ドアの向こう側(1)
俺は、無言のまま目の前にあるドアを見つめている。そのドアには、一枚の張り紙が貼られており、そこには一言「休憩室」と書かれている。このドアの向こう側には、きっとゴクリ。
唾を飲み込む音が、自分の耳に響く。俺が今いるのは、この店で働く女性達が休憩や着替えをする為の部屋……つまり女子更衣室だ。俺はもう一度、部屋番号を確認する。うん……間違いない。ここは間違いなく女子更衣室だ! いやぁ~まさかこんな所に、男子禁制であるはずの女子更衣室に、入ることになるとはなぁ……。
うぅって、感慨にふけっている場合じゃないぞ。早くしないと、美春さんとハルナさんの二人が来てしまうじゃないか。そうならない為にも、俺はこうしてわざわざ女子更衣室の前までやって来たんだから。よしっ!もうこうなったらヤケクソだ!! 男なら覚悟を決めて、行くしかないだろうが!
「よしっ!」意を決した俺は、ドアノブに手をかけてゆっくりと回してみる。すると、ガチャリという音と共に扉が開いた。どうやら鍵はかかっていないようだ。……え?なんで鍵が開いてるんだよ!?普通こういうところの鍵って閉まってるものじゃねぇのかよ!?
予想外の展開に軽くパニックになっている俺だったが、すぐに落ち着きを取り戻して部屋の中に足を踏み入れる。そして、後ろ手に扉を閉めて部屋の中を見回す。……室内の広さは六畳くらいか。隅の方には掃除道具入れらしきロッカーがあり、他には長テーブルの上にお菓子の入ったかごが置かれているだけだ。
まあ、普通の部屋だよな……。でも、やっぱり誰もいないみたいだな……。室内にいるのが自分一人だと分かった瞬間、少しだけ緊張していた身体から力が抜けていくのを感じた。とりあえず、ここに来た目的を果たすとしよう。俺は掃除道具入れの前に移動すると、開けられるかどうか確認する為にドアノブに手をかけた。しかし
「あれ?」……開かない。何度か試してみたのだが、やはり開く気配はない。「うーん……何か仕掛けでもあるのかな……」不思議に思いながらも、今度はロッカーを調べてみることにした。ロッカーの前に移動した俺は、取っ手の部分を握って力を込めてみる。だが、ビクともしない。
「くそっ!何なんだよこいつは!!」思わず声を上げながら、更に力を込める。すると次の瞬間、バキッという大きな音が響いた。その音を聞いた直後、「あっ……」と思った時には時すでに遅しだった。目の前にあったロッカーの扉が外れてしまい、支えを失った中身がそのまま床に落ちてしまったのだ。
「……マジですか」あまりの出来事に呆然と立ち尽くす俺。いやいやいやいや!いくら何でもこれは不味いだろ!これじゃまるで空き巣じゃないか!! 俺は慌てて辺りを見回し、他に誰かいないかを確かめた。すると、部屋の片隅に置かれたごみ箱の中から、白い布のようなものが見えていることに気付いた。恐らくあれは、ゴミ袋だろう。
「よしっ!」それを見た俺は、咄嵯の判断で自分の上着を脱ぐと、それを丸めてロッカーの中へと放り込んだ。その後、外れた扉を元に戻し、急いで部屋を出ていく。何とか危機を乗り越えた俺は、そのまま逃げるように店を後にしたのであった。
それから数時間後。無事に家まで戻ってきた俺は、ソファーの上で横になりながらテレビを眺めていた。
結局あの後は、特に何も起こらなかったな……。美春さんとハルナさんの二人もまだ帰ってきてないし。
それにしても、まさか女子更衣室に忍び込むことになるとは思わなかったぜ。まあ、実際に中に入ったわけだけどさ……。でも、あの時は焦ったなぁ……。だって、扉を開けたらいきなりロッカーが倒れてくるんだもん。危うく怪我するところだったよ。
でも、あんなことがあって良かったこともある。それは、この世界がギャルゲーの世界だということを、改めて実感できたことだ。「ふぅ……」俺は、軽く息を吐きだす。色々あったけど、結果的にこの世界のことをよく知ることが出来たからね。
やっぱり俺は、ゲームの主人公としてこの世界に転生してきたんだよな。そして、ヒロイン達と出会い恋に落ちるんだろう。それがどんな形になるのかはまだ分からないけれど、きっとこれから先も色々な出来事が起こるはずだ。だから俺はその時に備えて、強くならないといけないんだ。
