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エルフの王女は愛を知る

 ローゼリア・リタリス・コングラシア。

 エルフの次の女王となるべく生まれた彼女は、聡明でありながら奔放であり──何よりも退屈であった。


 エルフの王族、コングラシアの一族は幻想大樹(ビッグツリー)と特殊な契約を交わしている。 

 利益は幻想大樹(ビッグツリー)ないしロメルの森への定住を、大樹が認める。

 そして対価は女王が五百を迎えた折、大樹より娘を授かり、必ず次の女王を立てなければならないこと。


 契約により男を必要としない継承を可能とした、大樹と共にあるコングラシアの一族。

 そのほとんどが相手を作ることなく役割を終えるものであり、当代女王シヨルル・リタリス・コングラシアも例から漏れてはいなかった。

 

 シヨルルの一人娘であるローゼリアは、必然大樹によって宿されたエルフ。

 更にこのユトランディアにおける現象の意思、代弁者とされる精霊にもっとも愛されている彼女は、こと特別性においては唯一無二。『星の紋』を宿す星の継ぎ手──GH(グラホラ)主人公と同じくらいと言っても過言ではないくらい、歴代のエルフの女王の中でも群を抜いた特別であった。


 だが精霊に愛され、会話を可能としたローゼリアにとってロメルの森はあまりに狭く。

 未だ知らぬ森の外。精霊の話すユトランディアの幻想へ思いを馳せながらも、城を出るほどに欲を刺激するきっかけもなく。

 

 故に幻想大樹(ビッグツリー)──エルフの城の中で最も小さな、部屋ではない部屋。

 誰も寄りつかぬ静寂に包まれ、精霊を心を交わしやすい独房を部屋とし、静かな生活を送っていた。


 その夜も、ローゼリアは独房にて、いつもと同じように精霊と言葉を交わしていた。

 

 内容はここ最近この城で歓迎されている人族(ヒューマン)について。

 エルフの天敵である琥珀病を完治させ、わざわざ独房まで訪れたシヨルルの語った恩人について。

 

 可もなく不可もない、幼さの割に目に光のないことを除けば極めて凡庸と言える容姿。

 どこか歪な形の黒色ながらも、精一杯輝こうと懸命に足掻く魂。

 芯のある欲をぎらつかせながら、懸命に意地らしく隠すその姿は、どうにも庇護欲をそそるとのこと。

 

 いつも玉座にて威厳を以て執務をしながらも、やることがないとぼやくエルフの女王。

 そんな母にしては珍しく熱を上げていると思いながらも、件の人族(ヒューマン)はローゼリアにとっての興味の対象ではなかった。

 

『……えーっと、あなたは一体どちら様で、どうしてあなたは独房へ?』


 機会があれば、いつか巡り会うこともあるだろうと。

 そう結論づけて精霊との会話を切り上げ、眠気のままに一日を終えようとした──そのときだった。自信満々に扉を開けながらも、ローゼリアの存在に戸惑う人族(ヒューマン)の少年と目が合ったのは。


 自分と大差ない歳ほどの、母の言うとおり、可もなく不可もない容姿の少年。

 歪ながらどこか目の惹かれる熱を持つ、珍しい黒色の魂を持った人族(ヒューマン)

 そして魂と同じくらい真っ黒な、夜を閉じ込めたみたいな不思議な棒を背負った彼を見て、ローゼリアはつい首を傾げてしまう。


 様子から見て、母から逃げだそうとしているのは分かる。

 けれどこんな独房に寄る理由などないのは、生まれてからずっと城に住まうローゼリアだからこそ知っている。

 幻想大樹(ビッグツリー)の出口はただ一つ。正面に置かれたロープウェイを使って森へ降りるしかないのだから、少年がこの独房を訪れた理由が分からなかった。


 もしかして、迷子だろうかと。

 聡明な頭ですぐに結論づけ、せめてもの情けに道を教えてあげようとした。その瞬間だった。

 部屋の中の、独房の外にある僅かな通路。

 檻の中にいるローゼリアなど興味はないと、少年が軽く手を振って床を調べ始め──まるで知っていたかのように隠された穴を開き、躊躇うことなく飛び込んだのは。


 エルフの王女であるローゼリアにとって、自身が優先されないのは珍しいこと。

 その上で自分でさえも知らない隠し穴をいとも容易く発見し、置き去りにされたのは新鮮で屈辱で──けれど何よりも心の弾むことだった。

 

