責任取ってくださいね?
あまりに痛くて体が動かない、情けなさ百%な俺のために挟まされた休憩タイム。
ローゼリアは曰く白属性、つまりそれに属する回復魔法はまだ使えないらしく。
所々に無数の戦闘痕の残る大部屋の中で、ついさっき戦った墓守プルーフのそばで幼女に膝枕されるというご褒美と拷問の両方を受け続けた結果、どうにか歩けるくらいにまで回復することが出来た。
……しかしあれだね、もう転生者の尊厳とか皆無だよね。
死に行く母に愚痴を漏らしたり、女王様に抱っこされたり一緒に風呂に入れられたり、王女様に膝枕されたりと散々。これで人生二週目なんだから呆れるほど笑えちゃうね。
まあ恥なんて今更過ぎると、体は同い年だからセーフと開き直りつつ。
時間なんて分からないので、これ以上は休んでいられないと、相棒を支えにして先へと進んでいく。
しかし骨折や欠損とか、後に引くような重傷がなくて本当に良かったよ。
これでグロい怪我とかしてたら、いよいよこの後の作戦で王女様に帰ってもらえないかもしれないからね。何だかんだ直撃を受けなかった俺、頑張ったで賞を三つくらい進呈しようじゃないか。
「……あの、あなた様? 一つ、お尋ねてしてもいいでしょうか?」
ああ、うん。どうぞどうぞ。なんでも聞いてくれたまえよ、王女様?
「わたくしが魔法を放った後、どうしてあの巨人の口に手を入れたのですか?」
……あーね、あれね。その件ね。
あーうん、戦っている最中にたまたま見つけたんだけど、何か変な音していた巨人に対処しようとして、咄嗟に押してみようと思った……的な?
墓守プルーフの厄介というかクソ謂われる由縁、それは放置していると復活してくる点だ。
ゲームでもHPを削りきった後に十秒ほど膝を突くのだが、その際に近づいて『スイッチを押す』と出るので入力しないと全回復して復活してもう一回を強制させられるボス。所謂ギミックボスに分類されるタイプのボスだ。
その上ボス戦前にフラグを建てないと、倒してもコマンド自体が出ないと来たもんだ。
撤退可能とはいえ、ゲーマーとしてその判断は敗北も同然。初見の際、勝利に酔いしれてコントローラーから手を放していたせいで反応すら出来なかったのは今でも忘れられない。
現実なら粉々にでもしてしまえば二度と再生なんてしないのだろうが、流石にそれは無理。
せめてローゼリアの最強魔法が完成していれば不可能ではなかったかもしれないが、まあ無い物ねだりも良い所。ひとまず撃退出来たのだから、それで良しとするべきだろう。
「……本当ですか?」
ホ、ホントダヨー。ボクウソツカナイゼンリョーナヒューマンダヨー?
「……まあ良いでしょう。わたくしとあなた様の間柄、疑うなんて野暮というものですもの♡」
あ、ありがとうございます!
なんか変な距離感になってる気がしなくもないんだけど、まあ気にせず置いておきましょう!
王女様に支えられ、ポンコツ同然な俺に合わせた亀レベルの歩行で大部屋を抜ける。
最後の格子戸も王女様に開けてもらい、少し通路を歩けば、ついに慰めの隠し墓の最後の部屋へ。
円形の部屋。その中央にぽつりと置かれている木の箱と、その上に置かれた三つの宝箱。
あるのはそれだけ。真っ白で、壁面に何かが記されていることもない、何もない部屋。
「これは……まさか、柩?」
王女様は俺から離れ、宝箱ではな木の柩の方を興味深げに調べ始める。
王女様は形から柩と言ったのだろうが、事実それは正解であり、同時に不正解でもある。
あれは……というかこの場所は、死者の眠る墓。
柩の中に眠っているのはエルフの初代女王と古代のドワーフ。二人は未だに朽ちず、腐らないまま安らかに眠っているのだ。
どうしてエルフの女王がロメルの森ではなく、こんな場所に眠っているのか。
どうして同じ柩に二人で入っているのか。
ロミジュリみたいな悲恋説。そもそもまだ死んでおらず、DLCでも出して動かすつもりだった説など。
ガチ勢が色々深読みし、結構な説を挙げていたけれど。
単に二人だけで安らかに眠りたかっただけ、なんてロマンチックな説が俺的には一番腑に落ちたのがあの柩だ。
恐らく俺がどうしようと、暴くことは出来ないだろう。
GHでも固く閉ざされており、チートを使ってなお開く方法が存在しなかった柩だ。きっと何かしら強固なプロテクトがかかっていて、相棒でガンガンしようが壊れることもないはずだ。
……ま、俺は興味ないし暴くなんて、ロマンチックとは真逆の無粋を働くつもりはないさ。
俺の目的は一つだけ。そこに目を瞑っていてくれるのなら、世界が滅ぶまで二人でごゆっくりどうぞ。
「刻まれているのは古代文字。命の環でさえ阻めぬ、永久の愛を誓って……サザンカ・リタリス・コングラシア?」
はてさて。
王女様が柩に夢中になって、俺の事など忘れている間に、目的のブツでも探しましょうかね?
