


 ボキリと。

 嫌に鈍い音と感覚を掻き消しながら、フルスイングによって空へと飛ばされる巨躯。

 大きなベアンドの体は、やがてもう一方から飛んできたもう一頭とぶつかり──。



「まったく、あまり老体に鞭打たないで欲しいニャン」



 刹那、駆け抜けるように飛来した斬撃が、二頭を呑み込み細切れにしてしまう。

 斬られた二頭は再生することなく、煙となって空へと昇り、吹いた風に掻き消されてしまう。

 

 あまりに突然訪れた、泥仕合の決着とは思えないほどあっけなさ過ぎる決着。

 誰の攻撃かと思い、斬撃の飛んできた咆哮へ目を向ければ、そこにいたのは背丈に合わない大きな剣を携えた黒色の猫の民──シガナシであった。


 うっそぉ……あの巨体が真っ二つを通り越して、見事にまあ細切れミンチじゃん。

 しかも今の斬撃、まさかとは思うがあの極束撃(きわみしゅうげき)だったりする……?


 GH(グラホラ)に存在する三大流派の一つ、ゴウケン流の最上位奥義。

 ゲームで言ったらゴウケン流のスキルツリーの一番奥に存在した、百の攻撃で編まれる極大にして究極の一撃とされた技。それをシガナシが……?


「剣を握るなど久しかったが……たった一振りでこの体たらくとは、我が輩もすっかり老いたニャン」


 GH(グラホラ)プレイヤーにとっては絶頂ものな生奥義。

 一生のうちに一度見られたいいなと、実は細やかながら願っていた生奥義に感動しながら、シガナシのそばへと歩いていく。

 

 たったの一振りにすら耐えきれなかったのか、柄すらボロボロに砕け散ってしまう大剣。

 シガナシは手の中の残骸を名残惜しそうに見つめた後、一度目を閉じてから開き、俺達の方へ視線を向けてきた。

 

「無事で何より。魔堕ちを一人で相手取り、骨一つで済ますとは見事だニャン」


 シガナシはだらりと垂れ下がった俺の腕を見ながら、心なしか優しげに微笑みながら頷いてくる。

 

 ……まあ骨は折れちまったけど、魔物相手にこれだけなら頑張った方じゃないかな。

 こんなザマだけどさ、ローゼリアに介護されてた墓守戦に比べれば随分ましにやれたと、ちょっとだけ自分を褒めてあげたいくらいだね。


「さあ、積る話は後にして戻るニャン。ニャニャ次第だが、今ならまだ間に合うかもだニャン」


 そう言って踵を返したシガナシの背に続き、ふらふらと里までの帰路に就く。


 俺がここまでやったんだ。これで負けてたら励ましの前に一発拳骨入れてやろう。

 しかし(これ)、アドレナリンで痛くないだけで後からすごいの来るんだろうなぁ。……嫌だなぁ。

 





 大祭壇の上にて行われる最終試合。

 桃色毛肌な猫の民であるニャニャは、巨漢グニャーラを相手に互角以上の大立ち回りをみせた。


 パワー、体格、耐久で圧倒的に勝るグニャーラ。

 速度、技量で辛うじて食らいつくニャニャ。

 

 差は歴然。それでも戦況は互角。

 互いに譲らぬ攻防の連続に観客も声を失い、固唾を呑んで見守るばかり。──ただし拮抗は、今この瞬間までの話だが。

 

「グニャーーラッ!!!」


 祭壇へ、いや里全体へ轟くほど巨大な咆哮。

 音の爆弾とさえ思える叫びに、ニャニャは全身をひりつかせながら耳を押さえて食いしばる。


「これで()()()。まさかお前に、ここまで追い込まれるとはなグニャ」


 咆哮を終えたグニャーラは忌々しそうに、けれど興奮しているとばかりに口角を吊り上げる。

 

 これこそグニャーラの固有(アビリティ)大猫の咆哮(グニャーラウル)

 GH(グラホラ)にて戦闘中に咆哮を上げる度、一定時間全能力を一割向上させたそれは、この世界においても近しい効果をグニャーラへと与えてみせる。

 

 大猫の咆哮(グニャーラウル)、重複上限は三回。

 つまり激戦下で精神を滾らせるグニャーラはこの瞬間、肉体と精神共に自らの最高潮を迎えたのだ。


「次でしまいグニャ。戦士ニャニャに敬意を示し、俺様最高の一撃で沈めてやるグニャ」


 瞬間、顔から一切の表情を消したグニャーラは掌で地面を強く叩く。

 奔る衝撃は祭壇全体に罅を入れるほど揺らし、ニャニャは思わずぐらつきに負けてふらついてしまう。

 だがニャニャが姿勢を崩したその一瞬、距離を詰めたグニャーラは既に攻撃の準備を終えていた。


 両の肉球を力強く押し付け合い、凝縮された衝撃を掌底と共に空いたニャニャの腹へ叩き付ける。

 猫闘術(キャットアーツ)王猫咆(グニャカノン)

 肉球弾きの派生にして、グニャーラの巨躯とパワー故に可能とされる専用技。

 

