第四話
「皆様、アビーお嬢様を連れてまいりました」
ディルクの低い声がした後、食堂の扉が開く。
そしてディルクに連れられて姉さんが入ってきた。
「「「「誕生日おめでとう、アビー(姉さん)」」」」
食堂にいた全員が祝いの言葉を口にする。
それを受けて姉さんは嬉しそうに、照れたように笑う。
「ありがとうみんな」
姉さんはそう言って席に着く。
それとちょうど同時くらいに、アラベラが料理を運んできてくれた。
皿に盛りつけられた料理の数々が運ばれてくる。
まさしくご馳走と言うにふさわしいそれらに、皆が期待を寄せる。
「よし、今日の主役も来たことだし、いただくとするか」
祈りを捧げ、食事を始める。
皆が料理に舌鼓を打ち、楽し気に食事をする。
「アビーも、もう七歳か。大きくなったな」
「うん。この前なんて父さんから一本取ったからね」
微笑ましい会話だ。
父さんは姉さんに時々剣の指導をしていたりする。
その指導の中で、試合形式で戦っているのだが、姉さんはこの間ようやく父さんに剣を当てれたのだ。
「いやいや、あれは油断していたからな。本気を出せばまだまだ」
「そんなことないもん。すぐに父さんはより強くなって見せるから」
あれは油断ではなく手加減してたからだと、僕は見ていたので知っているが、野暮なことは言うまい。
「ほんと、子供の成長は速いわね。クリフも気づいたらこんなに大きくなっちゃうし」
「でもまだ、夜のトイレにはついて行ってあげてるよ」
それは姉さんが無理矢理ついて来ているだけで、僕から頼んでいるわけではないが、野暮なことは言うまい。
「うん。ありがとう、姉さん」
「いいよ。お姉ちゃんだもん」
そんな僕たちのやり取りを横目に見ながら父さんが言う。
「子どもの成長は速いとは言うが、クリフは同じ三歳の中でも一際大人びてるなぁ。歩けるようになるのも、言葉を覚えるのも三人の中だと一番速かったしな」
「そうだね。この前なんて、本を一人で読んでて驚いたよ。書くのはまだできないらしいけど、練習すればすぐにできるんじゃないかな」
父さんと兄さんがそう言って褒めてくれているが、僕としてはずるしている気がして後ろめたい。
まぁ、本当のことを話しても信じないだろうし、悪いことをしてるわけじゃないので後ろめたさを感じる必要はないとは思うが......。
それに、三歳で文字を読めるというのは、早目ではあるが、天才児と呼ぶほど早いわけではないと思うので、二人は本心半分、おだて半分と言った具合だろう。
「知ってる話だったから読めたんだよ。母さんがよく読み聞かせてくれたから」
「おいおい、いっちょ前に謙遜なんかしやがって」
そう言って、父さんは僕の頭を乱暴に撫でる。
微笑ましい光景だ。
僕が第三者として見ていたなら、きっとこう思っただろう。
裕福とまでは言わないが、決して貧しくない家庭。
放任することもなければ、厳しすぎもしない両親。
ごくたまに喧嘩もするが、すぐに仲直りができる兄弟。
まさしく、理想的な家族だ。
これ以上が思いつかない。
なのに僕は、愛想笑い以外では笑えない。
「よし、ご馳走も頂いたし、プレゼントといくか」
父さんが口元をナプキンで拭いてからそう言った。
ガサツなところがある父さんも、こういう上品な所作を見れば、立派な貴族なんだと感じる。
「やったー! なんだろう!?」
両手を上げて喜ぶ姉さんは、本心から嬉しそうだ。
この世界にも、誕生日にプレゼントを贈るという文化がある。
去年までは何も贈らなくても問題なかったが、今年からは流石に何か贈ることにした。
「はい、姉さん」
「えっ! これ、クリフが描いたの?」
僕が送ったのは絵だ。
悩んだが、家の敷地より外に出られない僕は、何かを買って贈るなんてできない。
なので、自分で何かを作るしかなかった。
しかし、三歳の僕が作れる物は限られる。
手紙か迷ったが、文字を覚えきれていないので、『いつもありがとう』くらいの内容しか書くことができない。
それよりは、絵の方が喜ばれるかと思ったのだ。
紙は父さんに頼んで、一枚譲ってもらった。
譲ってもらった紙は、羊皮紙ではなくパピルス紙に近い物だった。
この世界にも羊皮紙は存在するが高価で、普段使いできるようなものではないのだ。
僕がこの間読んだ本では、カバーは羊皮紙のような物でできていて、本文はパピルス紙のような物に書かれていた。
ただ、羊皮紙程ではないものの、パピルス紙の方も高価であることには変わりない。
無駄遣いはできないので、失敗しないように丁寧に描いた。
「これ私だよね。かわいい、ありがとう!」
僕の絵の腕はプロには遠く及ばないが、高校の時の美術の成績では五段階評定で常に五をもらう程度には描ける。