抜き足差し足忍び足と。
なるべく音を立てないよう中央から離れ、部屋の最奥へと近寄り、しゃがんで壁を触っていく。
最近開いた痕跡は……ないな、よしっ。
ならあるはず、どこだどこだ? 確かこの辺りの壁だったはずだけど、どこらへん──おっ?
必死な俺の願いが通じたのか、ちょうど床と隣接していた部分で僅かな凹みに指が引っかかる。
逸る気持ちと胸の高鳴りを抑え、細心の注意を払いながら静かに引くと、隠されていた引き出しはするりと開かれ、
──あ、あった。あったぞ、ははっ!?
極細の紐に通されたそれは、濁り一つない、翡翠一色で作られた雫の石。
けれど月の光を通せば、輝きは翡翠から碧へ。さながら昼と夜を内包する、空の如き二面の顔を持つ宝。
これが、これこそが翡翠女王の涙。俺が生涯をかけて集めると誓った、百財宝の一つだ。
なんで涙なのかは知らないが、まあそんなことはどうでもいいね!
だってこの一つだけでも、百財宝がちゃんと存在するって証明! 俺の人生が目標がちゃんと存在するって何よりの証拠なんだからさ!
感極まって思わず声を上げてしまいそう口を押さえ、慎重に勾玉を懐へ入れて壁の引き出しを戻す。
これでよし。宝の存在は誰にも知られず、証拠は隠滅っと。……えへへ、えへへへへへっ。
「何かありましたか……って凄くにやにやしてますが、あなた様?」
いえいえ何もなかったですよ本当ですよはい!
宝の発見でそれはもう浮かれきっていた所で、急に掛けられた声。
思わず体をびくつかせ、巡った痛み情けないほど早口で誤魔化すと試みるが、王女様は怪訝に首を傾げてしまう。
ま、まずい。騙し騙しやってきたけど、流石にこれはツッコまれそうなほど怪しまれている。
どうにか、どうにか話を切り替えないと……あ、そうだ!
そ、それより王女様! あれあ、あの箱を調べるのは終わったんです?
こっちは散策ついでに少し休憩してたんですが、そちらは何か満足いく発見でもおありで?
「…………いえ、柩はあのままが一番と、宝箱については一緒にと思いまして。……あの、本当に無理していらっしゃいませんか?」
あ、いえ、大丈夫です。ほんとに、全然問題ないです。はい。
……やばい、王女様が善良すぎる件について小一時間ほど討論したいです。
他者を思いやれる王女様を前にすると、私欲優先のクズハイエナの良心がズキズキしてしまうわ。
心の中で前世で極めた土下寝を披露しつつ、ふらつきながらも再び部屋中央の柩の前へ。
柩の上に置かれた、大、中、小と綺麗にサイズの分かれた宝箱。
王女様の言葉どおりに開かれた形跡はなく、百財宝と同じくまだ荒らされていないのだろう。
「鍵は掛かっていないようですので、早速開けてみましょう。……初代女王の遺産、わたくしの裁量で譲渡できる物があればいいのですけど」
ないのは知っているが、一応罠などを考慮して俺が開けるべきなのだが。
俺が提案しようとするよりも前に、王女様はそんなことお構いなしとばかりに一番小さな宝箱に手をかけてしまう。
……王女様はそう言ってくれるが、基本的には難しいだろう。
ゲームだったら主人公の総取りになるが、現実ならそうもいかない。
何せここにあるのは、いずれもエルフの初代女王が遺した、エルフにとっての歴史的財産。
欲しがれば間違いなく戦争待ったなし。或いは王女様が女王であったのなら、自らの権限で渡すなんてことも出来るのだろうが、生憎彼女はまだ女王の娘でしかない。
……まあ正直、俺的にはこの宝共に興味がない。
求めていた本命は既に俺の手にあるわけで、
敢えて言えば真ん中の、中サイズの箱に入っているであろうこの場で王女と別れるための、文字通りのとっておきがを借りたいくらいだ。
「これは、鍵……?」
小さな宝箱の中に入っていたのは一本の、シャボン玉のような透明の鍵。
王女様は興味深げに見ているが、俺はもちろん見覚えがあるし、それが欲しいとも思わない。
この鍵こそ、慰めの隠し墓で得られるメインシナリオのキーアイテム。
主人公の『星の紋』を完成させるために攻略しなければならない泡迷宮。誰も知らない泡の迷宮を見つけるために必要な鍵だが、その迷宮に用のない俺にとっては価値のないゴミだ。
「鍵……でしょうか。どこのかは不明ですが、ひとまずは置いておくとしましょう」
