ここを通りたくば的なやつ
そうしてまた数日。
ついに完治した俺はお世話になった三人に見送られながら、里から旅立とうとしていた。
「まだ行くなニャ! わたしの華々しい活躍見ていけしニャ!」
「仕方ないにゃお姉ちゃん。シークは薄情な毛無しなんだから、僕らは笑顔で見送ってやるべきにゃ」
不満気に頬を膨らませるニャニャを、よよよとわざとらしい涙と共に励ますニャタロウ。
……薄々感じてはいたが、実はこの姉弟であざといのは弟の方だよな。
勝ち気だけど不器用な姉を影から調整するバランサー弟。正直な話、九歳とは思えないほど大人びた雰囲気を醸しているよ。
「……童共ではないが、せめて猫演舞まで見ていけばいいものを」
もちもちです。この里は住み心地良いけど、流石にあと一月の滞在は長すぎますからね。
それに正直な話、猫演舞にそこまでの興味が俺にはない。
見応えはあるだろうが、順当にいけばグニャーラが勝って族長に就くだろうし、ドンパチ自体を楽しむ趣味もない。
賭けでもあるなら残ってもいいんだが、里にとって神聖なものなのでそういうのがあるわけでもない。
「……そうか、若者らしいな。この数日、中々悪くなかったニャン」
ええ。シガナシさんもお元気で、次は墓を介して再会とか嫌ですからね?
「……童の癖に生意気言うニャン。……次に会うときは、土産でも持ってくるニャン」
そうして三人に手を振りながら里を離れ、ざくざくと雪を踏みながら、再び始まる一人旅。
幸か不幸か、ネコ里に来たことで現在地と次に向かうべき方向を完璧に把握出来た。
今の俺でもいけるであろう、北における主な観光スポットは三つ。
鳴らずの大時計台を名所とする静寂都市シレンス。
凍りつき、数百年砕けず落ちずの停止の大滝。
そして最後の一つこそ、前方に見えるネコランマという大きな山。猫の民の聖地とされる場所だ。
今から俺が向かうのはネコランマ。
より正確に言えば山の上に眠る、百財宝の一つが隠されている場所だ。
里で山登りの準備は十分。相棒も早く早くと冒険を心待ちにしてくれている。
こんだけ準備しているんだから怖い物なんてないね。雪でも獣でも、どうぞ存分に阻んでくださいなってね!
「お帰りをニャナ。ここはネコランマ。我らが猫の民の神を祀る、汚れなき神聖の山ですニャナ」
はい、駄目でした。
人族では越えられない、猫の描かれた高い壁に囲まれたネコランマの麓。
この山登るための唯一の門。里から大体二時間ほど歩いて辿り着いたはいいものの、待っていたのは番人である黒毛でシャープな猫の民──番人ニャナナによる、たった一言だけの拒絶であった。
そ、そんなこと言わずにお願いしますよ旦那ー。
ほらどっすか? お金はないけど、ここにネコ里でもらった特製猫団子が……お一つどうです?
「なりませんニャナ。私は誇りある守人、邪なる誘惑に惑うはずがありませんニャナ」
あらら残念。でもちょっと目が泳いでるよ、右に左に再び右……と見せかけて上!
「お願いですから、私で遊ぶのはお止めくださいニャナ。誘惑は拒めますが、空腹には堪えますニャナ」
ごめんなさい。これはお詫びと仕事に励むあなたへの差し入れってことでどうぞ。
食べたね? 美味しい? ……それでさ、どうにか部外者が山に入れる方法ってない?
せっかく遙々北の僻地にまで観光に来た少年一人が門前払い。これは流石に報われないにもほどがあると、善良な猫の民としてちょっと良心が痛んだりしない?
「……では試練を。試練を越えた暁には、ネコランマの門は自ずと道を開きましょうニャナ」
やたっ! ニャナナちゃん超大好き! ありがとう!
めげずに指でつんつんしながら頼んでみれば、門番さんは小さくため息を吐いてから門を開き、中へと案内してくれる。
門の中へ進めばなんとびっくり、内には立派なバトルフィールドと更に大きな門があるではないですか。
試練と言われて思い出したが、そういえばGHでも最初は閉じられていて条件を満たさなければ進めない仕様になっていたっけか。
通してもらう条件はただ二つ。ニャルナ、グニャーラを仲間にしているか、或いはこの試練で勝利すること。つまり今の俺にとって、打開の選択肢は一つだけというわけだ。
今から何を……なんて野暮なこと、こんなお誂え向きな場所に立たされたら訊かないけどさ。
それでも確認なんだけど、得物はありでいいの? ステゴロタイマン至上主義?
