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第十三話 私と奏君との出会い

[結衣視点]



 今でもあの日の事は鮮明に覚えている。


 モクモクと、まるで迫り来るかのような入道雲が浮かんだ夏空の下――当時7歳だった私は両親に連れられて隣町まで買い物に来ていた。


 その日は日曜日という事もあってか、多くの買い物客で賑わっており、そのせいもあってか私はいつの間にか両親とはぐれてしまっていた。


 必死に店内を走り回り、両親の姿を探すが見つからない。


 ――まさか、もう、お家へ帰っちゃったとか?もしかしたら知らず自分は何か悪い事をしていて、そんな自分に愛想をつかせた両親は私を置き去りにして帰ってしまったのかもしれない。


 私は怒った両親が車に乗り込む姿を想像し、その後を追うように店の外へと出た。

 

 泣きながら、走りながら、乗ってきた我が家の車を探すが見当たらない。


 するとそんな時、ふと目に止まったのはバス停留所。丁度バスが止まっているところだった。


 既にパニック状態に陥っていた私は、あろう事か衝動的にそのバスに乗り込んでしまった。

 

 ――しまった!


 そう我に返った時には既に遅く、プシューという音と共に背後の扉が閉まり、そしてバスは走り出してしまった。


 当時7歳の私に、乗ったそのバスの行き先は分からない。家に近づいて行くのか、逆に離れて行くのか、それすらも分からなかった。

 出来る事は車窓の外に我が家周辺の見慣れた風景を探す事のみ。

 だが、いくら待てどその風景は訪れず――『あぁ、たぶんこれ、お家から離れて行ってる……。もしかしたら、もう二度とお家に帰れないかもしれない。』そう思い始めた頃、丁度バスが止まった停留所で私は降りる決心をした。

 尚、降りる際、私はお金を持っておらず、バスの運転手から暫く説教を受けた後にようやく解放され、泣きながらその地に降りた。


 既にもう限界だった。不安と恐怖に押し潰され、心身共に憔悴しきっていた。

 しかしそれでも現実は容赦無く、私を絶望へと追いやった。


 バスが走り去り、私の視界には見知らぬ風景が広がった。


 すぐ目の前の道路を挟んだ向こう側に古びた集合団地と、その隣りに空高く聳え立った鉄塔が建っていて、周囲に人気は無く、閑散とした雰囲気が漂っていた。

 

 もう二度と家には帰れない。

 お母さんにも、お父さんにも会えない。

 見知らぬ土地でただ一人。――この後私は一体どうなってしまうのだろう……。

 幼いながらに〝死〟すら思い浮かべた。

 

 その時に感じた恐怖ときたら、おそらく今後の人生において、後にも先にもこの時以上の恐怖を覚える事は無いと思う。


 それくらい恐かった。そして何より、心細かった。


(誰か助けて……)


 そう心の中で叫んだその時だった――


『大丈夫?』


 と、困惑したように小首を傾げ、声を掛けてくれたのは見知らぬ同年代の男の子だった。


 今会いたかった人とは違う。両親ではない。

 ましてや大人ですらない。子供だ。

 子供の彼では今の自分の窮地をどうにもできないだろうという事が、子供ながらに分かっていた。

 ただ、両親とはぐれて以降初めて優しく声を掛けられた事に少しだけ気持ちが楽になった。

 そして彼は更に続けた。


『僕がおうちまで連れて行ってあげるよ!』


 ――と。


 私は彼を頼る事にした。というか、私には彼を頼るしか無かった。縋るしか無かった。信じて託すしか無かった。

 正直、不安は消えなかったが、でも恐怖心はだいぶ柔らいでいた。


 彼の先導の元、再びバスへと乗り込むと、私は彼の隣りに座った。ひと時も離れたくない、その一心で。

 すると彼はこちらを向き、


『大丈夫。必ず僕が君の家まで送り届けるから。だから、安心して?』


 と、そう言って微笑んだ。


『……うん』


 その笑顔はとても心強く、絶望に満ちていた心にようやく希望の光が差し込んできたように思えた。

 気付けば私は彼の手を握っていた。だが、彼のその手は震えていた。

 

 ――あぁ、彼もまた恐いんだ。


 私達はまだ親の先導なくして動くにはあまりにも幼い。

 その事を改めて痛感させられた瞬間だった。同時に、私が初めて〝恋心〟というものを知った瞬間でもあった。

続きが気になる。面白いと思われましたらブックマークと⭐︎評価の方をしてもらえると幸いです。


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