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猫演舞、開始 

 何かに没頭した一ヶ月なんてのは、何もしてない人が思うよりずっと早く感じるものだ。

 俺にも覚えがある。前世はほとんどを無気力に漠然と過ごしてきたが、GH(グラホラ)をしているときだけは時間を忘れて没頭して、気がつけば徹夜なんてことも少なくなかった。


 ……何か違う気がするが、まあつまり何が言いたいかといえば。

 長いようで瞬く間だったこの一ヶ月、中々どうして悪くなかったって話だ。

 

「……驚きましたニャナ。まだまだ荒削りとはいえ、この短時間で秘奥まで形にしてしまうとは思いませんでしたニャナ」


 総仕上げと、修行の成果を一通り披露してみせたニャニャ。

 その出来にニャナナは満足げに頷いてみせるが、もう一人の目撃者である俺はあまりの変化──いや成長に、それはもうあんぐりと口を開けてしまうくらいしか反応出来なかった。


 いや、実際まじで驚きだわ。

 猫演舞(キャッツダンス)の準備とか手伝ってたから最後の数日はほとんどこっちに来れなかったけど、まさかここまで仕上がっているとは夢にも思っていなかった。

 一月前、リハビリついでにボコされた時とは最早別人と言っていい。ボコされた俺が言うんだから、誰にだって否定なんてさせない所存だ。


「私が納得出来なければ参加させないつもりでいましたが……これなら及第点以上、安心して送り出せますニャナ。ニャニャさん、次に里の長として会うのを楽しみにしていますニャナ」

「はい、ありがとうございましたニャ! ニャナナ師匠!」


 彼女の出来は、どうやらニャナナ師匠も太鼓判を押すほどらしい。

 優しく微笑んで合格を告げたニャナナに、少し凜々しくなったニャニャは喜びと感謝を込めて頭を下げる。


 よしよし、これなら猫演舞(キャッツダンス)は問題ないはずだ。

 残る懸念は未だベールに包まれているデカ猫もといグニャーラだが、正直な話、これを初見で超えられる猫の民はほとんどいないんじゃないかな。

 何せニャナナが言った通り猫の民らしくない、スキルを戦闘に全振りしたみたいな喧嘩殺法みたいなもんだしね。


 あとは俺が山登りの準備をして、それから俺の方も仕上げをして、猫演舞(キャッツダンス)が終わったら旅立ちの挨拶をして回ってそれからお土産も買って──。 


「シーク君、今日は少し良くない風を感じますニャナ。弟子の門出、貴方に任せますよニャナ」


 最早勝ち確気分で明日からの行動に思いを馳せていると、いつの間にかそばにいたニャナナからひそひそ声で警告をもらってしまう。


 ……どうしてまあ、そんなご立派なフラグ建てちゃうかねえ。

 けどまあもちろん承りましたよ。俺にとっても、あいつには優勝してもらなわきゃ困るんでね。


 その代わり、次に来るときまでに準備しておいてくださいね。

 門を開ける準備はもちろんのこと、次に俺達が来たとき、俺にリベンジされたときに掛ける称賛の準備の方もね。


「……生意気な。そうですね、門を開ける準備だけはしておきますニャナ」


 予てから言おうと思っていた、ぶっちゃけ勝算なんて低すぎる俺の啖呵。

 だがそれを聞いたニャナナは笑顔で、けれど今までの柔和さとは異なる獰猛さをちらつかせてくる。

 

 小僧のイキリでしかないのに侮らないんだ……いいね。

 それでこその達人様。一人のチャレンジャーとして、リベンジしがいがあるってもんだよ。

 

