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第二話

タイトルを考えるのを諦めました。

 目が覚めた。

 大きな音がしたからだ。


 外を見ると、雨が激しく降っている。

 この音だったろうか?

 もう少し大きな音だった気がする。

 そんなことを思っていると、カメラのフラッシュのような光がこの部屋を照らした。

 その数秒後に、低く響く大きな音が鳴った。

 そうだ、この音だ。

 雷の音だったのか。

 僕がそう納得した、そのとき、


「キャァーーー」


 さきの雷とは対照的な、甲高い悲鳴が部屋の中に響いた。

 僕は悲鳴がした方を見る。

 そこには両手で耳を塞いだ少女がいた。

 僕が生まれた日もそうやって耳を塞いでいた、あの少女だ。


「アビーお嬢様、クリフ様が起きてしまいますよ」


 少女の側のメイドが、人差し指を口元にあてて微笑みながらそう注意した。

 アビーというのは僕の姉であるこの少女の名前で、クリフというのが僕の名前らしい。

 ちなみに、兄である少年の名前はセシル、母の名前はエノーラ、父の名前はブレント、メイドの名前はアラベラ、執事の名前はディルクと言うらしい。

 この六人以外は、会ったことがない。

 多分、この屋敷にいるのはこれで全員なんだろう。

 最近ようやく言葉が分かるようになってきた。


「も、もう起きてるよ」


 少女は顔を赤くしながら、僕を指さしてそう言った。

 籠に入っている僕に少女は近づく。


「あら、アビーお嬢様の声で起きてしまったのでしょうか?」


 メイドが意地悪な表情を浮かべながらそう言った。

 少女をからかっているのだろう。


「違う!! 起きてた!!」


 少女が大声で否定する。


「あら、そうでしたか。気づきませんでした」


 メイドが微笑みながらそう言った。

 おそらく、信じていないだろう。

 実際には、本当に少女が叫ぶ前から起きてはいたが、それを証明できる僕はまだしゃべれない。

 言葉は分かるが、発声が上手くいかない。


「ほんとだよ。......雷びっくりしたね」


 少女は僕を持ち上げながらそう言った。

 優し気に語り掛けてくれてるが、僕の方はそれどころではない。

 少女が僕を落とさないかひやひやしてる。

 何しろ、この少女には前科がある。

 あの時は抱き方が悪かったので、母やメイドから注意を受けてもう直っているが、一度落とされた恐怖は消えない。

 しかし、抵抗して暴れると本当に落ちそうで、怖くてできない。


「クリフ様も、もうすぐ一歳の誕生日ですね」


 メイドが感慨深そうに言った。


「そうだね。おめでとうクリフ」


 少女も嬉しそうにそう言ってくれる。


 一歳か......。

 あの日から、僕の生まれたあの日から、かなりの月日が流れた。

 あの後、泣き疲れた僕はそのまま眠ってしまった。

 目覚めた後も、首も座っていなかった僕に、できることなんて泣くこと以外にはなかった。


 それからしばらくは、頻繁に泣いていた。

 世話をしてくれたメイドは、お腹がすいたわけでも、眠いわけでも、トイレをしたわけでもないのに泣き続ける僕をよく不思議がっていた。

 今思うと、申し訳ないことをした。

 赤ん坊とはいえ、泣いている声は聞いててストレスだろう。

 ましては自分の子でもないのだ。

 それでも、見捨てることなく、愛をもって接してくれた。


 申し訳なくなる。

 こんな幸せな家庭に生まれたことが。

 愛されながら育っていることが。


 恵まれているのが僕じゃなければ、もっと幸せになれただろう。

 自身も、周りも、皆。


「おえんああい」


 僕は小声でつぶやいた。

 上手くしゃべれなくても、伝わらなくても、言わずにはいられなかった。


 本当にごめんなさい。

 生まれてきて、ごめんなさい。

 幸せに思えなくて、ごめんなさい。

 死にたいと思うのを止められなくて、ごめんなさい。


「はは、クリフ照れてる」


「なんて言ってるんでしょうね?」


「ありがとうって言ってるんだよ」


 少女は嬉しそうにそう言った。

 メイドもそれを聞いて嬉しそうに笑う。


「ふふ、そうですね。......クリフ様、少し早いですが、こちらこそ生まれてきてくれてありがとうございます」


「うん、ありがと」


 あぁ......。

 くそっ、恵まれてるな。

 嗚呼、泣きたいな。

 でも、泣けないな。


 泣けるわけがない。

 泣いちゃいけない。

 ......なのに、


「へえぇぇぇぇえん」


 ......ごめんなさい。

 祝ってくれてるのに、ごめんなさい。


「あら、どうしたんでしょう?」


「やっぱり、雷が怖かったんだよね」


 少女はそう言って笑う。

 笑ってくれる。

 でも僕は、なかなか泣き止むことができなかった。

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