「よしっ!」俺は気合いを入れる為に、両頬をパチンッと叩く。うん、大丈夫。俺は絶対にやっていける。何故なら俺は、主人公なんだから!こうして、新たな決意を固めた俺は、しばらくの間リビングで過ごすことにした。
そうして過ごしている内に、玄関の方からガチャリという音が聞こえてきた。どうやら二人が帰ってきたようだ。「ただいま~!」元気の良い声と共に姿を現したのは、私服姿の美春さんだ。「……お帰りなさい、美春さん!」俺は笑顔を浮かべると、彼女に向かって挨拶をした。
すると、そんな俺の声が耳に入って来たのか、こちらに視線を向けた彼女は一瞬驚いたような表情を見せた後で何故か、ジト目になって睨んできた。え?何で!? どうして俺を見て、不機嫌そうな顔をしているんだよ!?ねえ、秋人君」「は、はい!?」……って、ちょっと待て。
なんで俺の名前を呼ぶだけで、そんなに怒っているみたいな声を出すの!?……なんか怖いんですけど!?私の言いたいことは分かるよね?」そう言ってニッコリと微笑む美春さん。あ、ああ……。そういうことだったのか……。つまりあれだな……。俺は、彼女の言葉の意味を理解すると同時に、顔を引きつらせる。
あぁ……そうか……。これは完全にバレてるな……。っていうか……。すいません。勝手に女子更衣室に入りました」俺は観念して正直に打ち明けることにした。すると美春さんは、大きく溜息をつく。「はぁ……。やっぱりそうだと思ったよ。……まあ、女子更衣室のドアが開いてたことは、別にいいんだけどさ。問題はそこじゃないの!」
そこまで言うと、彼女は再び鋭い眼差しを向けてくる。うっ……。やっぱり怒ってるよな……。でも、一体何を言われるのだろうか……。俺はドキドキしながら、彼女の言葉を待ち続ける。すると
「私が怒ってるのは、女子更衣室で何をしてたかってことだよ!……もしかして、女の子の匂いとか嗅いでたんじゃないでしょうね?」「ち、違いますよ!!」とんでもない誤解をしている彼女に、俺は必死に弁解する。
「本当かなぁ……」疑いの目を向けてくる美春さん。「ほ、本当に違うんですよ!信じてください!俺、ロッカーの中身を片付けてただけなんです!!」「ロッカーの中身を片付けた?……ロッカーの中に何か入ってたの
はい。ロッカーの中に入っていたごみ袋を外したら、ロッカーが倒れてきちゃって……。それで中身が全部落ちてしまったので、それを元に戻しただけなんです。
へぇぇでも、それだったら普通に声かけてくれればよかったのにいやその声をかけ辛かったといいますかん?何か言ったかな、秋人君いえ!何でもありません!
俺は慌てて首を左右に振る。言えるわけがない。ロッカーの中から白い布が出てきたなんて……。しかもそれが女性用の下着だったなんて……。流石に言えないですよ。
まあいいや!ところで、ハルナちゃんはまだ帰って来てないの?美春さんは、話題を変えるように口を開いた。はい。まだみたいですね。そっかじゃあ、もう少し待つしかないね。
はい。そういえば、今日の晩御飯は何を作る予定なんですか?今日は、カレーライスを作ろうと思ってるよ。あと、デザートにはプリンでも作ろうかなって考えてたんだ。
おお、それは美味しそうですね!ふふ、ありがとう。さてと、じゃあそろそろ着替えてこようっと」
そう呟くと、美春さんはリビングを出ていった。
それからしばらくして、美春さんが私服姿で戻ってきた。その後、三人で一緒に料理を作り始める。ちなみにメニューは、チキンカレーに、サラダ、そしてデザートとしてプリンを作った。
出来上がったカレーとプリンを食べた俺達は、リビングで食後の休憩を取っていた。それにしても、凄い量だったね。まさか秋人君が、こんなに沢山食べるとは思わなかったないやー、ははは。つい食べ過ぎてしまいました。
ふふ、お腹いっぱいになったようで良かったです。苦笑を浮かべる俺に対して、美春さんとハルナさんが笑顔を見せる。それにしても、美春さんの作ったオムレツ、とても美味しかったですよ!
うんうん。私もすっごく感動したなぁ。まさか、卵焼き一つ作るのにもあんなに手間がかかるなんて思わなかったからね!もう、大げさだなぁ……。まあ、喜んでくれたなら良かったけどね。ねえ、秋人君もそう思うよね?
そう言って同意を求めてくる美春さん。そうか。そう言えば、この世界では美春さんは料理が手という設定になっていたんだったっけ。は、はい。そう思います!