 ──さあ行こうぜ落ちこぼれ。今日でその不名誉全部覆して、里の猫共に目にものみせてやれ。






 何だかんだ一ヶ月過ごし、すっかり心地に慣れてしまったネコ里。

 けれど猫演舞(キャッツダンス)当日を迎えた今日のネコ里は、いつもと少しばかり空気が違っていた。


「では今年の猫演舞(キャッツダンス)。猫神様へ日々の研鑽を示し、次の長への名乗りを上げんと猛る勇士よ、前へニャント」


 里の中央、大祭壇に集まる猫の民達。

 彼らの見守る中、最初に出てきたグニャーラを皮切りに一人、また一人と祭壇の上へと上がっていく。

 そうして壇上に上がったのは七人。

 今の長であるニャズル・ジッハの姿はなく、グニャーラを筆頭にした七人の、闘志に溢れた男女が出揃った。


「皆さんも知ってのとおり、此度の猫演舞(キャッツダンス)、現里長は参加いたしませんニャント。つまりこの七人のいずれかこそ、我らネコ里の次の長に座す者──」

「待つニャ。このニャニャ様が、まだ舞台に上がってないニャ!」


 全員が出揃ったと、司会の猫の民が参加者募集を切り上げようとした瞬間だった。

 里に響く、自信に満ち溢れた女の声。

 声と同時に跳び上がった人影は、人混みを飛び越して、やがて祭壇へと静かに降り立った。


『ありゃニャニャちゃんニャル。まさか出るのかニャル?』

『そういや最近見てなかったニャアゴ。少し、顔つき変わったニャアゴ?』

『大丈夫かニャイ……ニャニャちゃんじゃ危ないんじゃないかなニャイ』


「グニャニャニャ! 怖じ気づいていればいいものを! まさか落ちこぼれが恥も知らず、主役気取って登場とはお笑いグニャ!」

「……好きに言ってろニャ。わたしはお前も超えて、絶対お姉ちゃんみたいにてっぺん取るニャ」


 ニャニャの登場にざわざわし出す観衆一同。そして腹の底から、ひたすらに嗤うグニャーラ。

 誰もが勝ちどころか、勝負になるとすら思っていない心配や不安の空気。

 ある種罵詈雑言の嵐よりきついんじゃないかなと思える状況だが、ニャニャは何ら動じることなく、静かに参加者の列へと並んだ。


「……よろしいニャント。ではこの八名の勇士こそ、今年の猫演舞(キャッツダンス)にて己が力を示す勇士ニャント。では皆様、猫神様の御前にて力を示す有志一同へ、どうか精一杯の声援をニャント」


 そうして今度こそ司会は切り上げ、参加者は誘導に従い壇上を降りていく。

 壇上を去っていく八名。戦いへ挑むニャニャを見送りながら、俺は人混みから一歩離れた位置で安堵とばかりに息を整える。


 ……ふう危ねえ、間に合って良かった。

 休憩なしでダッシュしてきて良かったぜ。やっぱり当日の早朝から最終調整なんてするもんじゃねえわ。


「……どうだ、修行は上手くいったニャン?」


 近づいてきたシガナシとニャタロウに、俺は言葉ではなく親指を立ててドヤ顔を返す。


 ちっちっち。

 まあ見てなってシガナシさん。わざわざ答えなくたって、そんなのすぐに分かるからさ。


 さて、待ち時間の間、改めて猫演舞(キャッツダンス)について復習しておこうか。

 猫演舞(キャッツダンス)は一日かけて行われる参加者全員の総当たり戦。その中でもっとも勝利した者が勝者──つまり『ジッハ』を得て、ネコ里の長に就くことを許されるというシンプルなルールだ。

 

 勝利数がものを言う。なるほど、単純で野蛮だが、同時にもっとも分かりやすくもある。

 猫の民の上に立ち、彼らを導く模範となるべき里長。

 常に自分を磨くことを強いられる立場に身を置くことで、長もまた絶えず成長していくという構図というわけだ。

 

