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電脳都市(サイバーシティー)アガサ  作者: マーク・ランシット
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 第3ドームの外側に広がる荒涼とした廃墟。


 崩れかけたビルの一室に、レイナは警備隊の隊長を連れ込んでいた。

 ガーー、ガーーと男の胸ポケットのガイガーカウンターが警告音を立てている。


「お願いだ。早くドームの内部に戻してくれ。放射能探知機が振り切れている!」

 男は泣きそうな顔で懇願する。

「あと2時間もすれば、お前は取り返しのつかない状態になる」

 レイナは、透明の放射能防護スーツに身を包んでいた。

「死にたくなければ、リュージの居場所を教えなさい」

「何度も言ってるだろう、俺はリュージなんて人間は知らない。お願いだ、今夜の事は報告しないから、早くドームの内側に戻してくれ」


“時間がない。早くスキャンを始めなさい”

 頭の中で、石黒真由美の声がした。正直、レイナのスキャンニングの訓練は十分ではない。しかし、モタモタしていると敵の偵察部隊が遣って来る可能性があった。幾つかの地点に設置したカメラにはまだ彼らの影はない。


 コクリと頷くと、泣き叫ぶ男の頭に、レイナは防護スーツに包まれた右手をそっと触れた。途端に男は動きを止めた。目が開き、口が開いた状態で天井を見つめる。レイナは集中するように目を閉じた。男の記憶へのアプローチが始まった。


 脳神経の内部だろうか、0と1の霧に包まれたトンネルの中を、レイナの意識が物凄いスピードで進んでいく。やがてその霧が晴れると、先ほどの光景が現れた。


「うるせー犬だ」

 男の声と共に、発射される電子銃の光線。そして、首を落とされる母犬。

キャイーーーン。ドサリと倒れこむ母犬。

 フン、と鼻を鳴らす男の声。


“この、ゲス野郎が・・”

 石黒真由美の怒りに満ちた声がした。あの涼しげな顔の中の内面が垣間見えた。

 レイナはビックリして、男の頭から手を放しそうになった。

“6日前だから、早送りで巻き戻して”

 真由美の声は既に冷静になっている。


 緑の森、そして御池みいけが現れた。バリバリというローターの音。

“第3ドーム山岳地帯の御池よ。ヘリコプターに乗っているみたいね”

 青々とした緑の中に、鳥居と階段が見えた。階段の下にはライムグリーンのバイク。その傍らにヘルメットを被った少年が倒れている。

“リュージ君よ。ここで襲われたのね”


 リュージを乗せたヘリは、第1ドームではなく、第3ドームの東地区に向かっていく。やがて、海沿いの台地に灰色の原子力発電所が見えた。その近くに立つ5階建てのコントロール施設。そのヘリポートにヘリは降り立った。白衣を着た2人の男女。ヘリのローターが巻き上げる風。めくりあがる白衣を手で押さえながら大声で指示する男。警備隊員が担ぐ担架に乗せられて施設に連れ去られるリュージ。飛び立つヘリ。


“1時間ほど巻き戻してくれない。どこから指示されたのかが、知りたいの”


 レイナのスキャニング操作が未熟だったこともあって、何度も巻き戻しと早送りが繰り返された。この時点で、男の脳は限界に達していた。

 映像は直ぐに加速を始め、物凄いスピードで巻き戻される。

 男の顔がレイナの手の下で、ウワワワワーーーと振動する。

 今や人も景色も流体と化し、その形を把握することは出来ない。

 

“ここで止めて”

 真由美の声で巻き戻しがストップする。再生を指示したが映像は乱れたままで、ただザー、ザーとノイズだけが映し出された。男の揺れが納まる。眼球が大きく開き、だらしなく開いた口からはよだれが垂れている。


“ここまでの様ね”

 そう言って、真由美は帰還を指示した。


 第3ドームの閉鎖された工場の中から、レイナが男の襟を引きずって出て来た。

 先ほどの第3ドームの外の廃墟は、真由美が作り出した偽の空間だった。ガイガーカウンターの警告音も偽物だった。男を慌てさせ、余裕を削り取る手段だったが、あまり成功したとは思えなかった。

 レイナに引きずられた男の靴が濡れた土の上にわずかなわだちを作る。

 最初に男が捕らえられた場所まで来ると、レイナは男をそこに仰向けに寝かせた。

 近くには男の切断された電子銃が水たまりに沈んでいた。


“その男はまだ死んでないわ”

 立ち去ろうとするレイナに真由美の声がした。

“2台のドローンがこちらに向かっています。男が回収されれば、我々の作戦が見破られる可能性があります”


「どうしろと言うの?」

“男の頭を吹き飛ばしなさい”

「えっ」レイナは真由美の言葉が理解出来なかった。


“リュージ君を救えなければ、多大な影響が発生します”

 それでも決心がつかないレイナに、真由美の厳しい声がした。

“これは遊びじゃないの。防衛省の存亡、日本人の生存が掛かっているのよ!”

「分かった。でもどうやって?」

“男の電子銃を復元しておいたわ”

 見ると、水たまりの中の電子銃が元に戻っていた。


“あと3分でドローンが到着する・・”

 レイナは水たまりから電子銃を取り上げると、安全装置を外した。

 この男は本物の人間じゃない。ゲームの敵と一緒で、ポリゴンで作られた偽物。これまでだってゲームで数えきれないくらいの敵を撃ち殺して来たじゃない。

 レイナは自分自身にそう言い聞かせた。すると、心が定まった。


 呆けたようによだれを垂らしている男。


 レイナはその男の頭目掛けて電子銃を発射した。

 光線のエネルギーを一瞬溜め込んだ後、ボンという鈍い破裂音と共に男の頭は破裂した。その鮮血がレイナの顔と体に降りかかった。想像した以上の手応えが右手に残った。


「さすがに脳みそまでは仕込まれて無いのね」

 石黒真由美の冷徹さが乗り移つったのか、思いもかけない言葉が口を突いて出た。充実感と言ったらこの男に対して申し訳ないけれど、銃を発射し、その光線が相手の頭を破壊したという実感が右腕の中にハッキリと残っていた。自分が既に戦闘モードに入っていることを感じた。


 レイナは男の銃を水たまりに放り投げた。土を含んだ茶色い水しぶきが、レイナの靴を汚した。

 冷たい雨の所為か、それとも上官である石黒真由美のしびれる程の冷徹さの所為か、はたまた右手に残る興奮の為か、あることを試したくなった。 

 レイナは顔に飛び掛かった男の血を、人差し指の内側でそっと拭った。降りしきる雨の所為で、その血はピンク色の水に変わっている。レイナはその水をそっとなめてみた。想像した通り、何の味も匂いもしなかった。


「任務完了。帰還します」

“ドローン到着まで1分”

 石黒真由美の、降りかかる雨の様な冷たい声がした。

 レイナは工場を背にして歩き出した。5歩も歩かないうちに、その姿は暗闇の中に消えて行った。


“撤収処理”

 石黒真由美は、端末画面のお絵描きソフトのアイコンをクリックした。消しゴムを選んでマウスとキーボードを巧みに操作する。すると、レイナが引き摺って出来た男の靴の轍も、レイナの足跡も、全てが一瞬で消え去った。


 そのたった5秒後、2台の黒いドローンが工場の屋根の上に姿を現した。無線に回答しない警備隊の状況を確認する為だった。


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