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魔物

 この日、ネコ里にて行われた猫演舞(キャッツダンス)

 勇姿と研鑽を猫神様へ捧げ、次代の長を定める神聖な儀式いよいよ佳境。里の民の注目は、まさに今行われようとしている最終試合へと強く向けられていた。


 片や小柄ながら力強い闘志を目に抱き相手を見上げるのは、桃色の体毛が特徴である猫の民。

 そしてもう片や、絶対の自信を醸しながら敵を見下ろすのは、紺色の体毛が特徴な大柄の猫の民。


 まるで大人と子供だと、そう思ってしまいそうなサイズの差。

 例えこの二人が同じ歳で、今猫演舞(キャッツダンス)において勝利数を重ねているとしても。

 正面から戦うなど無謀だと、多くの観戦者が小さな猫の民──ニャニャへと同情を、そして心配を抱いてしまっていた。


「グニャニャニャ! まさか里長になる前の最後の相手がお前とは、運命ってのはつくづく気取った演出家グニャ!」

 

 にたりと笑みを浮かべながら、決して笑っていない目でちっぽけな敵を見下すグニャーラ。

 ニャニャは初めて相対する、戦士としてのグニャーラを前に一瞬気後れしそうになるが、それではいけないと首を振り再度強く睨み返す。


「わたしはもう、お前から逃げたりしないニャ。落ちこぼれ扱い、今日で撤廃してもらうニャ!」

「させてみろグニャ。……俺様は一度たりとも、お前を舐めたことなんてないグニャ」


 交わす言葉は最後だと、グニャーラは軽やかに後ろへと跳躍し、ゆっくりと構えを取る。

 祭壇全体を覆う、今にも割れそうな風船のような張り詰めた緊張感は、今までの武を競う試合とは異なる──命の()り合いに近しいもの。

 

 一瞬の気の緩みさえ許されないプレッシャー。

 そんな緊迫に満ちた空気にいつしか観客は声を失い、固唾を呑んで彼らを見守るしか出来なかった。


「それでは最終試合……始めニャント!」


 そうしてついに響き渡る銅鑼の音が、試合開始の合図。

 その瞬間、両者は指し示したが如く同時に地を蹴り、目の前の敵を倒すべく動き出した。






 と、こんな感じで今頃、それはもう熱い向上交わして決戦始めてるんでしょうねぇ。

 あーあ。外から原作キャラの戦い見るの初めてだったから、余計なこと考えずに見たかったなぁ。


 まあ、過ぎちまったことはいい。今更とやかく言う気はないさ。

 けれど俺の道楽の邪魔をした挙げ句、大事な猫演舞(キャッツダンス)まで潰そうとしてくれてる落とし前、命でつけてもらわなきゃもう収まらんぜ。なあ熊公?

 

 小刻みに震える相棒片手に語りかけても、肝心の相手は会話に応じてはくれず。

 舌を出し、正気とは思えないほど息を荒くした獣は目の前に立ちはだかる俺ではなく、奥の里を見据えながら耳障りなほど大きな咆哮を上げてきた。


 目の前にいる獣はホワイトベアンド。

 ホワイトチャボアに並ぶ北の栄養源とされたそいつは、北の地に生息する中では間違いなく最強だった獣だ。

 

 GH(グラホラ)での強さは、以前一撃で伸してやったブルーベアンドより上。

 その上大きさも一回り、いや二回りほど大きいとくれば、どんなに目が節穴でも強敵であるのは理解出来るだろう。

 

 だが目の前の相手は、俺の知っているホワイトベアンドとはあまりに異なっている。


 自分で制御出来ているとは思えない、苦しんでいるような荒々しい息遣い。

 全身から垂れ流している、本来獣が持ち得るはずのない、悍ましいだけの魔力。

 そして全部が真っ赤に染まり、理性を放棄したみたいな瞳に、本来の真っ白さが台無しなほどくすんでしまった体毛。


 ホワイトベアンドとしても、一匹の生物としても異常としか言いようがない姿。

 だけど俺は知っている。いやGH(グラホラ)を一周でもしたプレイヤーであれば、必ず知っていることだろう。


 ──魔物化。文字通り魔に冒され、染まり、魔物という魔力の塊に変わってしまう現象。それが目の前のホワイトベアンドに起きている、異様でしかない異常の正体……のはずだ。

 

 GH(グラホラ)のメインシナリオ。

 その終盤において必ず発生する厄災『世界侵食』の影響を受けて、この世界は大きく色を変えてしまう。

 

 世界の裏側からの侵略、終焉の魔、星を喰らう深淵の誘惑。

 呼び方は作中でさえ様々だが、ともかく世界は一度魔の暗闇によって侵食された結果、一部の人や獣たちは影響を受けてしまう。魔物とは厄災の影響を受け、変質してしまったもの達の総称だ。


 ……魔物化なぁ。

 今世の十年でも現物見るのは初めてだけど、ああなっちまったらもう生物とは呼べない何かでしかないと、こうも本能的に理解出来ちまうもんなのか。


 まあどうして、なんで、どうやってなんてのは今考えることじゃない。

 この場で俺が果たすべき仕事は一つ。

 今も頑張っているはずのあいつの晴れ舞台を守り通すべく、こんな魔物一匹に邪魔されないように露払いしてやることだけ──。

 

