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隣に引っ越してきた清麗な元アイドルが僕とペアになりたいと寝かせてくれません  作者: 毒島かすみ
第三章 これはデート?いや、ただのお出掛けです
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第二十三話 将棋を始めた理由

[奏視点]




 将棋道場にて、幼馴染の美織ちゃんと7年振りの再会を果たした。

 軽口を叩き合う度に僕達の間にあった7年の空白が埋まったいくような実感に次第に嬉しくなっていく。


 それにしても、あの小さく可愛らしいかった美織ちゃんが、まさかこんなギャルになっていようとは。……時の流れというのは本当に恐ろしい。


「ねぇ、奏。久しぶりに一局どうよ?」


 と、挑発的な笑みを浮かべる美織ちゃん。僕もその挑発に乗る。


「ふっ。昔みたいに負けて泣くなよ?()()()


 言って、美織ちゃんの笑顔が僅かに殺気立つ。


「……望むところよ()()()





[結衣視点]





 奏君と美織ちゃんの対局が始まった。

 

 私はその様子を傍から見ている。

 一応、視線は盤面へと落としてはいるけれど、正直それは格好だけで、今は別の事で頭が一杯だ。


 ――姉弟子?

 ――弟弟子?


 幼馴染だけではない。私の知らない、二人だけしか知り得ない世界でのやり取りを見る度、私の心は傷付いていく。

 

 ――奏君。

 君は私の為に将棋を始めたんじゃなかったの?




 ◆◇◆



 

 私が幼かった頃――迷子でいるところを奏君に助けられた、あの初めて出会った日の事だ。


 その頃から既に将棋っ娘だった私は、将棋の駒をモチーフにしたポーチをぶら下げていた。


『将棋、好きなの?』


 お魚センターへの道中のバスの中――奏君が私にそう問い掛けた。


『うん!大好き!』


 大好きな将棋の話題を振られて嬉しくなった私はそれまでの不安が晴れたような声で答えた。


『……将棋って、そんなに楽しいの?』


 一瞬物憂げな表情をした後、奏君はそう返してきた。


『すっごく楽しいよ!!君は将棋してないの?』


『うん』


『やってよ!!将棋! それでいつか、おっきな大会とかの決勝で当たるの! その時、どっちが強いか勝負しよ!?』


『……え?!』


 私の押しの強い物言いに一瞬怯んだような表情をした奏君へ、私はさらに続ける。


『それで、もし、私が()()()()……君のお嫁さんになってあげるよ!』


 この時、既に私は奏君の事が好きだった。だから敢えて()()()()――と、言ったのだ。もし、その時が来たらもちろん、負けるつもりで。


『……どう、かな?』


 ドキドキと、胸の鼓動を聞きながら、上目遣いで窺うように返答を求める。

 すると奏君は戸惑いながらも、言いにくそうに、


『……うん。分かった』


 と、そう言ってくれた。


 今思えばあの時の私は凄かった。

 初恋を自覚したその日にここまで強気の駆け引きを仕掛けて、そして言質を獲ったのだから。


 奏君は私を嫁に(めと)る為に将棋を始めた――決して夢や妄想ではない。

 その時、確かにそこにあった、紛れもない事実だった。


 でも、奏君は私の想像を遥かに超えた、手の届かない存在となってしまった。

 

 ――〝神童〟、〝前人未到のアマチュア八段〟。


 あまりにも遠い存在。拍手喝采の中心に立つ彼があまりにも眩しく、偉大で、そんな彼にとって私との()()()()なんてきっと些細な出来事として成り下がってしまったと、私はそう思った。

 

 だから私も頑張った。遠い存在なら追いかけるしかない!

 奏君の彼女――ひいてはお嫁さんに相応しい存在となる為に!

 そう思って私なりに必死に将棋が強くなろうと打ち込んだ。

 そんな私の努力がようやく実を結んだあの決勝戦――


 でも、その日、奏君は私の前に現れなかった。

 後から聞いた話だけどその決勝戦の日、女流棋士だった奏君のお母さんが亡くなったそうだ。

 そして、その日を境に奏君は将棋を辞めた……。


 亡くなってしまった奏君のお母さんに対抗心を燃やすわけじゃないけれど。

 でもそれって、やっぱり私とのあの邂逅は奏君にとっては所詮はその程度のものだったわけで……。


 でも私は諦めなかった。往生際の悪さこそが私最大の長所と。

 君が将棋を辞めたのならば、だったら女として、異性として、彼から注目されよう!

 そもそも、将棋で追いつくのが目的ではない。私は異性として彼が好きなのだから。


「ぐ……。負けました」


「ありがとうございました」


 あれこれと回想に耽ってる間に奏君と美織ちゃんの対局が終わった。勝敗は言わずもがな、奏君の勝ちだ。


「さすがね」


 美織ちゃんが悔しそうに言う。


「いや、美織ちゃんこそさすがだよ。昔よりもずっと強くなってる」


「完封勝ちしときながら何気休めめいた事言ってんのよ!」


 そう言って美織ちゃんは奏君の肩の辺りをバシッと叩いた。


「痛っ!」


「まったく、そういう所昔から変わんないね」


「大きなお世話だよ」


 この疎外感。本当、居た堪れない。


「……ねぇ、奏君。さっきの続き……」


 勇気を振り絞って、弱い声で二人の間に割って入ると、


「あ、ご、ごめん……そうだね。やろうか」


 それまで柔らかかった奏君の表情が一気に堅くなった。

 私に向けるいつもの顔だ……。


「ごめんねー!邪魔しちゃって。つい昔に戻っちゃってさぁー!」


 美織ちゃんの、どこか苛立ちを含んだ微笑み。

 おそらく私が、二人だけの幼馴染の世界に割って入った事に対してイラついてるのだろう。

 ただこの幼馴染ムーブ。いい加減ちょっとイラっとする。


「ううん。いいの。奏君とは()()()()ずっと対局してるし、そろそろ休憩かなぁ〜って、ちょうど思ってたところだから」


「……昨夜、から?」


 美織ちゃんの笑顔から、幼馴染ムーブから来る余裕だけが消え失せた。


 ここまで一方的にボコボコにされてた私が、一矢報いた瞬間だった。

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