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35. イザーク、思いつく


 ラウラがおかしい。


 昨日、タマラの誕生祝いをすると言って昼休みに楽しそうに出かけたと思ったら、戻ってきたときには顔色が悪く、無理をしているように見えた。


 とりあえず昨日は早めに上がらせて、今日も注意して様子を見ていたが、やはりどこかおかしい。


 体調が悪いわけではないらしい。

 だが、明るく振る舞っているように見えながら、心ここに在らずといったような、不安定な状態に見える。


 何か悩みでもあるのだろうかと思って、さりげなく問いかけてみたが、ラウラは何でもないと言う。

 とてもそうとは思えないのだが……。


(何か気晴らしになるようなことでもしてやれないだろうか──)


 そうして考えを巡らせ始めた俺は、早速いいことを思いついてしまった。


(そうだ、夜会に連れて行ってやろう)


 ラウラも、俺と一緒なら夜会に行ってみたいと言っていた。きっと喜ぶはずだ。


 それに、綺麗に着飾ったラウラと腕を組んで入場できたら、どれだけ幸せだろう。

 その光景を思い描くだけで、胸がいっぱいになる。


 ラウラの可憐さにやられて、貴族令息たちが下心を向けてくるかもしれないが、そんな有象無象は俺が睨みつけて蹴散らしてやればいい。


 夜会で注目を浴び、ラウラが俺のパートナーなのだと貴族たちに周知させよう。


 ……そう、どこぞの高慢な公女の出る幕などないのだと、知らしめてやる。



◇◇◇



「王宮の夜会……ですか?」


 午後の仕事を終えた後、イザーク様から話がしたいと言われて残っていた私は、思いがけない誘いに驚いて目を見開いた。


「ああ、前にラウラと夜会に行きたいと言っただろう? そろそろいい時期だと思ってな」


 イザーク様が紅茶の入ったティーカップに口をつける。


「ちょっと言ってみただけなのに覚えていてくださったんですね」

「当然だ。ラウラの言ったことはすべて記憶している」


 いつか叶ったらいいなと思っていただけのことを本当に叶えようとしてくれているイザーク様のお気持ちがすごく嬉しい。

 けれど、私はあることが気になって仕方なかった。


「……いつの予定なんですか?」

「今週末だから、5日後だ。急ですまないが……」

「5日後……」


 私の脳裏に、オフェリア公女の命令が蘇る。


『1週間以内に終わらせなさい』


 今日は、オフェリア公女に出会ってから3日目。

 つまり、5日後の夜会に参加しようとすれば、公女から命じられた期日を過ぎてしまう。


(あと4日以内に、イザーク様に別れを伝えなければならないのに……)


 公女から強く非難され、罵倒されたあの日から、私は自分がどうすべきなのか考えた。


 彼が私を大切にしてくれること。私も彼が大切なこと。彼には目指す地位と、成し遂げたいことがあること。私は彼に夢を叶えてほしいこと。


 いろいろなことを天秤にかけ、そして決めた。


 イザーク様に別れを告げ、彼の前から去ろうと。


 だって、私は平民……しかも奴隷として売られたこともあるような人間で、家事の腕くらいしか取り柄がない。

 イザーク様に釣り合うわけもなく、何の力にもなれない。


 私はイザーク様が大切だ。

 とてもとても、誰よりも大事な人だ。

 そんな彼に相応しい人間でありたかったけれど、どうしたって相応しくはなれないのだと分かってしまった。


 このまま私がイザーク様のそばにいることで、彼が後ろ指を指されるようなことになったら耐えられない。

 彼のお荷物になんて、なりたくない。


 そんなものになるくらいなら、身を引いたほうがずっとマシだ。


 前金の返済は本来の当事者のヴァネサに任せ、私はどこかの村でひっそりと暮らして、イザーク様が国王になるのを見守ろう。

 彼が夢を叶えて、この国を良くしてくれたら、それだけで私は嬉しい。


 イザーク様も、最初は辛い思いをさせてしまうかもしれないけれど、時が癒してくれるはずだ。

 それに仕事で忙しくなるだろうから、そのうち私のことを思い出す暇もなくなるはず。


 そうして、やがてイザーク様の隣にはオフェリア公女が寄り添うようになって、お二人でこの国を栄えさせていくのだろう。


(やっぱり、明日にでもお別れをお伝えしよう。だから、夜会も断らなくては……)


 ……そう思ったのに。


「ラウラ、どうした? やっぱり嫌になったか……?」


 イザーク様があまりにも寂しそうな顔をするから、私はきゅっと胸が締めつけられてしまった。


(ちゃんとお別れするのは決めたのだから、1日くらい約束を過ぎても大目に見てくれるわよね……)


 そうだ、夜会に参加して、それを最後の思い出にしよう。

 最後にイザーク様と楽しく過ごして、今までの御礼をお伝えしてお別れしよう。


 そう決めた私は、不安そうにこちらを見つめるイザーク様に返事をした。


「いえ、お誘いありがとうございます。私も夜会に参加したいです」


 もし夜会でオフェリア公女に会っても、きちんと説明すれば許してもらえるだろう。

 私の返事に、イザーク様が嬉しそうに破顔する。


「そうか……! 楽しみにしている」

「はい、私も楽しみです」


 今度は、上手く笑顔を作れた気がする。



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