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23. ラウラ、小悪魔に出会う


「ラウラ、今日のエスコートは俺に任せてくれ。楽しいデートにしよう」


 イザーク王子が優しく私の手に触れ、そんな恋人みたいな台詞を言い出すから、私は一気に真っ赤になってしまった。


 気の利いた返事もできず、こくこくとうなずくと、イザーク王子は流れるように私の手を取って馬車に乗せてくれる。

 そうして私がポーッとしている間に、馬車が動き出した。


「……ラウラ、観劇はしたことあるか?」


 ふいにイザーク王子に尋ねられ、ようやく我に返った私はあたふたしながら答える。


「い、いえ、観劇は初めてです……! というか、街に遊びに行くのも初めてなんです。だから今日はすごく楽しみで……」


 ──そういえば、一度、アロイス王子と街を巡ったことはあったけれど、あれは攫われて連れ回されただけで、楽しく遊んだわけではないので含めないことにする。


 私の田舎者丸出しの発言に、イザーク王子は心無しか嬉しそうに微笑んだ。


「そうか、では今回が初めてのデートなんだな」

「は、はい、そうなりますね」

「観劇が終わったら、街をいろいろ散策しよう。どこか行きたい場所はあるか? ちなみに俺のおすすめはブランカ通りの商店街だな。人気の店が色々集まっている」

「わあ、ぜひ行ってみたいです! あ、あとは有名な巨大噴水も見てみたくて……」

「分かった。ではそこにも行こう」

「ありがとうございます。楽しみです!」


 イザーク王子と観劇の後の計画を立てる。

 それだけでこんなに気持ちが弾むなんて。


 それに、私が楽しめるように気遣ってくれているのも感じる。人を騙して連れ出したアロイス王子とは大違いだ。


(こんなに優しくしてくれて、なんだか本当の恋人みたい……)


 うっかりそんなことを考えてしまい、私は慌てて手の甲をぎゅっとつねる。


(こら、頭を冷やしなさい、ラウラ……! これは魅了の思い込みの力で、イザーク王子の本当の気持ちじゃないんだから……!)


 油断すると、すぐに恋する乙女みたいに浮つく心を必死に抑える。


(……でも、私への想いが本物じゃなくても、イザーク王子が誰かを好きになったら、こんな風にお姫様みたいに扱ってくれるってことよね)


 待ち合わせのときも、緊張して10分も早く着いてしまったけれど、イザーク王子はもっと早くから待っていた。


 頑張って着飾ったのを少しぎこちなく褒めてくれたのも嬉しかった。


 馬車に乗るときも、ぼんやりしていた私がよろけそうになったのを、さりげなく支えてくれた。


 そうしたどの振る舞いにも、イザーク王子の優しさと誠実さを感じて、私の心は揺さぶられてしまうのだ。


(……だめよ。ときめくのは仕方ないとしても、期待したらいけない)


 そうだ、きっと今回が最初で最後のデートだ。

 変な期待なんてせず、思い出づくりとして楽しもう。


 私はそう自分に言い聞かせて、きゅっとドレスを握りしめた。



◇◇◇



「イザーク、ラウラちゃん!」


 劇場に着くと、待ち合わせ時間から少し遅れた様子でアロイス王子とパートナーのご令嬢が姿を現した。


「彼女はベネシュ伯爵家のディアナ嬢だよ。ディアナ嬢、こちらは僕の弟のイザークと、ラウラ・カシュナー嬢」

「はじめまして、ディアナと申します」


 アロイス王子に紹介されて、ディアナさんがお辞儀する。

 その仕草も、にっこりと微笑んだ表情も愛らしく、まさに良家のお嬢様という感じだ。アロイス王子に騙されていないか心配になる。


「ところで、ラウラ様」


 ふいにディアナさんに話しかけられて、私はびくりとしてしまった。

 

「お恥ずかしながら、カシュナー家というのは初めて聞いたのですけれど、どちらの爵位をお持ちですの?」


 こてんと首を傾げて尋ねてくる可愛らしいディアナさんに、小悪魔的な印象を抱いてしまったのはなぜだろう。


「あの、実は私は平民で……。イザーク王子の侍女として働かせてもらっているのですが、今回はその労いのようなものでご一緒させていただきました」


 正直に答えると、ディアナさんは驚いたように口もとに手を添え、大きな瞳をパチパチと瞬かせた。


「まあ、そうでしたのね……。まさかイザーク殿下のパートナーが使用人だとは思わなくて……。仰ってくだされば、わたくしの妹を連れてまいりましたのに。よろしければ、観劇が終わる頃に来るよう連絡しておきましょうか?」


 ディアナさんがイザーク王子を上目遣いで見上げながら、おずおずと提案する。


(ええと……これって、親切そうに言っているけれど、私を押しのけて自分の妹とイザーク王子をデートさせようってこと……?)


 イザーク王子は素敵だし、ディアナさんがあわよくば妹も、と考えるのもおかしいことではない。


 それに実際、私は平民で、ディアナさんの妹は伯爵令嬢。

 どちらがイザーク王子に相応しいかなんて分かりきっている。


 悔しいけど、平民の私が貴族令嬢に楯つくなんて許されるはずもない。


(観劇ができるだけでもデートの半分はできるんだし、それで我慢しなくちゃ。それに、もしかしたらディアナさんの妹が素敵な方で、イザーク王子の思い込みを解くきっかけになるかもしれないし……)


 つきつきと痛む胸を押さえて、ディアナさんに「妹さんを呼んでください」と伝えようとしたとき。

 イザーク王子が氷のように冷え切った声で言い放った。


「黙れ。連絡は不要だ。お前とも、お前の妹とも、金輪際会うことはない」


 いつもの優しいイザーク王子からは考えられないほどの冷酷な態度。


 ……いや、たしか初対面のときはこれと似たような雰囲気だった。そもそもが「冷血王子」と呼ばれるくらいだ。


「兄上、その女を二度と俺とラウラに近づけないでくれ」


 イザーク王子が苛立ったように舌打ちをしてアロイス王子に言う。


「うん、ごめんねイザーク、ラウラちゃん。……ディアナ嬢、僕は今日『特別な子』が来るからって言ったよね?」

「は、はい……」

「君のあざといところは可愛くて嫌いじゃなかったんだけどな。じゃあ、これが最後のデートだから楽しもうね」

「は、はい……」


 可哀想に、ディアナさんはぶるぶると震えながら、アロイス王子に連れられて劇場の中へと入っていった。


(それにしても、アロイス王子も今のであっさり見限るなんて、なかなかの冷血よね……。やっぱり兄弟で似てるところがあるのかしら……)


 妙な感慨にふけりながら無言で立ち尽くしていると、イザーク王子が気遣わし気に私の名前を呼んだ。


「ラウラ……嫌な思いをしただろう。すまなかった」

「いえ、イザーク王子のせいではありません。それに、私のために怒ってくれたんだって分かったので、嬉しかったです」


 そう言って笑って見せれば、イザークは安心したようにまなじりを下げた。


「今日の俺の時間は、すべてお前のものだ。観劇が終わったら、どこでも好きな場所に行こう」

「……はい、ありがとうございます」


 イザーク王子の優しい声音に、なぜか急に泣きたいような気持ちになって、私は慌ててうつむいたのだった。



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