「今年は参加者は少ないながら一人一人の質が良いニャン。本気で長を狙う者達、ということかニャン」


 そうして少し待っていると、ついに始まる御前試合。

 開始された一試合目に目を向けたシガナシは、彼らの戦いを感心するように頷いてみせる。


 今競い合っている二人もだが、他の猫の民も流石は猫演舞(キャッツダンス)参加者というだけあってみな手練れ。

 目の前で繰り広げられる一戦一戦。その全てが強く美しい駆け引きの応酬で、もしも観光途中の他人事であったのなら、おやつ片手に息を呑んで見惚れてしまいたいほどだ。


 だがまあ、そんなのほほんとしてはいられない。

 そんな達人達の中で一際実力を示し、注目せざるを得ないのは、やはりというべきかあのグニャーラなのだから。


「……見事と、称賛する他ないなニャン。十五であれほど完成された戦士はそういないニャン」


 今し方祭壇の上で行われた試合を見て、シガナシが唸るのも当然。

 まさに瞬殺。俊敏で、鋭利で、何より痛烈な一撃にてノックアウト。

 相手も相当の使い手であったはず。それを一撃でねじ伏せてしまうのだから、恐れ入ってしまう。


 このネコ里で一番とも言える図体のでかさながら、決して損なわれていない身軽さと技量。

 パワー、スピード、テクニック、体力のどれをとっても高水準な様は、まさに一戦士としては理想なそれだ。

 本編五年前でこの完成度を誇るとは、流石はGH(グラホラ)ではジッハを得て猫の民の長となっていた男。ニャニャが超えるべき敵とはいえ、その強さには感服せざる得ないほどだよ。


 ……正直な話、グニャーラがここまでやれるとは思ってなかった。


 いくら強い仲間キャラといっても、本編五年前でグニャーラはニャニャと同じ十五歳。性格も相まって、GH(グラホラ)のとき以上に付け入る隙があると高を括っていた。

 その上強さに加え、今日まだ見せていない固有(アビリティ)があいつにはある。

 修行を乗り越えたニューニャニャと言えど、勝てる保証なんてまったく出来ない。知識と戦闘スタイルやその他諸々を考慮すれば、このニューシーク様の方が勝算が高いくらいだ。


 ……ちなみにですがシガナシさん、二人がぶつかったらどうなると思います?


「確かにニャニャは強くなったのだろうニャン。だがやはり、有利なのはグニャーラの方だニャン。技で競えるようになったからこそ、サイズと身体能力の差は大きいだろうニャン」


 でしょうね、意見が一致してくれて助かるよ。

 どこまでいこうがやっぱりでかさってのは偉大なパワー、おっぱいと同じというわけだ。

 まあ別に、俺は大きさにはこだわらないけどね。そも愛で行為する相手なんか出来ないんだし、そういう気分になったら店の紹介一覧見てその日の気分に従うだけさ。何の話だ?

 

「……お姉ちゃん、大丈夫かにゃ? 怪我しないかにゃ……?」


 まあ平気でしょ。そう過剰に心配しなさんなよ、シスコン弟よ。

 お前のお姉ちゃんはこの一ヶ月、文字通り血反吐吐くような苦行を超えて花開いたからここにいるんだぜ? 俺達がすべきは、勝利を信じて見守るのと勝利の後に掛ける言葉を考えておくことだけさ。そうだろ?


「……撫でるなにゃ。くそむかつくから気取るな、にゃ」


 ふはははっ、大人しく撫でられていろクソガキめ。


 ほら、噂をすればニャニャお姉ちゃんのお出ましだ。

 今大会、二人だけの女性ということもあって随分とおめかしされちゃって、いよいよ神に舞いを捧げる巫女だなありゃ。

 そんでニャニャの相手は如何にもベテランといった風貌の、そこそこ歳がいってそうな猫の民。初戦の肩慣らしにしては、随分と手強そうな相手だ。


「両者、一礼……開始ニャント!」


 礼を交わし、構えた二人。

 睨み合う彼らの息遣いを掻き消す、始まりの銅鑼の音が開始を告げ──同時に二人は動き出す。

 

 相手の顔に油断や慢心、ニャニャへの侮りなんてものはまるでない。

 向き合えば互いに全力。それが武に生きる猫の民の高潔な、そして厄介な精神の現れなのだろう。


 ──だからまあ、騙すような形になるのは非情に申し訳ないが、勝つのはニャニャの方だ。

 

 攻防はたった一瞬。

 互いの拳が交差した次の瞬間、祭壇の上では既に勝者は決まっていた。


「そこまでニャント! 勝者、ニャニャ!」


 倒れる相手に詰みだと拳を突きつけるニャニャ。

 一拍置き、これは無理だと両手を挙げて降参を示した直後、祭壇から響く審判のジャッジ。


 静寂は困惑の空気へ、困惑はどよめきへ、そしてどよめきは次第に歓声へ変わっていく。

 礼を交わし、ニャニャの肩を借りて、民の称賛を背を受けながら祭壇を降りていく二人に、健闘を称える声援は惜しみなく送られる。 

 

「お姉ちゃん、見違えたにゃ。すごいにゃ、びっくりにゃ、かっこいいにゃ」

「なるほど、悪くないニャン。里では好かれぬ我が輩好みな……あの娘のような闘者の動きだニャン」


 姉の健闘に目を輝かせるニャタロウの横で、感心したように頷いてみせるシガナシ。


 そうだろうそうだろう?