俺は若干気になりつつも、ささっと切り替えた王女様が残り二つの宝箱もテンポ良く開けていく。
真ん中の箱からは、枯れることなく咲き続ける白い花びらの花が一本。
そして一番大きな左の箱からは妙に分厚く、古めかしい革表紙の本が一冊。
この墓に眠るドワーフの日記に、この世界にはもう枯れきったとされるリタリスの花。
どちらもゲーム通りの中身。苦労相応の価値はあるだろうが、現物を見てもなお心は惹かれることはない。
……やっぱり俺の心が求めるのは、百財宝だけか。
「……困りましたね。ロメルの王女として、いずれも手放すわけにはいかなそうですが……」
あーはい、ご自由にどうぞ。
「あ、でしたらお城の宝物庫から好きな物を一つ、わたくしの権限で──」
すみません、その下りは女王様と一回やってしまった後でして。
更に城に、更に言えば森にすら戻る気はないです。よってその案はなしでお願いします。
「……そうなると、いよいよ渡せる報酬がなくなってしまいます……ならば仕方ありません。最早このローゼリア、あなた様にこの身の全てを捧げるしか──」
わーわー! なんでそんなにっこり笑みを浮かべて、ふざけたこと言い出しちゃってるの王女様!?
それは困る! とても困る!
あなたの清き身は、いずれ来たる主人公へ捧げるべきもの!! 何より俺に旅の共は必要ありませんし、責任なんて取りたくないのでそういうのは駄目です! マジで!
「……お嫌ですか? 未だに王女様とした呼んでくれないあなた様は、わたくしのことがお嫌いですか?」
慌ててそれ以上の言葉を止めるも、王女様はとても悲しそうに目を潤ませて訴えてくる。
あかん、このままじゃ負ける。よく分からないけど勢いに負けてしまう。
王女様の提案を呑んでしまえば待つのは二つ。旅に王女様が付いてくるか、森に強制送還かの二択──つまりは俺にとっての自由の消失だ。
考えろ、考えるんだ俺……!!
何か、何かこの場を穏便に切り抜けられる……そ、そうだ! メインプラン! 実はやらなくても満足して帰ってもらえるかもなと期待していたけど、もう賭けてみるしかねえ!
じゃ、じゃあこうしましょう!
まず分け前として王女様は鍵と本を、俺はこの綺麗な白いお花をいただきます。
それでいただいたお花を手に持ち、一度喉を鳴らして整えてから膝を突き、そっと花を王女様へ──。
「……えっ?」
差し出されたリタリスの花に、王女様は一瞬固まりながらも、すぐに口に手を当て驚いてしまう。
王女様は別に、このリタリスの花が貴重品だから戸惑っているのではない。
一輪の花を贈る。多くの人にとってロマンチックで片付くこの行為こそ、エルフにとってはこの上なく特別な習わしなのだから。
「本気、ですか? エルフに一輪の花を贈る、その意味をお分かりで……?」
もちろんですよ王女様。
いくら下賎な人族の俺も、この行為の意味くらいは重々承知していますとも。
異性のエルフに一輪の花を贈る、それは枯れぬの愛を誓う──つまりはプロポーズ。
例え手に持つ花が枯れようと、あなたを想う心は永遠であると示すための風習である。
GHにおいて、ここで手に入れたリタリスの花はローゼリアルートのキーアイテム。
ローゼリア・リタリス・コングラシアへ──エルフの女王へ告白の際に渡す一輪の花なのだ。
ちなみに、本は本当におまけだよ。ゲームでも読めるだけで使い道なかったからね。
「……わたくしがこれ受け取れば、あなたはロメルの王配となります。ですがロメルの女王は全てのエルフの長。例えわたくしとあなたが相思相愛で結ばれようと、同胞達は人族が自身の上にあることを決して認めることはないでしょう」
王女様は飛びつくように手を出そうとしながらも、すぐに押さえ諭すように問うてくる。
彼女の言うとおり、例え王女と女王が許そうと、他のエルフ全てが拒み俺を消しに来るはずだ。
ただでさえ他種族を疎み、人族を見下す高慢極まりないエルフ。
そんなエルフと他の種族が種族的な距離を縮めるのは、GHのメインシナリオ終盤。
暗闇に世界が侵食された後、種族問わず手を取り合うことを余儀なくされ、仲間となったローゼリアとこの慰めの隠し墓を攻略した後にようやくなのだ。
