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電脳都市(サイバーシティー)アガサ  作者: マーク・ランシット
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 階段を上ると、長い廊下が続いていた。

 所属する部隊は一番奥にあった。

 折角だからとの光田の配慮で、防衛省サイバー部隊の一部を見せて貰った。

 

 サイバー部隊の部屋には、パソコンと大小のディスプレイが整然と並んでいた。幾つかのディスプレイには、NiCT(情報通信研究機構)のnicter(サイバー攻撃、観測、分析、対策システム)らしきシステムの映像が映し出されている。

 世界地図のあらゆる場所から日本に向かって、まるでミサイルみたいな矢印が降り注いでいる。矢印の一つ一つがサイバー攻撃を表していた。

 別のディスプレイにはDAEDALUS(対サイバーアラートシステム)が表示され、2人の迷彩柄の制服を着た隊員たちが、ネットワーク内で警告されたIPアドレスの状況分析を行っていた。

 その隊員たちの真剣な表情を眺めながら、少女は少し居心地の悪そうな表情になった。つい先日まで自分たちは、矢印の向こう側、システムを攻撃する側に居たのだ。ただ、ターゲットは別の国だけで、日本を攻撃した事はない。


「ここだ」

 光田が、金属製のドアの前で言った。ドアにはガラスの窓は無く、白いプレートに「AFU1」と表示されていた。

「AFU?」

 少女がドアの表示を見ながら呟いた。

「アガサ・ファイアーウォール部隊の略だ」

 アガサという名前に、少年2人が怪訝そうな表情でお互いの顔を見た。

 この業界では聞き覚えの無いファイアーウォールシステムたったからだ。


 指紋認証でドアを開けると、学校の教室程度の広さの部屋に、60インチクラスのディスプレイが2台ならんでいるのが見えた。左側の一台にはドームらしい建物が映し出されている。右側の一台には何も映っていない。

 ディスプレイの前には5台のデスクがあり、さらにその後ろに5台のデスクが並んでいた。それぞれのデスクには、20インチクラスのディスプレイが2台づつ置かれている。60インチディスプレイとデスクの間には3メートルほどの空間が開けられていた。恐らくそのスペースで画面を見ながら議論するのだろう。


 作業をしていた制服姿の隊員達がこちらを振り向いて立ち上がった。女性が3名、男性が7名。恐らく20代前半から30代前半の年齢なのだろう。全員が、コンピュータ専門の知識を学んだ隊員たちだった。光田は彼らに敬礼をし、彼らもそれを返した。


「今日からこの部隊に配属された3人を紹介する。3人ともまだ16歳だが、USCYBERCOM(アメリカサイバー軍)で3年間、主にサイバー攻撃を担当していた実力者たちだ」


 自分たちより遥かに若い彼らに少し驚いた表情はしたものの、10名の隊員たちにはあらかじめ簡単な情報は知らされていたので、特にどよめきは起こらなかった。この様な部隊に配属される人間ならば、アメリカサイバー軍の情報は熟知されていた。


 光田は言わなかったが、彼らはメリーランド州のフォート・ミード陸軍基地に勤務していたわけではない。ニューヨークとロスアンゼルスの自宅で学校に通いながら、空き時間に指示された対象にハッキング攻撃を行っていたのだ。

 彼らは、世界最大のハッキングコンテストであるPwn2Ownで優秀な成績を残し、USCYBERCOM(アメリカサイバー軍)にスカウトされていた。


 ただし、日本での待遇は違っている。彼らはアメリカのサイバー軍に協力し、優秀な成果を成し遂げたことで、16歳でありながら、既に大学卒業の資格を得ていた。さらに世界中の大企業からオファーを貰っていたが、3人ともお金には興味は無かった。

 

 彼らの両親も彼らも、日本の国防の現状を深く憂いていた。海外に住んでいる日本人たちの方が、ずっとその意識は高い。光田の訴えに上官が動き、親日家のサイバー軍関係者を通じて3人を紹介された。その結果、3人は特例で自衛隊に入隊することが認められたのだ。


 日本のサイバー部隊にも優秀な人材は多い。しかしハッカー攻撃に長けた人材はほとんどいなかった。ハッカーという言葉に、多くの日本人は嫌悪感を抱く。他人に迷惑を掛けない事、他人の物を盗んじゃダメ。日本での常識は、このサイバー空間では既に死語になっていた。いや、むしろ弊害にほかならなかったのだ。

 十数年間研究した成果や、何十億円を掛けた研究が、ハイスクールに通う少年たちのキーボード操作に依って、いとも簡単に盗まれてしまう。それが現実なのだ。その対象が日本の国防ともなれば、その損失は計り知れない。日本にもその様な人材が必要になる。それが光田の確信だった。

 

 光田は3人の方を振り返った。

「こちらから、レイナ、ケント、シオンだ。ご覧のとおり、ケントはヤンキースファンで、シオンはメッツファン。彼らは第二部隊(AFU2)に配属される。任務等の詳細はメールするので、後で確認して置いてくれ。以上だ」