え~、何だか怪しいなぁ~。本当は、あんまり思ってなかったりしないの~?いえ、そんなことはありませんよ!え~、本当に~?……なんだかさっきから目が泳いでるように見えるんだけど~?気のせいですって!……ほら、それより早く食器を片付けましょうよ!後で洗わないといけませんからね
う~ん、しょうがないなぁ。
俺の言葉を聞いて納得してくれたのか、美春さんはしぶしぶといった様子で立ち上がった。ふう。危なかったぜ。危うくボロを出すところだった。俺は安堵の息を吐きだすと、立ち上がる。よし。それじゃあ、今のうちに女子更衣室に忍び込んでおこうかな。
俺はそう決めると、二人に気付かれないようにこっそりとリビングを出た。そうして女子更衣室までやって来た俺は、中に入ると扉を閉めて鍵をかける。さて、それじゃあさっそく確認してみようかな。
俺はロッカーの前まで移動すると、ゆっくりと開けていく。すると――やっぱりあった。そこには、ロッカーの中にあったはずの下着が綺麗に畳まれていた。どうやら、ロッカーの中に入っていたごみ袋は回収されたようだ。まあ、そりゃそうか。だって、あれはただのごみ袋だからな。……さて、これで用事は済んだことだし、そろそろ戻るとするかな。
俺はそう判断すると、女子更衣室から出ていくことにした。しかし、女子更衣室から出た瞬間――あら?どうしてここにいるのですか?突然、背後から声をかけられた。え!?俺は驚いて振り返ると――そこにいたのはメイド服を着たハルナさんだった。
あれ、ハルナさん?あの、どうかしましたか?俺が戸惑いながら尋ねると、彼女は不思議そうな表情を向けてきた。いえ、こちらこそ質問したいのですが……。どうして、男子であるあなたがこのような場所にいらっしゃるのですか?しまった!すっかり忘れてた! 俺はハッとした顔になる。
なるほど。そういうことだったんですね」俺の話を聞き終えたハルナさんは、納得したように呟く。
「すいませんでしたいえ、別に謝っていただかなくても結構ですよ
彼女はニコッと微笑む。ありがとうございます。
ふふ、礼を言う必要はないと言ったではありませんか。それにしても、まさかハルナさんに見つかるとはな。まあでも、見つかってしまったものは仕方ないか……。とりあえず、事情を説明しておくとしよう。実はその。ロッカーの中に落ちてたごみを回収しようと思ったんです。
ゴミの回収。ああ、なにやらロッカーが倒れてしまったとか仰ってましたねはい。それで中身が落ちてしまったので、それを戻していたんですよそうだったのですね。ところで話は変わるのですが、その下着を手に取って匂いを嗅いだりしていないでしょうね?
ハルナさんはジト目を向けてくる。そ、そんなことするわけないじゃないですか!というより、なんでいきなり下着のことが出てくるんですか!なんとなくです。なんとなくですか。はい。なんだろう。彼女の言葉からは有無を言わせない何かを感じる。ところで、秋人様は先程から手に持っている物をじっと見つめていますが、それは一体なんですか?
え、これですか?俺は右手に持っていた物を見下ろしながら口を開く。これはですね、美春さんのブラジャーです。ちなみに今は洗濯機の中で回っていて、さっきまでは美春さんが身に着けていました
へぇ。って、ちょっと待ってください。なんでそんなものが秋人様の手の中にあるんですか!
ハルナさんは驚いた様子で尋ねてきた。いや、それはですね……。美春さんが脱ぎ捨てたものを、偶然拾ってしまったからですよ
なっ!?俺が答えると、ハルナさんの頬がみるみると赤く染まった。ど、どうして秋人様が美春さんの下着を持っているのですか!いや、だから偶然ですよ。たまたま落ちているのを見つけただけですから本当でしょうか……。なんだか怪しいです疑わしそうに見つめてくる彼女。ほ、本当に違いますって!