 首を振り、余計な雑念を払拭したその瞬間だった。

 何を合図にしたかは知らないが、ホワイトベアンドが真っ直ぐに駆け出してきたのは。


 さながら戦車が馬の如く猛烈ダッシュで突撃してくるかのよう。

 断言する。あれは当たれば間違いなく死ぬ、全身ひしゃげてミンチになってしまう確信がある。

 ある程度以上の攻撃力の前で強さ議論なんてほぼ無価値。人間なんてちょっと速い何かにぶつかっただけで死ぬ程度の耐久力しかないんだから、墓守の方が強そうだとかそういう楽観は必要ないんだ。


 ──まあけど、直撃すればの話だけどな。


 ふわりと。

 軽く地面を蹴って空へ舞った俺は、ホワイトベアンドの突進を躱しながら相棒を振り下ろし、頭蓋を地面に叩き付けてやる。

 

 浅くない雪の地面貫通して、地面まで顔をめり込ませるホワイトベアンド。

 うーん上々。自画自賛になっちまうが、我ながら自分の成長ってやつが恐ろしくて仕方ないね。


 この一ヶ月の間、俺もただ無意味に時間を潰していたわけではない。

 ほとんどローゼリア頼りだった墓守戦を反省し、少しは成長しようと学んでいたわけだ。


 幸いにして手本はすぐそばにあったし、じっくり見る機会はいくらでもあった。

 例え猫闘術(キャットアーツ)が使えずとも、猫の民の洗練された武術は、自信の動きを最適化するための良い見本になってくれた。

 

 ニャナナがしっかり観ろと言ったのは、きっとこういうことなのだろう。

 流石は達人の中の達人。ちょっと手合わせした程度で俺に足りないものを一目で見抜くなんてね。もうすごいを通り越してちょっと怖いよ。

 

 雪の大地で里と門を嫌というほど往復させてくれたおかげで、足腰は一層強靱に。

 ニャニャの地獄みたいな修行に付き合っていたおかげで、最適な動きを紐解いていき。

 そして里での生活とニャタロウのご機嫌取りの中で実践を続け、少しずつ矯正していくことが出来た。


 その結果、今までより軽い力で、より鋭く、より重く、より緻密に。

 もちろん攻撃だけじゃない。俺の一挙手一投足は以前よりも段違いに効率いいパフォーマンスをしてくれるようになった。それがこの俺、ニューシークってわけだ。

 

 今ならあの墓守プルーフにだって、もう少しまともに立ち回れる自信がある。

 もしかしたらローゼリアに頼らずとも俺だけの手で……は流石に無理か、そこまで自惚れられんわ。


 ま、そんなニュー俺の華々しいお披露目戦。

 今の一撃で格の差を示して大勝利とかやりたかったけど、やっぱりそうはいかんのが人生だよな。


 確かに首をへし折ったと、そんな手応えのあった一撃。

 だがやつはむくりと起き上がる。──手応えの通り、だらりと頭部を横に垂らしたまま。

 

 魔物に堕ちた輩の体は、最早生物のそれではないとされている。

 魔力に呑み込まれてしまったことで自らを構成する要素が全て魔力へ置き換わっていき、結果肉は失われ肉のような魔力の体に成り果てるとゲームのどっかで説明されていたはずだ。


 更に考察勢曰く、レコードが溝をなぞって音を再現しているのと同じようなもので、呑まれる前と同じ姿をしているのはかつての輪郭をなぞっているだけに過ぎないらしい。何言ってるのかよくわからんわ。


 ともかく、あいつを支えるのは肉や命ではなく魔力だけ。

 へし折ってやった首もすぐに再生……いや、考察にあやかるなら再現されてしまうだろう。

 

 魔物を効率的に倒す方法は、俺の知る限り二つ。

 主人公の固有(アビリティ)『星』にて発生する光で浄化するか、圧倒的な火力で魔力が残らないほど消滅させてしまうか。残念ながら、今の俺にはどちらも出来ない。


 だから俺に取れる手段は一つ。

 相手の魔力が尽きるまでひたすら殴り続けるという、太陽がないときに吸血鬼を倒す定番の方法だ。


 ……あーほんと嫌だ。

 今頃あっちは猫の民らしい華麗でダイナミックな技の応酬とかやってるだろうに、どうして俺は泥仕合してなきゃならないんだよ。ご馳走でも用意してもらわなきゃ割に合わないぜ。


 悪態をつきつつ、くるくると相棒を手の中で遊ばせながらこちらを睨んでくる熊公。

 どうやらありがたいことに、里より俺を優先してくれるつもりらしい。人気者になれて良かったよ。

 

 さて、ようやくこっちも体が温まってきたし、第二ラウンド開始と行こうじゃないか。

 インターバルなし、タオルなし、KOのみのデスマッチ。観客も勝利の鐘も、何ならリングさえないクソ予算で悪いが、どうか最後まで付き合ってくれたまえよ。

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