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山口エンタープライズ社内。アガサの執務室。
石黒真由美の座っていた端末機の横には、高さが2メートルほどのメインフレームが2基設置されていた。黒いボディーの正面は半透明のガラス製で、基板を取り換えるために両側に開く様になっている。そのガラスを通して、基板に取り付けられたLEDランプが点滅しているのが見えた。
「これがAFSの本体です」
中村が得意げに右の手のひらでそのメインフレームを指し示した。
「と、いう事はこの中にリュージ君がいるんだ」
ゲーム好きのシオンが頷きながら、中村の顔を伺った。
「いえ、このメインフレームはAFS専用です」
石黒がピシャリと否定した。付け入るスキがない、そんな感じだった。
「でも、アガサはAFSの中に仮想都市を創造したんでしょ?」
石黒の対応に少しカチンと来たのか、シオンは口を尖らせる。
「AFSは独立したシステムです。仮想都市の住民はAFSの存在すら知りません。ただ、唯一、リュージ君だけがコンタクト出来る能力を持っています」
シオンにも、他の二人にも、石黒の話は理解できなかった。
「こちらに来て下さい」
中村が気を利かせて3人に言った。
部屋の奥に、簡易的な壁で仕切られた場所があった。ドアを開けると、AFSより小型のメインフレームが1基、その端末機器、そしてその横に、マッサージ器の様なチェアーが2台設置されていた。
「この中にリュージ君の住むアガサドームが存在しています」
中村が、高さ1メートルほどの黒色のメインフレームを指差しながら言った。
「リュージ君は、ドーム内に設置されたある場所でのみAFSと接触することが出来るのです」
「ある場所?」
シオンが首を傾げる。
「それから、これがアガサドームと接触するための装置・・」
「接触するって、もしかして僕らも仮想都市の中に入れるってこと?」
中村の説明が終わらないうちに、シオンが興奮した声で叫んだ。中村がコクリと頷く。
「この装置を使って、アガサはリュージ君とずっと生きて来たんです」
興味の沸いた3人が、その装置に近づく。装置の横に、ゴーグルの付いたヘルメットが置かれている。
「ゴーグルはゲームと同じだけど、この薄いヘルメットは何なの?」
シオンはヘルメットに顔を押し付けるように近づけた。黒い柔らかな樹脂の中にいくつも配線が埋め込まれている。そしてその先端には吸盤の様なものが付いていた。
「BMIです。脳の発するわずかな電気信号を読み取って、装置に伝えることが出来ます。つまり、頭で考えるだけで操作する事が出来るんです」
3人は口をポカンと開けて絶句した。アメリカの展示会で見たことはあった。でもこんな小さな会社で既に実用化されているとは思わなかった。
「じゃあ、ゲームパッドは必要ないわけ?」
シオンが両手を動かす格好をした。中村が、そうですと頷いた。
「後で皆さんにも操作して貰おうと思っていますが、恐らく慣れるには少し時間が掛かると思います」
「えっ、僕らも使えるの?」
3人が顔を見合わせて笑顔になった。
「3人に伝えたい事がある」
これまで黙っていた光田が口を開いた。
「3日前に、リュージ君が行方不明になってしまった」
えっ、3人は急な話について行けなかった。
「君たち3人は、明日からここで石黒君の手伝いをして貰いたい。石黒君は、君たちと同じAFU(アガサ・ファイアウォール部隊)の隊員だ」
石黒真由美が改めて3人に敬礼をした。
「AFU、3等陸佐の石黒真由美です。よろしくお願いします」
思ってもみなかった展開に、3人は慌てて直立の姿勢を取った。
「私は職務があるのでここで失礼する。石黒君、後はよろしく」
光田と一緒に、山口と中村も部屋を出て行った。
「リュージ君が行方不明って、どういうことですか?」
石黒が上司だと知って、レイナの口調が少し変わった。
「その件は、後でゆっくり説明します。今はこの装置に慣れて貰うことが最優先だから、その事に集中しましょう。練習用のデモゲームがあるので、それで試して見ましょうか?」
「じゃあ、僕から・・」
シオンが装置にしがみついた。
「もう一台あるからケントにも遣ってもらおうかな」
ケントは直ぐに装置に駆け寄った。
「レイナは2人の練習を見て学習するように」
石黒の口調は、既に上官のそれになっていた。
「これってマリオじゃん」
お馴染みのゲームがスタートした。
ゲームパッドがあれば簡単にクリア出来るハズなのに、脳で指令を出さなければならないので、2人はジャンプと口で言ったり、椅子から飛ぼうとしたりして、直ぐにゲームオーバーになってしまう。横で見ている二人は口に手を当てて笑い転げた。
3日間に及ぶ厳しい練習が続けられた。皆若いだけに、対応能力は素晴らしかった。
その中でも一番優秀な成績だったレイナが、最初にアガサドームに潜入することになった。綿密な計画が練られ、警備隊から情報を入手する作戦が実行されることになった。