猫、猫、猫
皆様、いかがお過ごしでしょうか。
俺はシーク、世界に眠る百財宝を追い求めるしがないトレジャーハンターです。
俺は元気ですが、元気ではないです。
寒いです。ただ今、非常に、寒いです。
真っ白な、広大な北の大地で体ぶるぶるさせながら、ひたすら前へと進むしかない状況です。
どうしてこうなったかと聞かれれば、別に大したことは言えません。
チートエロリフことローゼリアと別れて、早半年ほどでしょうか。
当てはあるけど何も考えずぶらぶらと旅していた結果、迷子になってしまいました。それだけです。
一応、ここがユトランディア北部、その奥だってことだけは分かってる。
季節関係なく雪の積っている場所なんてこの世界じゃ北部のみ。問題はその北が思っていた以上に広すぎて、そして目立つ場所がなさ過ぎて、随分と長い期間彷徨っているという点だ。
嗚呼、最後に立ち寄った、北の服と食料を恵んでくれたぐう聖村が懐かしい。
まだ子供だからと優しくしてくれた、あの都会の競争社会と無縁のジジババ共の温かい歓迎。
最後ちょっと面倒臭かったし、訛りが強くて半分くらいは聞き取れていなかったし、村で唯一の若い女性(熟女)に夜這いされかけたけど、それでも今となっては良い思い出だ。
ああ、もう駄目……。大人しくロマン死ア目指すべきだった……。
お腹が減って、喉が渇いて、力が、出ない……。嗚呼、今世の母が、笑顔で手を振ってる……。
「死んでるニャ!」
「やったにゃ。身ぐるみ剝ぐにゃ」
し、死んで、ないわい……。
「生きてるニャ!」
「残念にゃ。息の根止めて奪うにゃ」
「駄目ニャ! バイオレンスNGニャ! 里まで運ぶニャ!」
なんか物騒なこと相談してるけど、もう無理ぽ……がくっ。
どこだろうここ。
真っ暗で、目の前に川が流れていて、岸にはポツンとボートが一隻だけ止められているだけの場所。
ボートの上には場違いな、ピンクの紐で縛られたやけに大きい箱が一つ。
まるで漫画やアニメに出てくる「誕生日は私♡」的なことやるための箱みたいだと他人事のように思いながら、無意識にゆっくりとボートまで寄っていくと、箱のリボンは独りでに解けていき──。
『あ・な・た・さ・ま♡ あなた様のお宝、わたくしからの贈り物ですわ♡』
──う、うわぁぁ!! って、あれ、夢?
なんか身の毛もよだつ、見てしまったこと自体が罪であり業でもある何かを見た気がする。
具体的にはリボンで大事な部分だけ隠しているロリが、無駄に扇情的な態勢で上目遣いしていたような……これ以上は止そう。思い出してしまえば、俺の心は壊れてしまいそうだ。
で、ここどこ? まったく見覚えのない場所だけど……もしかして、また死んだ?
「おお、目が覚めたかニャン?」
あ、激渋ダンディーボイス……目覚めには刺激的すぎ……♡
……と、いけないいけない。冗談はここまでにして、とっとと起き上がって現状を整理しよう。
えっと、まずここはどこかの室内。
内装的にはログハウスかな。暖炉が焚かれていて温かい、前世でいう避暑地の別荘って感じ。
そんで俺が寝かされているのはハンモック。ちょっと獣臭い、というかハンモックって初めてかも。
最後に目の前にいるダンディボイスの持ち主は、二足で立つ立派な髭、黒い体毛の猫。
猫要素のある人ではなく人みたいな猫。その容姿を見て、俺の脳にある種族の名前が浮かんでくる。
……もしかして、あなたは猫の民です?
「如何にも。我が輩はシガナシ。里の隅で余生を送るだけの、しがない老いぼれ一匹ニャン」
シガナシ……ああなるほど、あの百回死ななかった猫の民の忘れられた英雄様。
GHでもサブキャラとして登場し、無駄にかっこいい声で意味深なセリフを吐いてくれる通称シブ猫。どうりで聞き覚えのあるダンディボイスなわけだよ、実物はゲームの三倍はダンディだね。
猫の民は北のどこかに隠れ住むと言われた、温厚でありながら武と共に日々を営む少数民族。
容姿としては人というよりかは猫。
目の前のシガナシと同じように立った猫であり、大きさは普通の猫から人サイズまで様々だ。
ちなみにあの白髪マゾ猫ことニャルナ・ジッハも北育ちの猫の民だ。
確かどっかの戦士の一族である人族とのハーフで、だから彼女は大衆受けする人成分多めの女性として生まれた……だったはずだ。
「元気そうで何よりニャン。これを飲むニャン、胃にも優しいホット茶ニャン」
声に合わないニャンニャン語尾を付けながら、シガナシはマグカップを差し出してくる。
デフォルメされた猫の模様が描かれた、白い湯気の漂うマグカップ。
受け取ると特別熱くはなく、飲んでみれば火傷することのない、心地良い温度と優しい味のお茶がするりと喉を通ってくれる。
おお、これが噂のホット茶。
ポカポカ草を煎じたお茶で、飲めば一定時間凍傷ダメージを食らわなくなるGHプレイ時にカンストまで持っておきたい必需品の一つ。
「それは結構。しかし幼い人族が独りでアイテムボックスも持たず、白の平野を歩き倒れるとは……さては口減らしでもあったかニャン?」
美味しいと。
素直な所感を呟けば、シガナシはじろりと、人族とは違う猫の目で見つめてくる。
問い詰めるというよりかは、純粋に心配してくれている素振り。
シガナシやっぱり良い人……いや猫? まあ二足なんだし、どっちでもいいことか。
「旅人、か。その幼さで放浪の身とは……その物言い、あの勇ましいドラ娘を思い出すニャン」
あくまで自分の意思で旅をしているトレジャーハンターだと伝えると、シガナシは俺と誰かを重ねたのか、少しだけらしくない笑みを零す。
やだっ、くやしいけど、ギャップでキュンときちゃう……♡ 最推し他にいるのに……♡
「さて、体の調子は大丈夫かニャン? もう一日ほどの安静を、我が輩は勧めるがニャン?」
そう言われてから、少し体の状態を確かめる──までもなく察してしまう。
今のお茶と温かな部屋のおかげで多少はマシになったが、それでも予想以上に疲弊しているらしい。
十歳の体に負担を掛けすぎたか。それとも北の大地が想像以上に過酷だったか。
いずれにしても、すぐには動けそうにない。
日常や軽い運動ならともかく、すぐに冒険の旅に戻るのはちょっとばかしきつそうだ。
……すみません、お言葉に甘えても、よろしいですか?
