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クソガキ

 無事にニャナナに認められ、弟子として修行を開始したニャニャ。

 毎日日の出と同じくらいに里を出て、くたくたになりながら、夜遅くシガナシの家に帰ってくる。それをひたすら繰り返す日々だった。


『地獄ニャ、あの師匠は魔界の悪魔ニャ……』


 寝る前の、屍同然にへとへとなニャニャ曰く、そういうことらしい。

 俺も多忙なのでずっと一緒にはいられないが、それでも手伝ってはいるから言える。おニャニャはよくやってるよ、俺ならとっくに投げ出してると思う。

 

 そんな感じで順調に修行に取り組んでいるニャニャ。

 で、彼女に協力すると宣言した俺がなにをしているかといえば、ニャニャが修行に専念できるよう里で負っていた狩りやら里長の家の家事手伝いの代理、シガナシの家の手伝いなど様々だ。

 

 どんな事情であれ、俺は愛娘の家出を唆した大悪党。

 大分やってるなという自覚はあったので、殴られて罵られるまで覚悟しながらけじめとして謝罪に出向いたのだが、ニャニャの両親には「気にしないで、むしろありがとう」と頭を下げられてしまう始末だ。


 許される所かお礼を言われるなんて、一体どういう家庭環境なんだかと。

 正直予想外過ぎる対応に逆に困ってしまったが、どうにか仕事自体は任せてもらえたのでまあ良しとしておこう。


 そんなわけで、ひたすら里で仕事して、時に門まで行って修行するニャニャに付き合う日々。

 その中でもっとも微笑ましく、それでいて面倒な仕事。

 それは姉が忙しすぎて構ってもらえずふて腐れてる九歳の弟、ニャタロウのご機嫌取りだった。


「最近お姉ちゃんが構ってくれないにゃ。全部全部脳筋のせいにゃ」


 冬でもないのにクソほど寒い、太陽だけが癒やしな北の空の下。

 せっせと洗濯板で洗濯物を洗いながら、いつにもましてあからさまな現状の不満をぶつけてくるニャタロウ。

 

 ……ところで、今更だけどさ。

 こんな寒い場所で手洗いとか地獄でしかないのに、よくもまあそんな平然とジャバジャバしてられるね。ホット茶決めてなかったら俺の手は凍りついて壊死しちゃいそうにゃ。


「……脳筋。ご飯食べたら、少しストレス発散に付き合ってにゃ」


 なんだなんだ、お前からとは珍しいね。

 いつもは話しかけようとした時にはどっかに消えてるマイペースボーイだってのにさ。


「さ、始めるにゃ。食べたもの、全部吐かせてやるにゃ」


 ともかく、せっかくのご招待なんだし了承し、仕事を終わらせ、昼食を取った後。

 誰もいない場所まで俺を連れてきたニャタロウは、眠そうな目のまま、けれど確かな闘志を携えてゆっくりと構えを取る。


 姉よりも自然に、達人であるニャナナに近いと思える淀みなさ。

 そういえばニャタロウがどれくらい強いのか知らないなと思ったその瞬間、気の緩みを狙い澄ましたのようにニャタロウの姿はブレ、次の瞬間には俺の寸前まで飛びかかってきていた。


「脳筋と一つしか変わらんのに、子供だからって一人で里から出ちゃ駄目って怒られる。お姉ちゃんが修行だから、穴埋めもしなきゃいけない。むかつく、むかつく、全部むかつくにゃ」


 ニャタロウは呪詛みた不満不満を口ずさみつつ、流れるように連続して動きを繋いでくる。

 

 嫌に耳障りの良い、空気を裂く鋭い音。

 最初のリハビリの時の姉とはまるで違う、ゲームのコンボみたいに正確無比でキレのある徒手空拳。

 

 ニャナナとニャニャの組み手を嫌というほど見続けたおかげか、随分と目と体が慣れはしたから回避出来ているものの、それでも一瞬でも気を抜いたら捕まると分かる連撃だった。


 あかんあかん、こんなん九歳児詐欺やろっ! 