ただ、あまりに子どもらしくない絵を描いてしまうと、不気味に思われるかもしれない。
なので、手抜きではないが、子どもでも描けるだろうという程度に崩して描いた。
「おぉ! なかなか上手いな」
「えぇ、アビーらしさが描かれてていいわね」
「へー。ぼくの誕生日でも描いてほしいな」
皆が口々に褒めてくれる。
「気に入ってくれたなら、良かった」
「うん。クリフありがとう」
その後の兄さんは、自身の持っている本の中から、姉さんが好きらしい英雄の物語をあげていた。
姉さんは普段本は読まないが、その英雄の話はよく読むらしい。
姉さんはまた嬉しそうに礼を言っていた。
あれだけ喜んでくれたなら、兄さんも送った甲斐があったというものだろう。
「じゃあ、最後は俺と母さんからだな」
そう言って父さんはディルクへ目配せした。
すると、しばらくしてディルクは少し小振りな剣を持ってきた。
「アビーは自分用の剣を持っていなかったからな」
「これ、わたしの!? やった!!」
姉さんは、今日一番の大声で喜んでいた。
「あぁ、少し大きめに作ってあるが、すぐに大きくなるだろう。......ほら」
父さんはそう言って、剣を姉さんに渡す。
姉さんは目を輝かせながらそれを見つめている。
思わずここで振ろうとして、父さんに止められているが、それだけ嬉しかったんだろう。
しかし、もらった剣をにこにこと見つめていた姉さんが、何かに気付いたのか、はっ、と顔を上げて父さんの方を見る。
「ねぇ、本物の剣をくれたってことは、この前頼んだ実践も!?」
「あぁ、今度連れて行ってやる。ただまぁ、初めてだから、弱めの魔物しか出ないようなとこだけだがな」
「嬉しい!! やっと、連れて行ってもらえる」
この世界には魔物と呼ばれている生き物が存在する。
と言うか、人種以外の動物の総称が魔物なのだ。
なので、魔物には様々な種類が存在する。
前の世界でもいた犬のような魔物から、物語の中でしか存在しなかった龍のような魔物まで、本当に多種多様な魔物が存在している。
姉さんは前々から、父さんに魔物がいる森まで連れて行ってくれるように頼んでいたらしく、それをようやく叶えてもらえると言ってはしゃいでいる。
そうまでして魔物に会いたいなんて、姉さんはよっぽどの魔物マニアなのかと思うかもしれないが、そういうわけではない。
姉さんが魔物のいる森まで行くのは、魔物を討伐するためだ。
そして、嬉しそうにしているのは、ようやく父さんに実力を認めてもらえたからだ。
姉さんの夢は軍人なので、そこに一歩近づいたから、というのもあるかもしれない。
僕はふと、母さんが何も言っていないのに気付く。
父さんが、父さんと母さんからと言っていたので、母さんからのプレゼントでもあるはずだ。
それなのに何も話さない母さんを不思議に思って、表情を盗み見てみると、母さんは複雑そうな顔をしていた。
喜びはしゃぐ姉さんを微笑ましそうに見てはいるが、何かを強く心配しているようにも見えた。
森へ行くのだ。
弱めの魔物しか出ないとされている所とは言え、親として心配なのは分かる。
ただ、母さんの表情から読み取る限りでは、そういった直近のことへの心配はあまり感じられない。
それよりもっと、遠くを見ている気がする。
......そうか。
母さんは、姉さんが軍人になった後を心配しているのか。
そうか。
そりゃそうだ。
英雄の物語を読みすぎたか?
こんな当たり前のことを忘れていた。
戦争では、人が死ぬ。
勝った側も、負けた側も大量に死ぬのだ。
子どもを大切にする親なら、当然心配するだろう。
そして、できれば戦争になんて参加しないで欲しいと思うだろう。
母さんは、姉さんが軍人になるのに反対なのか......。
ただ、姉さんの意思を大切にしているから、否定しないのだろう。
ただ、僕にとっては母さんの葛藤より、失念していた当たり前のことの方が重要だった。
戦争では、人が死ぬ、か......。
そうだ。
なんで、思いつかなかったんだろう。
これも、言ってしまえば遠回りな自殺には違いない。
死ぬかもしれない場所に身を置くなんて、恐ろしくって仕方がない。
でも、これだ。
これ以上の死に方はもうない。
理由ならいくらでも付けられる。
金、地位、名誉、どれでもいい。
自分が死ぬ理由を、自分への言い訳を、いくらでも思いつく。
それに、何より、あがいて、抵抗して死ねるなんて、なんて理想的なんだろう。
よし、決まりだ。
今世は、これで死のう。
時間はかかるが、仕方ない。
他の死に方に逃げて、だらだらと死に損なうよりよっぽどいい。
この世界へ生れ落ちて、早三年。
僕はようやく、自分の死に方を決定した。