「素直でよろしいニャン。少し待つニャン、今食事を用意するニャン」
俺の返事にシガナシは小さく頷くと、尻尾をうにゃうにゃさせながらクールに去っていく。
……ふうっ。俺も疲れたし、食事をいただいたらもう一眠りさせてもらおうかな。
しかしハンモックって意外と落ちないんだな。
思ってたより揺れが少なくて、寝心地良くて、体力なくても結構寛げちゃう。ちょっと欲しい──。
「ちわーっすニャ! 倒れてた毛無しどうなったニャ……って起きてるニャ!?」
失礼な、ハゲちゃうわい。
暖炉の火音とシガナシの作業音のみの、耳障りのいい空間を引き裂いた女の声。
体も心もびくりとしながら、小さく息を吐いて心を落ち着かせていると、入ってきた俺を更なる大声を上げて近寄ってくる。
「うるさいにゃ。やかましいにゃ。だからお姉ちゃんの隣は嫌いにゃ」
「ストレート!? 今日も弟は辛辣ニャ!」
やかましいのは桃色の体毛の、ローゼリアよりかは少し大きい如何にも活発そうな二足の猫。
対して静かに、けれど確かに辟易したように毒舌を零したのは深い蒼の体毛の、ピンクよりかは一回り小さな猫。
……何だろう。GHにはいなかったはずだけど、こいつらの声、どっか聞き覚えが──。
「やい毛無し! ニャーはニャニャ! 里長の孫にしてお前の命の恩人、ニャニャ様を感謝で存分に崇めるニャ!」
ハンモックに眠る俺を思いっきり指差して、やたらドヤ顔で踏ん反り返ってくる桃色の方。
命の、命の恩人……ああなるほど、意識を失う前に聞いた声か。
となれば助けてくれたのはこいつらか。それは確かに命の恩人だ、本当にありがとうございます。
「……ど、どうするニャ弟よ。あの毛無し、思ったより素直でいいやつニャ……!」
「落ち着くにゃお姉ちゃん。命の恩人を無碍にするやつの方が最低だから普通にゃ」
おーい。その隠す気のないひそひそ声、ちゃんと聞こえてますよー。
「それで毛無し! お前、一体何の目的でいだァ!?」
「相変わらず声が大きい奴ニャン。病人相手には一つ、いや二つほど声を抑えろニャン」
やいやいやいと。
仕切り直しと二人並んでそばに立ち、俺を問い詰めようとしてきた桃色の方。
質問はいいけど、ちょっと体に障るからボリューム下げて欲しいと頼もうとした瞬間、桃色の方は戻ってきたシガナシの尻尾で頭を叩かれる。
「……すまない。食事の合間、少しだけそいつらの話相手になってやってくれないかニャン。半年ぶりの外からの客人がどうしても気になるらしいニャン」
そばのテーブルに、心地良く香るパンを数個と赤いスープを置いてくれたシガナシ。
なるほどね。
まあ全然構いませんよ。むしろこちらもこの辺りについて、少し話を伺いたかったので。
「ニャーニャー毛無し! お前なんで死にかけてたニャ?」
「にゃ。つまびらかに、包み隠さず話すにゃ。ちなみに僕はニャタロウ、よろにゃ」
目を気体で爛々と輝かせ、置かれたパンを容赦なく俺より食べ始めながら促してくる猫共。
そそっかしい猫共だと思いながら、持ってきてくれたシガナシへ会釈し、ゆっくりとスープとスプーンに手を伸ばす。
うるさい姉がニャニャ、マイペースな垂れ目弟がニャタロウね。覚えたよ、よろしく。
しかし……ふふん。そうかそうか、そんなに気になるか猫共よ。
ならば教えてやろうとも。
俺が生を受けてから今日まで生きた武勇伝。その全てを、吟遊詩人も真っ青になるくらいに誇張して盛り上げながらな。
今が何時だかは知らないが、聞くだけで夜を明かす覚悟はいいかな? キャットフードとトイレの準備は十分かい?




