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誘われても困るんですが

 GH(グラホラ)のシナリオは、大まかに分けて三つに分けられている。

 

 主人公が宿す『星の紋』を完成させるべく、世界を巡りなんやかんやで世界を救うメインシナリオ。

 七つ用意されている職業から、自身の選んだ職業を極めていく職業シナリオ。

 仲間キャラの個別ルートや上記二つとは関係ないシナリオなど、所謂その他のサブシナリオ。 


 ニャルナ・ジッハはその職業シナリオ、冒険者を選んだ際に登場するキャラだ。

 古めかしいベレー帽で自らの耳を隠しながら、骨の大剣と共に戦場を風の如く駆けることから、付いた殺風なんてイカした通り名を付けられたほどだ。


 そんな彼女を語るのであれば、やはり一番に上がるのは性能や勧誘の容易さ──などではなく、彼女をエロマゾ猫が呼ばれるに足るあのエロシーンだろう。


 結婚まであるのだから当然と言えばそうなのだが、推奨年齢が十五歳以上であったGH(グラホラ)は、直接の行為こそないものエッチな描写にも大変力を注がれたゲームだった。

 

 直前までの誘い、好む癖の匂わせ。

 事後の会話シーン。

 キャラによってはメインシナリオ攻略後の個別エンドで子に恵まれていたりと。

 

 本番さえしなければいいのだと、むしろ下手なエロゲーよりも力入っていたとさえ思えるほど。


 実際、俺の初恋はGH(グラホラ)に奪われてしまったと行っても過言ではない。

 その刺激と言ったら当時十五歳の俺の脳に深く刻まれたほど、最推しの二次創作なんてのも泥沼を漁りだしたのもその頃からだった。

 

 ニャルナは最推しでこそなかったものの、インパクトとしてはそれはもうすごかった。


 愛の証と首輪を差し出し、頬を赤く染めながらニャンと鳴いて誘ういじらしさは珠玉の一品。

 銀髪赤眼、傷持ち、獣人。その上普段は無口で無愛想な彼女のギャップを遺憾なく発揮したワンシーンは、ランキング四位にふさわしいと言わざるを得ないほどだ。


 唯一の欠点と言えば、ルートに入る最後の条件である決闘の難易度が高いくらいか。

 愛伏の儀という、獣人が恋した強き者に服従するべく行う風習なのだが、

 まあでもレベル、スキルツリーのカンストが前提の最難関とかに比べたら全然良心的ではある。そういうプレイヤーに優しい面もニャルナが人気な理由の一つなのだろう。


 まあそんなことはどうでも良いんだ。

 前世は前世、ゲームはゲーム。例え俺がニャルナと性癖や誘い文句を知っていようと、所詮は他人ででしかないのだから別段気にすることでもない。

 

 今困っているのは、そのニャルナが鼻を伸ばした村の男共を振り切り、何故か俺の後ろで体育座りをして木を切る姿を見つめてきていることだ。 

 

「じぃー……」


 感じる。

 それはもうひしひしと、本当に棘でも刺されているのかと思うくらい背中に感じてしまう。


 ゲームの美しい冒険者が、幼い木こりの仕事姿なんて見ていて何が楽しいのか。

 少なくとも、見られる側の俺はまったく楽しくなんてないし、むしろやめて欲しいまである。

 

 木を切る時ってのは一人静かにストレスなく、安らかな気持ちでなければならない。

 相棒を構え、切るべき木に勢いよく振り抜く。それをひたすら繰り返す。

 

 たったそれだけ。けれどそれだけだからこそ、木こりは深淵よりも奥が深いものだ。

 自然の恵みに感謝し、身勝手に摘み取る木こりとして、せめて全霊を込めた振り抜きで切り倒す。それはまさに奉納、神へと捧げる舞いが如くって感じだ。


 前世では自然と向き合う機会などなく、祈りなど無意味だと鼻で笑うタイプの都会人だったが、十年もど田舎に住んでいればある程度は馴染めてしまう。

 草ばっかりなので野菜の好き嫌いは減ったし、相当キモくなければ虫も手で触れるようになった。今じゃ立派な田舎の少年だ。

 

 そうして数回、百八回鐘を撞く坊さんくらい誠実に相棒を木の一点に当て続ける。


 やがてみしみしと、思うように倒れていく木。

 落ちて強く地面を振るわした木に満足しながら、今日は終わりだと強化魔法を解いて一息つく。


 強化がなくなったことで一段と重みを増す真っ黒な棒。

 母から貰った真っ黒な棒。黒いのでクロと命名したこいつは、俺の相棒であり唯一の親友である。


 バカみたいに重いクロを貰った当初は振ることすら困難で、こんなの使えるわけないと早々に母へと返そうとした。

 けれど母が見せた、たったの一振りで木をへし折った恐怖の一撃。

 今でこそ病で床に伏せてはいるが、それでも逆らう意志をへし折るほどの化け物攻撃を目にした俺は、それ以来斧ではなくこいつを愛用し続けているというわけだ。

 

