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クエスト

作者: 北 洋

男には娘がいた

娘は男のすべてだった

ある日、娘は誘拐され殺された

まだ6歳だった

犯人は捕まった

近隣に住む学生だった

男は娘の魂に復讐を誓うことはしなかった

男はただ変わった

寡黙になった

男には理解できなかった

娘がもう存在しないということが

男にとって、それは絶対にあり得ないことだった

男は来る日も来る日も娘の魂に呼びかけた

そこにいるのならどんな方法でもいい、どうか返事をしてほしいと

しかし、娘からの返事はなかった

そして、3年が過ぎた

男は依然として理解できなかった

あれほど光輝いていた命が消えて無くなることなど絶対にあり得なかった

娘の魂がどこかに存在するはずだった

娘がなぜ自分の呼びかけに応えてくれないのか

男はその理由が知りたかった

男は娘の魂を探す旅に出た


男は世界一高い山に向かった

そこは天国に一番近いはずだった

山頂から見上げる夜空は無数の銀河で埋め尽くされていた

ここなら、自分の声が天国にいる娘に届くかもしれない

男は山頂に座り娘に呼びかけた

娘からの返事はなかった


次に男は北極を目指した

時速1700kmの地球の自転が、天国にいる娘の魂との交信を妨げているのかもしれない

旅の途中、時々現れるオーロラの荘厳さに男は圧倒された

男は極点に到達すると娘に呼びかけた

やはり、娘からの返事はなかった


しばらくして、男は太平洋の真ん中にいた

娘の魂は生命の母である海に帰っているのかもしれない

夕刻の海は娘の魂と会話するのにふさわしい美しさだった

男は船の上から海に向かって娘に呼びかけた

しかし、娘からの返事はなかった

帰路、男は嵐に遭った

船は転覆し、男は救命いかだに乗り移った

いかだは何日間も海の上を漂った

男が渇きに耐えきれなくなると、夕立が降った

空腹に耐えきれなくなると、トビウオがいかだに飛び込んできた

男はやがて漁船に救助された


次に男は砂漠を目指した

ほかに行くべき場所はもう思いつかなかった

男は娘に呼びかけながら、何日も砂漠の中を歩き続けた

依然として、娘からの返事はなかった

男は倒れた

飲み水はとうに底をつき、体の芯まで疲れ切っていた

男はこのまま死んでもいいと思った

もしかしたら、娘の魂は本当にどこにも存在しないのかもしれない

だとすれば、自分が生きていることにどれほどの意味があるというのだ

男はゆっくりと目を閉じた

そして、ただ心臓が止まるのを待った

砂の熱が体の奥深くまで浸み込んでくるのを感じた

男の意識は徐々に薄れていった

すると、閉じたまぶたの向こうに金色に輝く光が見えた

そして、その中から小さな人影があらわれた

ゆっくりと近づいてくるその影は、懐かしい我が子だった

娘が迎えに来てくれたのだと男は思った

娘は男のそばまで来ると男の手を握った

そうか、一緒にあの光の中に行くんだね?

男は娘とともに光に向かって歩き出した

すると、娘は男の手を放し、再び金色の光の方へ一人で戻っていった

どうして?お父さんをあそこに連れて行ってくれるんだろう?

娘は父親の方を振り返ると、微笑みながら手を振った

待ちなさい、お父さんもお前と一緒に光の国に行くんだよ

お願いだから、置いて行かないで

しかし、娘の姿は徐々に小さくなり、やがて、金色の光の中に消えていった

気が付くと、男は砂漠に横たわったまま咽び泣いていた

泣きながら娘の名を呼び続けていた

乾き切っているはずの男の目から溢れ出た涙が砂の色を変えていった

その時、空から一粒の水滴が落ちてきて男の頬を濡らした

水滴は男の乾いた体の上にひとつまたひとつと落ちてきた

それは砂漠に降るはずのない雨だった

雨は瞬く間に豪雨となり、砂漠にいくつもの小川を作った


やがて、雨は上がり、空に大きな虹が架かった

男は体を起こし、ゆっくりと、だがしっかりと立ち上がった

そして、空を仰いで娘の名を呟くと、もと来た方角へ歩き始めた

この地方に降った20年ぶりの雨が砂漠を花畑に変えつつあった


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