第十九話 成長した君
[結衣視点]
「もう! 行くよ!」
受け付けのおばさんに対して少し憤慨気味にそう言って、奏君は私の手を取るとこの場から逃げるように歩きだした。
奏君に手を引かれながら私は、感慨深く、昔の記憶を想起させる。
……それは幼い頃の記憶――奏君の先導でバスに乗り込んだ際の、奏君と運転手とのやり取りの事。
――『おや?少年。デートかい? まったく、最近の小学生はませてるねぇ』
――『ち、違うよ!おじさん、変な勘違いしないでよっ!』
――『はいはい』
――『もうっ、違うってば!』
あの時と今、奏君と受け付けのおばさんとのやり取りがあの時と重なる。――奏君……あの頃と全然変わらないなぁ……って。
反面、見た目はあの時と比べて背も伸びて、どちらかと言えば華奢な体型だけれども、確かに男の子と思わせてくれる筋肉や、男性としての色香を纏った成長した彼の姿に、私の、女としての本能が刺激される。
奏君……昔はあんなに可愛いらしかったのに、かっこよくなったなぁ……って。
でも、ムスッとした強い口調で照れ隠しする所は……やっぱり可愛いな、ってそう思う。
――キュンと、胸を締め付けるような痛みが走った。でもこの痛みは心地良い。
ずっと思い焦がれてきたあの時の記憶とリンクする現在がただただ嬉しく、そして、こんなにも大好きな人と一緒に居られる現在がものすごく幸せだと思う。
今という現在。一分一秒を大事に噛み締めたい。私はそう思うのだった。
[奏視点]
おばさんの冷やかしから逃げるようにその場から立ち去ったはいいが、気付けば僕は結衣の手を掴んでいた。
「――っわ! ご、ごめん」
慌てて謝って、掴んだ手を離そうとしたが、
「ううん。いいんじゃない?別にこのままでも。子供の頃なんて同性異性関係なく、よく手を繋ぎ合うものじゃん」
いや、確かに僕等は未成年ではあるけれど、子供ではない。さすがに今の僕等の年齢でその議論は通用しないはず……そう思いながらも、繋がれた結衣の手に力を込められれば、否応とドキリと鼓動が跳ねる。
動揺する僕をよそに結衣はそのまま手を繋いだまま、さも何事も無いかのように畳の上を歩きだした。
僕みたいに臆する様子は微塵も窺えず、まるで、この事象が単なる友達としてのコミュニケーションの一貫であるかのような、そんな当たり前のような振る舞い。
――落ち着け……僕の意識し過ぎだ。きっと結衣は何とも思っちゃいない。
冷静さを取り戻そうにも、ドキドキと鼓動が加速し、繋いだ手からは汗が滲み出る感触がして同時に焦りと羞恥心に襲われる。
結衣の手には割と強い力が込められているのもあって逃げようにも逃げられない。
かといって無理矢理に手を振り解くわけにもいかない。
「んー。どこにしようかなぁ?」
そう呟きながら結衣は辺りを見渡す。
空席は4箇所。どの席の将棋盤も一緒。どこに陣取ろうが変わらないはずなのに、何故か二の足を踏んでいる。
(早く決めてくれ……そして、早く手を離してくれ……)
繋いだ手はそのまま。
いよいよ手汗がヤバくなってきて、湿ってるを通り越して、もはやびちゃびちゃだ。
恥ずかしい。早くこの手を離したい。その一心から、
「……こ、ここで、いんじゃないかな?」
と、僕がすぐ目の前の席に半ば強引に腰を落とした格好で、ようやく結衣の手から力が抜け、離してくれた。
「そうだね」
結衣はそう呟くように言って、どこか名残惜しいそうに僕の対面側に腰を落としたのだった。
◆◇◆
「今回は10秒早指しで指さない?」
駒を並べながらそう提案したのは僕。
「じゅ、10秒?」
それに対して少し戸惑いつつ嫌そうな顔をした結衣。
僕はその提案の意味を伝える。
「定跡に縛られない指し方を身に付ける為の訓練だよ。敢えて考える間を短くすれば自然と〝直感〟に頼らざる得ない。ひいては、結衣の棋力アップに繋がるってわけ」
「――ひいては、私達ペアが最強になり、あらゆるペア将棋大会の優勝を総なめ……」
と、僕の言葉に続けて言った後「ふっふっふ」と、悪代官みたいな笑い方をする結衣。
……時々、結衣のキャラを見失う事がある。
僕の中ではこれぞ王道、ザ・ヒロイン!みたいな印象なんだけど……時折感じさせるこのポンコツ臭……。
「……ま、そういう事だよ」
と、僕はとりあえず同調する。結衣は、
「わかった!じゃあ、奏君の胸を借りるつもりで挑ませて貰うよ……」
と、言った直後、結衣は一体何を思ってか……
「……あ、ちなみに私の胸ならいつでも貸すよ?」
と、続けてから、自分の胸――と言うか、自分の乳房を下から手で持ち上げるようにして……すると、意外と大きかった二つの果実が、可憐で清楚な基調の黄色いワンピース越しに、強調される。
「…………は?」
唖然と、固まる僕。
「…………え?」
自らの下乳に手をやったまま、固まる結衣。
その清純派の成りにそぐわない卑猥なポーズ。あまりに落差の激しいコントラストに理解がついてこない。
同時に、どうしようもなく重い空気が僕等の間に漂ったのだった。
[結衣視点]
――し、しまったぁ!!
やってしまった。
ソフトランディングのつもりが、勢い余ってオーバーランしてしまった。
いやだって、奏君があの時の事を覚えててくれた事があまりに嬉し過ぎたから――いや。この際、護摩化さずにハッキリ言おう。
……つまりはそういう事だ。
……そう、私の、性に対する欲望……今にも爆発してしまいそうな程の性欲が!全面に出てしまったわけだ。
――いや、だって仕方ないじゃん!!
奏君と一緒にいると、どうしても思っちゃうんだもん。
アンナコトや、コンナコト、奏君としてみたいなぁ……されてみたいなぁ……って……。
コレが〝性欲〟……初めて知る感情だ。
真っ昼間なのに、一緒に居るだけなのに。こんなにも性欲が湧き上がってくる私って……実はめちゃくちゃスケベだったんだって……。
これも、奏君と再会して初めて知った事。
我に返った私はとりあえず下乳を押し上げている己の手をそっと離すと「……コホン」と咳払いを挟んで、
「――ウソ!冗談! ふふふ。驚いたでしょ?」
と、いつものように余裕ある微笑みで〝佐々木結衣〟を演じる。
でも実際は余裕なんて全く無くって、ビクビクしながら奏君の反応を待つ。
「……そ、そうだよね。冗談じゃなきゃ、そんな事言わないよね……は、ははは……」
しかし、いや、やはりと言うべきか。
返ってきたのは引きに引き攣ったぎこちない笑顔。
――あ、駄目だこれ。完全に引いてる……ドン引きしてる!!
「……じゃ、じゃあ早速始めようか!私が先手で良いよね――」
とにかくまずいと思った私は咄嗟に話題を将棋の方へ切り替えると、そそくさと駒を鳴らした。
どうしようもなく湧き上がってくる羞恥心から逃げるように、私は将棋に意識を向けるのだった。
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