まあいいでしょう。信じてあげます。ところで、今から美春さんの部屋に行くつもりなのですが、よろしかったら一緒に来ますか?えっと、いいんですか?もちろん構いませんよ。では行きましょうか
は、はい。分かりましたこうして俺は、ハルナさんと一緒に美春さんの部屋へと向かうことになった。それからしばらくして、俺は美春さんの部屋の前に立っていた。
それでは入りますねハルナさんはドアノブに手をかけると、ゆっくりと扉を開けていく。そして中に入った俺達は、美春さんの姿を探す。すると部屋の隅にあるベッドの上で眠っている美春さんを発見した。すうすう。うぅん」どうやらまだ寝ているようだ。美春さん、起きてください。朝ですよ~ハルナさんが優しく声をかけながら、ゆさゆさと体を揺する。
う~ん……。あと五分だけ~しかし、美春さんが起きる気配はない。困ったなぁそう言って苦笑を浮かべるハルナさん。う~ん。そうだ、それならするとハルナさんは、おもむろにスカートを捲り上げた。なっ!?突然のことに俺は目を大きく見開く。
ふふっ、こうすればきっと起きるはずそう言うとハルナさんは、そのまま勢いよく下着を脱いだ。すると――ぷるんっ! ハルナさんの大きな胸が、弾けるようにして露わになった。って、何やってるんですか!早く隠して下さい!俺は慌てて叫ぶ。
え?何を言っているんですか?私はただ美春さんを起こしに来ただけだというのに!そんな言い訳が通用すると思ってるんですか!?はて、どういうことでしょう?ハルナさんは不思議そうな顔をしながら首を傾げる。
はあ。もういいです。それより、起こし方を変えないと駄目みたいですね。仕方ありません。今度はこれを使いましょうかハルナさんはため息をつくと、クローゼットの中からあるものを取り出した。
それは――ピンク色をした大きな熊のぬいぐるみだった。
あ、あの。ハルナさん、それはいったい?俺が戸惑いながら尋ねると、彼女はどこか自慢げに語り始めた。この子は私のお気に入りのぬいぐるみで、名前は『クマ子』といいます。名前のとおり、この子は女の子なんですよへ、へぇふふ、可愛いでしょう?いや、全然可愛くないけどな。
それで、そのクマ子がどうかしたんですか?いえ、実は最近、この子を抱きしめていないと思いましてね。なので今日はこの子に抱き着いてもらおうと思ったんです。はあ、なるほど。それでそのぬいぐるみを使うわけですか?そういうことです。さて、それじゃあそろそろ始めようかな?
そう呟くと、ハルナさんは俺に背を向けた状態でベッドの上に座ると、両手を広げてクマ子の胴体をぎゅっと強く抱きしめた。むぎゅーっ! ハルナさんの豊満なおっぱいが押し潰される。
そんな彼女の姿を見ていると、なぜか無性にドキドキしてきた。ああ、やっぱり気持ち良い。それにすごく癒されますクマ子をぎゅっと抱きしめながら幸せそうな表情になるハルナさん。なんか、見てはいけないものを見てしまった気がするぞ。
あれ?おかしいですね。いつもはすぐに目を覚ますのですが、なかなか起きてくれませんハルナさんは困惑の面持ちで首を傾げた。どうやら美春さんの眠りが深いせいで、目を覚まさせることができないらしい。う~ん。よし、次はこれでいきましょうハルナさんは次に、美春さんの耳元へと顔を近づけていく。
美春さん、起きてください。朝ですよそして、優しい声で囁きながら、美春さんの頬をぺちぺちと軽く叩いた。う、ううん。あと五分だけ~こっちも駄目か。美春さん、起きてください。お願いします」う~ん。あと五分だけ~美春さん、起きてください
う~ん。あと五分だけ~これはちょっとやそっとでは起きそうになさそうだな。はぁ。美春さんは相変わらず寝坊助さんだなぁ
ハルナさんは困ったように微笑みながらため息をついた。……というか、いつまでこんな光景を見せられるんだろう。そんなことを考えていると、不意に美春さんの瞼が開かれた。え?美春さんはきょとんとした様子で辺りを見回す。おはようございます、美春さんお、おはよう、ハルちゃん美春さんは少し恥ずかしそうに挨拶を返した。ところで、どうして秋人くんがいるの?私が呼んだからですハルちゃんが?なんのために?
それはもちろん、美春さんを起こすためですそっかぁ。でも、それならわざわざ起こしてくれなくても良かったのに美春さんは照れたような笑みを浮かべる。ふふっ、すみません。ですが、美春さんにはもう少し早く起きてほしいものですあ、あはは。善処するよところで、美春さんはなぜ裸になっているんですか?
へ?ハルナさんの言葉を聞いて、美春さんは自分の姿を見下ろす。そして――きゃあっ!?悲鳴を上げて、慌ててシーツを体に巻き付けた。ご、誤解だよ!これには理由があってはい、分かっています。冗談ですよなんだか釈然としないな。
それからしばらくして、俺達はリビングにあるソファーに座って、朝食を食べていた。ちなみにメニューは白米と味噌汁、焼き魚といった純和風なもので、どれもとても美味しかった。
それで、今日の予定についてなのですがハルナさんが話を切り出す。今日は三人で遊園地に行こうと思います!え?遊園地ですか?……でもいいのかな?せっかくの休みなのに美春さんは申し訳なさそうに言う。するとハルナさんが、もちろん構いませんよ。それに私達が住んでいる街にも大きな遊園地があるじゃないですか。あそこに行ってみたいと思っていたんです。ですので、ぜひ行きましょう!」と笑顔で言う。
そ、そう?それじゃあ、行かせてもらおうかな。こうして俺達の初デートは、遊園地に行くことになったのだった。