 こいつどう考えても技のキレがおかしいわ。そういうのだけならニャナナのそれと大差ないやん、あやばっ──。


「……むかつく。脳筋が脳筋じゃなくなりつつある、それが一番むかつくにゃ」


 二足払いで空に浮かされたその一瞬、両の手を重ねて放つ掌底に吹き飛ばされてしまう。

 

 今のは猫闘術(キャットアーツ)の肉球弾きか。

 瞬間的に溜めた力を手のひらのみで放ち、肉球を押しつけながら衝撃と打撃をぶつける技。

 GH(グラホラ)では防御力貫通という性能を持ちながら、威力のムラが大きすぎたためにあまり使われない技だが、実際に食らってみるとえげつないほど気持ち悪いことこの上ない。


 けふっ、けふっ……なあニャタロウ。

 前々から思っていたけど、お前もしかして、ニャニャや俺よりずっと強かったりする?


「今だけにゃ。脳筋の目がもうちょっと慣れたら、その時は勝てなくなると思うにゃ」


 見事なまでに打ちのめされ、倒れながら呼吸を整えながら俺を見下ろしてくるニャタロウ。

 顔色一つ変えず、息一つ乱さず事実上の肯定を告げてくるこの九歳。

 

 にゃろう、実力を隠してやがったな。

 これならお前がニャニャと修行してれば、少なくとも落ちこぼれなんて呼ばれなかったんじゃないか?


「僕、お姉ちゃんが好きにゃ。嫌いたくないし嫌われたくない、ずっと仲良しでいたいにゃ」


 ほーん? いきなりのシスコン宣言どうした?


「……だから今から話すことは、お姉ちゃんには内緒にゃ」


 シスコン宣言は前置きだったのか、倒れる俺のそばに座ってくるニャタロウ。

 冷たいのも嫌なので体を起こし、前世ぶりの体育座りでニャタロウの話に耳を傾けることにした。


「僕な、こう見えて結構才能あるにゃ。お祖父ちゃんは僕なら次の長になれるって言うくらい……お姉ちゃんは知らないけどにゃ」


 俺の方を向くことなく、ニャタロウおもむろに自分語りをという名の自慢を始め出す。


「僕は別に戦うの好きじゃないにゃ。才能なんてなくたって、里でお姉ちゃんとのんびり過ごせたらそれでいいにゃ」


 ふーん。


「でもお姉ちゃんは繊細にゃ。だから僕の方が才能あるって知ったら、きっとお姉ちゃんすごく傷つくにゃ。組み手でもして僕が勝った日には、お姉ちゃん立ち直れなくて口聞いてくれなくなるかもにゃ。僕はそれが嫌で、だから何も出来なかったにゃ」


 ほーん。


「お姉ちゃんは大お姉ちゃんに憧れてるんだにゃ。ずっと大お姉ちゃんと同じように十五で猫演舞(キャッツダンス)に勝ちたいってこだわってて、だから周りに比べて劣っていた自分が嫌いだったんだにゃ」

 

 ふーん、大お姉ちゃんねえ。

 そういやさ、その大お姉ちゃんについてぜんっぜん知らないんだよな。

 こいつらの家にもいなかったし、里の中でもそれらしい猫の民を見かけたことがない。もしかして、もうお亡くなりに──。


「死んでないにゃ。十五になってすぐ猫演舞(キャッツダンス)を蹂躙したけど、そりが合わなくて里を出て行っちゃったらしいにゃ」


 よからぬ想像をしているのを察したのか、ニャタロウはやれやれと首を振りながら補足してくれる。

 

 そうか、もう里にはいなかったのか。そりゃ残念。

 どんだけすごかったのかは知らないけど、そんだけ強いなら一度くらいは会ってみたかったよ。


「僕は大お姉ちゃんなんて顔も知らんにゃ。知らないから、お姉ちゃんが一番のお姉ちゃんなんだにゃ。けどお姉ちゃん、そういうの全然分かってくれないにゃ」


 ニャタロウは言いたいことを言い終えたのか、それっきり口を閉じて俯いてしまう。

 