 付いていきたい。あの少年に付いていけば、きっと自分を満たしてくれる。

 無意識に、本能的に察したローゼリアはついに立ち上がり、自身の揺り籠であった牢を出た。

 彼に倣って穴を開き、果てのない暗い闇を怖がりながらも、彼のように躊躇なく飛び降りた。

 

 その夜は、ローゼリアの乾いた心にはあまりに刺激的な劇薬だった。

 初めて出た森の外。いつもより随分と高い月と星の光を見上げ、少年と歩く木々のない平原。

 

 そして三日月形の湖に、月の光で青く光る木。

 エルフの女王が代々語り継ぎながらも、その誰もが発見出来なかったエルフの悲願の一つ。

 知ってか知らずか、シークという少年はそれを見つけ出し、墓守であろう強靱な巨人(ジャイアント)を退けて、最奥に眠る初代女王の前へ導いてくれた。


 この方はロメルの森の、いや全てのエルフにとっての恩人。

 森へ共に帰り、母に顛末を語り、宝と自らを捧げるくらいでなければ返せないほど莫大な恩。


『捧げた花に誓って。悠久の時の中でさえ枯れないこの花こそ、俺の心の形でありますれば』


 花を贈られた。一本の、彼の魂とは真逆の、目を奪われるほど真っ白な花を。

 愛を捧げられた。初代女王と共に眠りながらも枯れなかった、この白い花と同じほどの愛を。

 再会を誓われた。再会のとき、自分はエルフの女王に見合う男になる覚悟を。


 ローゼリアにとって、それは芽吹きだった。

 初めての外。初めての冒険。初めての戦い。──そして命を預け合った少年にされた、健気な告白。

 聡明なるエルフの次の女王とはいえ、今はまだ齢十の小娘。

 不意にされた愛の告白は、心を擽られ、揺らされ、貫かれるには充分過ぎる理由であった。


「それで? 幻想大樹(ビッグツリー)を守護するエルフの精鋭がいながら、シークとローゼリアの両方がもぬけの殻とは……余の兵の質も、随分と堕ちたものよのう。なあマッシュ?」

「す、全ては我々の不徳が致すところ。べ、弁明のしようもございません……」

「そうだな。しかしよもや、よもや余の手の中から逃げ出してしまうとは……口惜しい。嗚呼、実に嘆かわしいのう」


 幻想大樹(ビッグツリー)、謁見の間にて。

 当代女王シヨルル・リタリス・コングラシアは微塵も不服さを隠さず、顔を青ざめさせながら、平伏する部下へ視線を外し、深々とため息を零す。


 シークを玉座の間へと案内したキノコ頭の宰相含め、女王へひれ伏す多くのエルフが(おのの)くばかり。

 

