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第一話

 人生は地獄だ。


 他の誰かが、あるいは何かが悪かったんじゃない。

 ただ、僕だけが悪かったんだ。

 だから僕は苦しかった。


 ......生きていても良いことなんてなかった。

 家族と他人の区別なんてつかなかった。

 好きな人なんてできなかった。

 信頼できる人なんていなかった。

 人助けで幸福を感じられなかった。

 地道に努力を重ねて成功しても達成感を得られなかった。

 不出来な人を見ても優越感を抱けなかった。

 他人の不幸は蜜の味なんてしなかった。

 ......何にもなかった。


 ......生きていても嫌なことばかりだった。

 家族からの愛情に答えられなかった。

 好きになってくれた人を傷つけてしまった。

 信頼してくれた人を裏切ってしまった。

 他人からの手助けを迷惑にしか感じられなかった。

 賭け事をしても失うもののことしか考えられなかった。

 出来のいい人を見ても劣等感しか抱けなかった。

 他人の幸福を妬むことしかできなかった。

 ......耐えられなかった。


 だから、死んだ。

 ようやく、死ねた。

 勇気を振り絞って、一歩踏み出せた。


 死ぬのは怖かった。

 その上、僕は臆病だった。

 何度も、何度も失敗した。

 自殺には想像の何倍も勇気が必要だった。


 それでも、とびっきり嫌なことがあったあの日。

 屋上からの帰り道。

 いつの通りの失敗の、その先にあったのだ。

 夢にまで見たゴールがそこにあった。


 僕は少女を見た。

 真夜中の横断歩道の真ん中に、しゃがみこんだ少女を。

 そして、その少女を照らすトラックが、スピードを緩めることなく少女に近づいていくのを。

 僕は思わず駆け出した。

 正義感からじゃない。

 正直に白状するなら、僕は少女の生死はどうでもよかった。

 ただ、僕は少女を助けるためという大義が欲しかった。

 僕が死んでいい理由が欲しかった。

 そして、望み通り僕は轢かれて死んだ。


 少女には申し訳ないことをしたとは思う。

 助けはしたが、勝手に僕の自殺につき合わせたのだ。

 でも、後悔はなかった。

 ......ないはずだった。

 ついさっきまでは。


 やっと、終わったと思った。

 本当に、終わるはずだったんだ。

 死んだ先があるなんて思わなかった。


 僕は思わず泣き叫んだ。


「あぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁああああ」


 あんまりだ。

 これじゃあ、あんまりだ。


 ......これが罰なのか?

 自殺する勇気もなくて、見知らぬ少女に死ぬ理由を押し付けた罰なのか?


 大柄な男が、まだ泣き続ける僕の頭を乱暴に撫でる。

 それを見て僕を抱きかかえている女性が、嗜めるように何かを言った。

 男はバツが悪そうな表情を浮かべて肩をすくめる。

 今度は女性が僕を少し持ち上げ、揺らす。

 揺らしながら何かを言っている。

 慈愛に満ちた表情の女性から囁かれる言葉は、僕には伝わらない。

 女性もそれをわかってるだろう。

 それでも女性は僕に囁き続ける。

 しかし、僕は泣き叫ぶのを止めなかった。


 少しして、部屋の外から音がした。

 ノックだろうか。

 女性の側にいたメイドのような恰好をした女性が、扉を開けに行く。

 女性が開けるや否や、少女が飛び込んできた。

 それに続いて、少女より少し年上に見える少年、そして年をとった老人が入ってきた。

 老人は執事のような恰好をしていた。

 少女は僕を見て何か叫ぶ。

 女性は少女に僕を近づける。

 僕の泣き声がうるさかったのだろう。

 少女は耳をふさいだ。

 しかし、表情は嬉しそうに笑っている。

 少年もおずおずと近づいてくる。

 少年はそっと僕の手を握った。

 何が楽しいのだろうか?

 少年はそれまでの緊張した表情を緩め、嬉しそうに微笑む。


 女性も、男性も、少女も、少年も、メイドも、執事も、笑っていた。

 嬉しそうに微笑んでいた。

 それでも僕は泣き叫び続けた。

 いい加減疲れてきたが、それでも止めなかった。

 止められなかった。

 泣かずには、叫ばずには居られなかった。


 祝福に満ちた部屋の中で、ただ一人絶望に打ちひしがれていた。

 祝福を受ける対象が、どうしようもなく苦しんでいた。


 それでも祝福は止まない。

 この世界に生を受けた命を、皆が喜びながら迎えていた。

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