「構いませんニャナ。試練における禁忌はただ一つ、命を摘み取る行為のみですのでニャナ」
そうですか。そうなら良かった。
それではお言葉に甘えて遠慮なく使わせてもらいますが、得物の差で負けても恨まないでくださいね。
……と、随分威勢良くイキってみせたが、不利なのは間違いなく俺の方。
何せ相手は守人。猫の民でも有数の実力者であり、GHでもこの辺の獣に勝てる程度じゃ太刀打ち出来ないほどの強敵だったほどの男。
その昔、GH初見プレイの際、この門へ着いたすぐの頃。
ちょっと強そうな門番いるな、まあいけるやろで調子に乗ってボコボコにされたのを覚えている。
後から知ったがこのネコランマ、実はメインシナリオに一切関係ないただの山でしかない。
そんな寄らなくてもいい場所だからこそ、遠慮なく強くしているのだろう。GHにはそういう場所が結構多かったりするんだ。
まあ過去の失敗はともかく、相手はそんなくらいの実力者。
落ちこぼれとされたニャニャにすらボロ負けだった俺が遠慮を取っ払った所でどこまで通用するか。少なくとも、得物一つの差で覆せる次元でないことだけは確かだ。
「ではこれより、開門の試練を開始しますニャナ。見極めはこの私、ネコランマの当代守人にして猫闘術秘奥が七の継承者、ニャナナが務めさせていただきますニャナ」
試練の始まりを告げ、目を閉じて、自然体でその場に立ち尽くす守人ことニャナナ。
構えなど一切ない、一見舐めているとしか思えないその態度。
けれど向かい合う俺には、それが俺を舐めているのではないと、嫌が応にも理解させられる。
余計な構えなど必要ない。あの人はもう、とっくの昔に構え終わっている。
十歳の俺を油断なく見つめ、隙など微塵もなく、一挙手一投足を見逃すまいと定めている。
これほどまで自然に構える姿は、まさしく達人と驚嘆する他ない。
武術が日常に染みつく猫の民、その中でも一際優秀でなければならない聖地の守人。一目で強靱強敵と分かった墓守プルーフとはまるで違う、静かな強さを示す者。
──譲ったら勝ち目なんてない。先手必勝、それ以外に活路なんて見出せそうにないな。
数瞬の間の逡巡にて、選んだ答えは前進。
気持ち的には墓守に挑んだときと同じ気持ち──つまり一切遠慮なしの、なりふり構わぬ全力で攻め込んでいく。
「その幼さでこれほどの膂力とは、実に見事。ですがあまりに未熟、四肢から胴の全てがお留守ですニャナ」
だが守人は驚きこそしたものの、顔色を変えることなく回避を繰り返してみせる。
強靱すぎた墓守プルーフとは違い、当たれば通じるはずの一撃。
けれどその一発があまりに遠い。むしろ振れば振るほど遠ざかっていくと、そんな気がしてならないと焦燥を覚え始めた頃、ニャナナの姿は消え、俺の体は地面に転がされる。
──あれ、いま、なにされた?
「猫闘術、二足払い。並の者であればしばらく立つこともままなりませんが……感服します、まるであの娘のようですニャナ」
両足にじんわり広がる鈍い痛み。
まるで両足とも痛烈にぶつけたみたい直後みたいだと、歯を食いしばりながら、力が入りきらない足で必死こいて立って構え直す。
なにをされたかまったく見えなかったが、恐らく今、足か尻尾で両足を払われた。
確かにGHの猫闘術にそんな技があったから、俺が食らったのはきっとそれだろう。
柔和な笑みを浮かべながら、軽く手で誘ってくるニャナナ。
そんな余裕にちょっとむかつきながら、その後も果敢に挑み続けるも結果は変わらず。
避けられた後に投げられ。
避けられた後に肉球でパンチされ。
尻尾でいなされてから、またしても地面へ叩き付けられの繰り返し。
見慣れた動き、知ってる技、覚えのあるパターン。
それでもなお手も足も出ない。これこそが武術、力の押し合いとは違う人と人との戦いの真髄か。
「お見事、ですが理解していただけましたね? 貴方では門を開くに足りはしないと」
呼吸大荒れのまま大の字で倒れる俺に、手を合わせて礼をして戦いを締めるニャナナ。
勝敗は決した。俺は為す術なく理解らされて、
く、くそっ、悔しいけど、完敗ですわぁ……。
だけど見てろよぉ……。次こそ、次やるときこそは、必ずコテンパンにして大の字にさせてや──。
「なりませんニャナ。開門の試練は生涯で一度のみ。それほどまでに、猫の民にとってこのネコランマは神聖な山なのですニャナ」
──なんですと?
慌てて飛び起き、問い詰めるも、ニャナナは困った様に首を横に振るのみ。
う、嘘だぁ? だってGHでは再戦可能だったはず……あれ、ちょっと待って?
そういえばこの試練の守人にリベンジしたのって、初見の男主人公じゃなくて女主人公選んでの二週目だった気が……あれ、もしかして俺、やっちゃいました?
「気に病むことはありませんニャナ。この試練を越えたのは、私が知る限り一人だけです。むしろよくやった方だと、このニャナナが太鼓判を押しましょうニャナ」
押さなくて結構。どれほど称賛されようと、負けたら意味なんてないじゃないですか。
そ、そんなことより、ね、ねえニャナナさん? な、何か他に、ほ、方法はあるかにゃあ……?
「……抜け道、いえむしろ正道ですが、ジッハを持つ者の付き人という形であれば、例え試練越えぬ者であっても山への踏入が認められましょうニャナ」
めっちゃ震えてしまう尋ね声。
そんな俺を哀れに思ったのか、ニャナナが挙げたのはもう一つの、そして彼の言うとおり山へ入る真っ当な方であり、同時に困難な方であった。