 どうせ死ぬまでの暇潰しではあるが、やることがなさ過ぎるのも暇でしかない。

 一振りで木を切れるようになれば楽が出来ると、共に走り、共に木を切り、共に眠っていたら今ではすっかりなくてはならない相棒となってしまった。

 いつぞやからふざけて親友とか呼んでいたら、母に育て方を間違えたかなみたいな顔をされたのは地味にショックだった。人生二週目でも傷つくことは傷つくままだ。



「すごいね。それ、すごく重いのに」



 今日の仕事も終わったし、こんなにも快晴なのだから昼寝にでも洒落込もうと思った瞬間だった。

 いつの間にか背後まで接近していたニャルハが声を掛けてきたので、俺はびくつきながら振り向いてしまう。


 こてんと小首を傾げるニャルナ。

 獣の臭いをほのかに発する彼女は美人というより美少女。容姿や声が俺が知っている彼女に比べて幼さを感じさせる。

 まあ声は肉声か収録かの違いかもしれないし、今がメインシナリオにおける何時なのかは定かではないが、この分ではまだ始まる前なのだろうか。


「持ちたい。貸して」


 近い近い。距離感バグってるタイプの人かよ。猫だったわ。

 別に困りはしないけど、親友である相棒をただで貸すのはなぁ。……そうだ、あなたの大剣と交換ってのはどうです?


「いいよ、はい」


 え、いいんだ。じゃあはい。


「……やっぱり重い。すごいね、きみは」


 初めて手にした剣、それも大剣なんて未知の存在に柄にもなくワクワクしてしまう。

 やっぱりファンタジーといったら剣だよね。相棒は最高だが、絵面としてあまりにあれだけど。

 

 しかし……あれだな。

 大きさもあってブンブン振ると気持ちいいのだが、重さで言ったら相棒の方が重いくらいで期待外れかもしれない。

 大剣なのだからてっきりもっと重いのかと思ってた。……いや、案外相棒がバカ重いだけなのか?


 あのニャルナ・ジッハが重いと断言する断言する相棒。

 それを容易く振り抜けた母とは一体何者……まあそこまで興味ないし、別に考えなくてもいいや。


「ねえきみ、名前は?」


 返してもらった相棒を数度振り、やっぱこれだねと再開を喜んでいた俺にニャルナは尋ねてくる。

 どうもシークと申します。ナシ村にて、しがない村人Cをやっております。


「わたしはニャルナ。シーク、冒険者にならない?」


 俺が名乗ると、挨拶と手を差し出してくるニャルナ。

 ああ握手ですか。ご丁寧にどうも。そういえば、姓は隠してるんでしたね。

 どうもよろしくお願いしますっと……あ、お手々柔らかいね、剣振ってる人間とは思えねえや。

 

 まあ冒険者にはなりませんけど。今のところ、母が死ぬまでは村から出る気はないので。


「……それは残念。私は明日村を出るけど、気が変わったらいつでも言って」


 しゅんと落ち込むニャルナに、断った身ながら少しだけ申し訳なくなってしまう。

 けれど仕方ない。相手の容姿で答えは変わらないからどうしようもないんだ。ここで逆ギレしない美少女で良かったよ、本当に。


 泊まる予定の家へ挨拶にいくと、手を振りながら去っていくニャルナ。

 そんな彼女に見えなくなるまで手を振り替えして、終わったらその場にごろりと寝転がり空を仰ぐ。

 

 まさか好きなゲームのキャラと、それも本編より幼い姿で会える日が来るとはね。

 未来や過去ネタは二次創作では定番だが、本物を知っているのは俺だけ。マウント取る相手がいないから何だって話だけどさ。


 まあそうして軽く昼寝をしてから、

 明日からの切った木を薪に変えるという、木を切るよりも遙かに面倒臭い仕事に若干気落ちしつつ、夕食の準備へと取りかかろうと帰宅したのだが。


 どうにも鼻を擽ってくる良い匂い。

 どうしたとばかりにキッチンへと足を運んでみれば、そこには今日はわりかし元気らしい母とニャルナが並び立ち、和やかな空気で料理をしていた。


「お帰りシーク。今日はお客さん泊まるから……どうしたの?」


 俺の帰宅に気付いたのか、優しい声をかけてくる母。

 ああなるほど、そういうこと。泊まる家って我が家だったわけね、それなら納得だ。

 

「……また会ったね?」


 ニャルナが嬉しそうに微笑を浮かべてくるが、俺は曖昧に苦笑いを返すので精一杯。

 前言撤回。あのニャルナ・ジッハと知り合いで慕われているとか、母さんは何者なのだろうかね?

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