 一言が生と死の取捨選択。発する弁明一つ次第で、自らの首を飛ぶか否か。

 故に次の言葉を出せず、ただただこの場の時間だけが無情に、無駄に、無価値に流れていた。


「戻りましたわ……ってあら? どうかなさいました、お母様?」


 そんな凍てついた空気などお構いなしと、玉座の間の扉は開かれる。

 軽い歩調で進み、膝を突くことなくシヨルルの前へと立ち止まるのは翡翠のドレスの小さな少女。

 シヨルルと同じく金の髪に翡翠の瞳、胸元に白い花を添えた王女様。

 つい先ほど冒険から帰還したローゼリアの登場に、シヨルルは一段と圧を強めながら眉をひそめた。


「戻ったか。我が娘ローゼリア、大樹に定められし次の女王よ。偶然にも其方が森を抜け出したのと同じ夜に、余の大切な客人が忽然と姿を消したのだが……何か心当たりは?」

「まあそうでしたの? わたくし(ローゼリア)が森を出てすぐ、真っ黒な魂と棒を持つ殿方に出会いましたが、あれが噂の恩人様でしたのね!」


 シヨルルの問いに対し、ローゼリアはわざとらしく、思い出すような素振りをしながら語り出す。

 煙に巻くことは造作もない。けれど全てを嘘にすれば、シヨルルの溜飲は下がらず、異常な執着のままに追っ手が出されるだろう。

 だからローゼリアは良き妻として、夫の道にいらぬ障害が増えぬよう、聡明な頭で既に一計を案していた。


「……よもや、よもや脱走の手引きをしたのではあるまいな?」

「お母様、そんなことをおっしゃらないでください。わたくし(ローゼリア)はただ彼と共に夜の外を少し歩き、語らい、別れただけですわ」


 嘘は付かず、詳細を省きながら、興味を惹くように語るローゼリア。

 

 この夜得た全てを、隠し墓についての一切を、ローゼリアはこの場では話す気がなかった。

 エルフにとって悲願とも言える、初代女王が眠る隠し墓の発見。

 けれど今この夜の発見を明かしてしまえば、愛を誓った少年──シークはきっと、エルフ全てに注目されてしまうだろう。


 夫であるシークは言った。生涯ローゼリアを想い、女王に見合う男になって戻ってくると。

 ならば待つのが妻の務め。夫の決意を尊重し立てるのが、良き妻であると。


 それにローゼリアは知っている。

 女王の、シヨルルの一人娘だからこそ、彼女の内に渦巻いている卑しい真意を察している。

 

 目の前で、ローゼリアの記憶の中でもっとも不機嫌であり、それを隠そうともしない女王シヨルル。

 どういう運命の悪戯か、親子故に惚れる男は似通うのが必然なのか。

 母は逃がした人族(ヒューマン)を暇潰しの愛玩などではなく、初恋の相手として、自らの(つがい)としてシークを狙っている──所謂、恋敵(こいがたき)なのだと。


「重ねて尋ねるが、その言葉に、偽りはないのだな?」

「ええ。コングラシアの血と、我らの父なる大樹に誓って申し上げます。わたくし(ローゼリア)はええ、決して、脱走の手引きなどしていませんとも」


 一層強く、最早ひれ伏す兵が意識を失いかねないほどの重圧。

 けれどローゼリアはわざとらしく大仰に、謡うみたいに淀みなく、玉座にて見下ろすシヨルルの圧など意に介さず言葉を紡ぐ。


 事実、ローゼリアの言葉に嘘などない。

 彼は自らの力と勇気でこの城を脱出し、ローゼリアはそれに便乗し共にあっただけなのだから、一切の手を貸してなどいないのは事実なのだから。


「……そうか。ならば夜遊びの件は不問と……待て、それは何だ?」

「ああ、これですか? わたくし(ローゼリア)いただきましたの。とても美しい愛の告白を」


 シヨルルの質問に、ローゼリアは見せつけるよう胸に添えていた白い花──リタリスの花に触れながら、花に負けないくらい愛らしく微笑む。

 

 花をいただいた。

 その一言がシヨルルの威圧を霧散させ、シヨルルを、謁見の間にいるエルフ達をどよめかせるが、ローゼリアは変わらず微笑むのみ。


「ねえお母様? このローゼリア、とても愛らしい殿方を見つけましたわ♡」


 ローゼリア・リタリス・コングラシア。

 次のエルフの女王である彼女は聡明ながら奔放で、何より退屈な少女──だった。


 けれど、今のローゼリアの心に退屈はない。

 胸を満たす愛が、脳に刻まれた言葉が、唇と魂で交わした契約がローゼリアをときめかせ、無限の活力を与えてくれるのだ。


 かくして恋を得た少女は、かつてのゲームの筋書きとは異なる芽吹きを果たした。


 トレジャーハンターを自称する転生者、シークが幼気な少女の初恋を弄んだ報いを受けるのは五年以上も先──彼の言うメインシナリオの渦中にて。

 

 『星の紋』を宿した主人公が世界を巡り、己が宿命と向き合いながら世界を救う英雄譚。その中にはなかったはずの、女王の座を賭けた決闘の後であった。

読んでくださった方へ。

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