 簡単な紹介が終わると、10名の隊員たちは元の作業に戻った。


「沢田君。アガサのファイアーウォール・システムについて簡単に紹介して貰えるかな?」

「はい」と言って、20歳前半らしき女性がマウスを手にした。

 右側のディスプレイに白色の大型の機械が映し出された。

「これはM社と防衛省で共同開発された、小型の原子力発電装置(SMR)です」

 レイナの目が輝き、ケントとシオンが、ワオと声を上げた。


「緊急事態に対応するため、この防衛省と各自衛隊基地に既に配備されています。このAFU(アガサ・ファイアウォール部隊)の目的は、この小型原子力発電装置と、自衛隊基地の燃料及び弾薬庫等を死守することです」

 3人の表情が、これまでとガラリと変わった。やる気が出たというのではない。むしろ、不安になったのだ。日本のサイバー部隊の人数は700人弱、それに対してアメリカは10倍の7000人。そしてC国の部隊は13万人と言われている。


「具体的にAFSアガサ・ファイアウォール・システムを見せて貰えるかな?」

 光田は3人の不安を吹き飛ばそうと、現物を見せることにした。

「左のディスプレイを見て下さい」

 相変わらずドームの様な建築物が映し出されている。周りの木々、小高い丘から想像すると、直径40~50Kmの巨大なドームだった。

「これって現実のドームなの?」

 シオンが光田に聞いた。光田は、黙って聞いてなさいという様にニヤリと笑って、ディスプレイの方を顎でしゃくった。仕方なく、シオンは画面に目をやった。


 3人の顔に、こんな見せかけのシステムで、本当に小型原子力発電装置を守れるのか、という不安げな表情が浮かんでいる。基本的に、サイバー攻撃は防ぐことが出来ないというのが、この世界の常識なのだ。

 通常の対サイバーアラートシステムならば、サイバー攻撃を可視化し、いつ、どこから、どのIPアドレスに、どのようなタイプの攻撃が行われているかを動的に見せてくれる。ところが、目の前の画面には何の動きもなく、ただ淡々とドーム状の建造物を映し出しているだけだった。


「あれっ」

 ケントがそう言って画面に近づいた。

「なんか動いてない?」

 他の二人も画面に近づく。

「ホントだ。白い虫が一杯いる」

「なんか、気持ち悪い」

 レイナが、そう言って両腕を擦った。


「拡大してくれるかな」

 光田の言葉に、沢田がマウスを使って、ある部分を四角く囲った。

 右の画面に、拡大された映像が映し出される。

「これってパンダじゃん」

 ケントとシオンが同時に言った。さすがは双子の兄弟である。

 ドームの透明なガラスの上に、3匹のパンダがいた。それらのパンダの右上には、アルファベットと数字が並んでいる。

「これって、サイバー攻撃?」

 最初に気が付いたのはレイナだった。


「3匹のパンダたちの右上に表示されているのは、パケット通信時刻、送信元IPアドレス、プロトコル、送信元ポート、宛先ポート、それから送信元コード。送信元国旗はすべてC国ね」

 レイナが解説する。対サイバーアラートシステムではお馴染みの表示だ。

「C国からの攻撃。それでパンダなんだ。このソフトしゃれてるね」

 ケントは笑いながら呟いた。

「AFSを攻撃しているソフト自体を、パンダという擬態ぎたいで表現してるんだ」

 シオンが感心しながら言った。

「ここにソフトの種類が表示されてる。このパンダはマルウエアね」

 レイナが画面を指さしながら言う。


「でも、このパンダたち、さっきからちっとも動かないよ。ハーダ(攻撃者)たちは何をチンタラやってんだよ」

 ケントがハーダ(攻撃者)の側に立って、じれったそうに言った。

「もしかしたらこのAFSには、リアルタイムに表示出来る能力が無いのかも知れないわね。処理に時間がかかり過ぎてるとか?」

 レイナが光田の顔を見ながら、皮肉る様に言った。日本のシステムなんて所詮はこんなものと思っているのだろう。自分たちはサイバー部隊先進国に居たのだというおごりが垣間見えた。


 光田は何も答えず、ただ笑っていた。

「沢田君、もう少し拡大してくれるかな?」

 光田の指示に、沢田がキーボードを操作する。3匹のパンダが画面いっぱいに拡大された。


「よく見ると、このパンダたち必死にもがいているみたいだね」

 シオンは眉をひそめて画面を見つめる。 

「あっ、パンダの手足の下に透明のボンドみたいな物がくっ付いてる。こいつら動きたいけど動けないんだ!」

 ケントが画面のその部分を指でなぞる。

「見て、右上のパンダのボンドは、肩の方まで来てるよ」


 ここまで来て、光田が口を開いた。

「AFSは単なるファイアウォールじゃない。攻撃してきたソフトはすべて自動的に捕獲され、データを収集した後、破壊される」

 光田が言い終わった瞬間、右上のパンダが煙のように消え去った。


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