 ……しっかしあれだな、お前可愛い顔して姉の五倍くらいはひねくれたクソガキだな。

 傲慢で、独りよがりで、自分勝手で、全部手のひらに収めたいけど傷つきたくないって欲望まみれ。そのくせ言葉にしないでも理解して欲しいなんて思ってる。分かりやすく言葉にしてる分、あのグニャーラの方が三倍マシってくらいには根っからのド畜生だよ。


「……にゃ?」


 だってそうだろ?

 結局の所、ニャニャのやつに嫌われたくないからあいつが落ちこぼれ言われてても何もしない。それなのに言葉にもしていない自分の想いを察してくれないから拗ねている。それのどこが性悪じゃないって言うんだよ?


「……うるさい、うるさいにゃ。だって、だってお姉ちゃんが……うえええん」

 

 げ、やべっ、泣きたがった。

 こかされたからちょっとばかし仕返しのつもりだったんだが……ったく、これだからませたクソガキは嫌なんだよ。澄ました態度のくせに、どこが地雷か分かったもんじゃない。


 今の今まで表情変えなかったくせに、急に泣きべそかいてワンワン泣き始めるニャタロウ。

 どうしようかと思ったがどうにも出来ず、アワアワしながらとりあえず宥めるべく手を伸ばして頭を撫でてやると、意外にも手が弾かれることはなかった。


「や、やめるにゃ……お前なんか嫌いにゃ……」


 はいはい悪い悪い。

 でも散々言いたい放題言っちまったが、正直俺はお前のこと嫌いじゃなくてむしろ好きだよ。

 

 色々言ったが、お前の考えや欲なんてのは別におかしいものじゃないんだ。

 九歳児が抱くには随分と捻れてはいるが、とどのつまり、お前はもっとお姉ちゃんに構って欲しいだけだもんな。むしろ九歳らしい、真っ直ぐな純情と誇るべきだぜ。


 ……俺はそういう素直な執着、人には抱いたこともないし抱けないだろうからな。

 あとはぶつけてどん引かれて喧嘩して、そうやって少しずつ矯正しながら理解し合っていけばいいんじゃない?


「……ぐすっ、そういうとこにゃ。勝手にズケズケ入ってきて、遠慮なしにお姉ちゃん誘惑して、僕が出来なかったこと全部しようとしてる。本当に、クソみたいにむかつくにゃ」


 泣き終わったニャタロウは、腫らした目を鋭くしてそれはもう睨んでくる。


 ま、これでも一つ上のお兄さんだからな。

 だからそう睨まずとも敬ってくれてもいいんだぜ。兄貴、お兄ちゃん……お兄様なんてどう?


「くそにゃ。脳筋なんて脳筋で十分にゃ」


 わお即答。前言撤回、このガキやっぱりド畜生だわ。


「……何か、色々喋ったらすっきりしたにゃ。さ、さっさともう一回やるにゃ」


 立ち上がったニャタロウは、未だそっぽ向きながらも、座る俺へと手を差し出してくる。

 まだ上擦りながら、それでもどこか憑き物が落ちたような軽い声色での誘い。

 

「むかつくし、強くあって欲しいから、勝てる内は遠慮なく踏みにじっていくにゃ」


 にたりと、下手くそな笑みを浮かべてくるニャタロウ。

 いつも眠そうだったニャタロウのらしくない、けれど悪くない顔についにやけながら手を取って立ち上がる。


 挑発のつもりか、それとも単に笑うのが下手くそなだけか。

 まあ、どっちだっていいことだ。どっちにしろ、俺も負けたままじゃ悔しいと思ってた所なんだ。


 お、言ったなこのクソガキ。

 こうなりゃ今日でお前をけちょんけちょんにして、尊敬の念でお兄様と呼ばせてやるさ。

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