 姿勢を崩した状態では防御も回避も間に合わず。

 グニャーラ渾身の一撃を腹に受けたニャニャは、突き抜ける衝撃に息と赤黒の液体を噴き出してしまう。


 倒れるニャニャを一瞥だけした後、大きく息を整えてから背を向けるグニャーラ。

 最早勝敗は決した。自身のとっておきを直撃して、立ち上がれるわけがないと確信していた。



「どこ、行くニャ……? 勝負はまだ、終わってないニャ……!」

 


 だが数歩歩いた後、背後から聞こえた掠れ声に、グニャーラの足を止まってしまう。


 あり得ないと自身さえ疑いながら、それでもゆっくりと振り向き──見てしまった理解しがたい光景に、驚愕で顔を染めてしまう。


 自分が使える中で最強の技。例え殺さぬように抑えたとしても、喰らえば立ち上がることは愚かしばらく起き上がることさえ困難であろう絶対火力が直撃したはず。

 

 それなのに、そのはずなのに、あいつはまだ立っている。

 生まれたての獣みたいに震えた足で、吹けば飛ぶような弱々しい気迫で、それでもまだやれると目を光らせている。


「……馬鹿なっ、ありえないグニャ。俺様の王猫咆(グニャカノン)に直撃したはず、なのにどうしてお前は立っていられるグニャ……!?」

「へへっ、へへへっ、んなこと、知らんニャ……」


 恟然としながら叫ぶグニャーラに、ニャニャはへらりと力ない笑みを浮かべながら構えを取る。

 

 それは今の一撃をきっかけにした、本人でさえ気付いていない発露。

 一戦闘でたった一度のみ、死すら免れないほどの一撃にすら耐えきれるという不可思議の開花。

 固有(アビリティ)、食いしばり。

 限られた者のみに宿る特異な力。ニャニャだけが持つ特別が開花した。それだけのこと。


 あくまで耐えきっただけ。

 ダメージがなかったわけでも、攻撃を無効化したわけでも、反撃に転じられたわけでもない。


 けれどグニャーラは目の前の、例え立とうとも死に体でしかない娘の姿の前で、砕けてしまいそうほど強く歯噛みする。


 グニャーラの脳裏を過ぎるのは、目の前のニャニャと重なるのは一人の猫の民の背中。

 十五にして圧倒的な強さで猫演舞(キャッツダンス)を蹂躙し、惨烈なまでに強さを刻みつけたまま里を去ってしまった、人族(ヒューマン)と猫の民の半端者。


 最早殺し禁止のルールなど関係ない。咎を背負い、里を追放されることになっても構わない。

 一戦士として、戦う者として、あの日焦がれるほどに憧れた強さを求める者として。

 目の前で笑う、得体の知れない強さを見せるニャニャを看過できないと、グニャーラは苛立ちのままに駆け出した。

 

「いいグニャ。ならばもう一発、次の一撃で完全に仕留めてやるグニャ! 大言と共に沈むグニャ、ニャニャ!」


 グニャーラは今度こそ仕留めるべく、両手を押しつけ再び王猫咆(グニャカノン)の準備をする。

 地面を揺らされずとも、最早逃げる余力さえ残っていないニャニャ。

 先ほど以上の迫力で繰り出されるグニャーラの最強火力にもう一度直撃すれば、間違いなく命はないだろう。

 

 ──だからこそ、ニャニャは躊躇うことなく前に出た。


「なっ──」


 予想外の行動に驚愕し、既に攻撃は止められない──否、止まるつもりはない。

 どんな策で来ようと全部貫けばいい。自らの最強を以てすれば、いかなる障害も撥ね除けられるだろうと。

 

 だが次の瞬間、気付けばグニャーラの巨体は、空高くへと投げ飛ばされていた。


「……はっ?」


 理解が追いつかないグニャーラ。

 無理もない。自身の技が直撃したと手応えを感じた瞬間、こうして自身が喰らっているのだから。

 

 これこそが猫闘術(キャットアーツ)、第七の秘奥とされる天落とし。

 当たるその瞬間のもっとも完成した攻撃の威力を奪い、空へ落とすように放り上げる究極のカウンター技。

 GH(グラホラ)では相手の火力そのままにHPが少ないほど倍率が増し、更には落下ダメージさえ加算されるという、本来HPが多く設定されているボスキャラが持ってはいけない、当たれば実質即死な反則奥義である。

 

 直撃した際、対応する手段は落下ダメージを完全に殺す第一の秘奥、猫着地以外にない。

 グニャーラはそれを持ち合わせていない。故にこの戦いは、もう終わっていた。


「み、みご、とっ……グニャ……」


 空より落とされ、地面に叩き付けられたグニャーラは、称賛一つを呟いた後ついに意識を失う。

 

「しょ、勝者ニャニャ!」


 少し遅れ、グニャーラの気絶を確認した審判が、試合終了のコールを高らかに告げる。


 決着はついた。

 最後に残った猫の民は、ふらつきながらも震える右の手を上げ、噛み締めるように勝利を謳った直後、力尽きるように倒れた。

読んでくださった方へ。

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