 何せ粗さを荒さへ昇華させ、自在に制御するまでに至ったニャニャの猫闘術(キャットアーツ)

 その本質は火力ではなく制御。修行の過程で自身の悪癖を掌握出来るようになったことで、荒さと滑らかさを両立した、まさに緩急自在な猫闘術(キャットアーツ)となったわけだ!


 ……元々、型自体は身についていたんだ。

 自身に合ったやり方さえ理解してしまえばあとはトントン拍子、ニャニャはむしろ才能ある側だったらしく、伸びずに難儀していた技量についてもめきめき伸びていったわけだ。

 

 だがそれでも、それだけで勝てるほどこの猫演舞(キャッツダンス)は甘くない。

 

 たった一瞬、傍目には何が分かったかさえ曖昧であろう刹那の技。

 それでもニャタロウやシガナシのみならず、ニャニャの成長と変化を見抜く者はそれなりにいるはず。

 ここはネコ里。凡俗共が拝む武闘大会の場ではなく、武と共に生きる猫の民の神聖な儀式なれば、達人の目が集まるのも当然だろう。


 十中八九、こんな風に綺麗に勝てるのは初戦だけ。

 ……出来ればこの完全な初見をグニャーラにぶつけたかったんだが、流石に上手くはいかないよな。

 

 勝ちを重ね、一歩一歩長へと近づいていく者。

 負けを重ねながら、決して投げ出すことなく猫神様とやらへ演舞を捧げる者。

 戦いの最中に負傷してしまい、最後まで戦い抜くことが出来なくなった者。


 次々と行われていく試合の中で、明確に分けられていく参加者。

 その中で全勝中なのはニャニャとグニャーラの二人だけ。何の因果か、彼らが行う最終試合こそ今回の|猫演舞(キャッツダンス)の覇者となるだろう。


 そんな俺にも重要な最終決戦が、いよいよ次の試合となった頃だった。


 

 ──なんか来たな、やばいのが。


 

 遙か先、里の外から感じてしまった気配。

 身の毛がよだち、心臓を締め付けるような不快さを抱かせてくるような、得体の知れない禍々しさ。

 

 曖昧な例えだが、黒ですらない混沌。

 前世では当然だが、ファンタジーか今世ですら今まで感じた事のない気持ち悪い気配を里の外から感じてしまう。


 周囲が反応してないことから、恐らくこれを感じているのは俺だけ。

 なら錯覚だと振り払いたくなってしまうが、どうにも相棒が反応するように小刻みに震えてくれるので、目を逸らすことさえ許されない。


 どうやら、ニャナナの見立ては間違ってなかったらしい。嫌になるね、達人の勘ってのは。


 ……悪いシガナシさん。ちょっとこのバカ弟を頼むわ、俺トイレ行ってくるからさ。


「……もうすぐニャニャの試合ニャン。なるべく早く済ませてこいニャン」


 へいへい。もちろん、出来ればそうしたいよ。んじゃまあいってくるわ。


 どっこいせと。

 もうじき始まる今日の大一番、ニャニャ対グニャーラが見られそうにないのを惜しみながら重い腰を上げ、いつもの通りの態度を心がけながら祭壇を離れていく。


 しかしどうにも嫌な雲だね。

 こういう空模様のときってのは妙に胸騒ぎがして仕方ない。良い予感ってのは全部裏切ってくるくせに悪い予感ってのはいつも当たっちまうんだから、世界ってのはつくづくたちが悪いもんだよ。

 

 もしも何かあったら全部、ぜーんぶフラグ建ててたニャナナが悪いってことにしておこう。

 さあ行こうぜ相棒。皆が楽しむ猫演舞(キャッツダンス)に水を差さないよう、露払いのお仕事だ。

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