ローゼリアが十歳ならば、今はまだメインシナリオの五年前。
つまり俺がどんなに恋い焦がれようが、物理的にも世界的にも成就は不可能というわけだ。
……この前提があるにもかかわらず、囲おうとしてきたあの女王様って何なんだろうな。
「わたくしもあなた様に死んで欲しくない。だからどうか、どうか今の発言はなかったことに──」
ええもちろん。
だから王女様。どうか俺に、あなたの全てを手に入れるため、一つチャンスをお与えください。
「……チャンスとは?」
このシーク。今はまだエルフの女王の隣にあれる男でないと、誰よりも理解しています。
だからどうか、しばらくの猶予を。
どれほどの年月かけようと、次にあなたとお会いするその日まで、俺はエルフですら認めざるを得ないほど名を上げてみせましょう。
悠久の中ですら狩れることのなかった、この汚れのない白花のように。
あなたを想い、あなたに焦がれ、あなたに灼かれる。
そんな燃えるような愛のため、矮小なる人族の一生の中で、あなたを想い続けることを、そして再会の折には今一度愛を捧げることを、どうか許していただきたいのです。
「……っ」
無論、あなたが俺のことなんぞを考慮して生きる必要などありません。
例え俺があなたを想い一生をひた走ろうと、それはあくまで俺の身勝手に過ぎないのです。
故に再び巡り会うその日。
あなたの隣に相手がいたのなら、あなたが俺を忘れていたのなら、あなたが俺を拒絶するのなら、その時は潔く諦めましょうとも。
ですのでどうか、どうか今宵は俺の告白を保留としていただきたい。
今宵の冒険はここで幕引きにし、俺があなたの隣にあれるほど大成し再会を果たしたその時こそ、この場の答えを示していただきたいのです。
「本気、なのですね? 本気でこのわたくしを想い、添い遂げようというのですね?」
捧げた花に誓って。悠久の時の中でさえ枯れないこの花こそ、俺の心の形でありますれば。
「……でしたら。あなたの言葉が偽らざる真であるのなら、自らの名と魂に誓い、この場でわたくしに口づけを。さすればわたくしは、あなたへ百年の猶予と真の愛を差し出しましょう」
えっ、重……ごほんごほん。
後で絶対黒歴史になりそうな、気障な詩人が酒を入れたとしても吐けないだろう告白。
何言ってるのか自分でもよく分からない言葉の羅列を終え、王女様の意志に委ねれば、返ってきたのは予想外すぎる反応だった。
あまりにクドすぎてどん引きしてくれるかと思ったが、これはあまりに予想外。
キス、キスかぁ……ええいままよ! 今更退けるか、なるようになれ、所詮は子供のじゃれ合いだいッ!!
唇以外は許さないと、目を瞑って待つ王女様。
最早やるしかないと、ゆっくりと立ち上がり、諦めるように覚悟を決めて王女様へ顔を近づける。
流石に舌を絡めるとか、十歳相手に不健全でアダルティだけは避けたいと。
初めてなので死ぬほど緊張しながら、ほんの僅か、本の一瞬だけ王女様の薄桃色の唇へと触れる。
さようなら、二度の生合わせたキス童貞と尊厳よ。
そしてこんばんわ罵倒達。俺こそが十歳の唇を奪ってしまったロリコン大犯罪者です。
「……これで終わり、ですか? もっと深くともいいのですよ……?」
そうだ忘れてた、この王女様エロリフだった。
目覚めさせたら絞られる、ロリコンオタクの妄想みたいなむっつり王女様だった……!!
え、えっと……そう! 今はまだ! あくまで私の我が儘!
再会を果たし、結ばれたその時こそ本番を致しましょう! それまで! 取っておく! ことで!
「……そうですか、それはとても残念です」
不満げな王女様をどうにか宥めながら、何もかもが疲労しきった頭でひとまず安堵する。
……どうにか乗り切ったんだろうけど、今日だけでどんだけ業を詰んだのかな。死んだら地獄よりもきつい超地獄にでも落とされるんだろうな。
「愛の誓いはここに果たされました。このローゼリア、いずれ来たる再会の瞬間を心よりお待ちしています。わたくしの唇と心を奪ったのですから、是非とも責任取ってくださいね? あなた様♡」
王女様は俺の手を取り、刻むように力を込めて握りながら微笑んでくる。
彼女の笑みは、渡したリタリスの花をのように可憐で尊いものだと、そう思ってしまった。




