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12. ラウラ、お仕事を始める


「イザーク王子、おはようございます!」

「……ああ、おはよう」


 翌朝、私はイザーク王子の執務室に元気よく出勤した。

 今日は専属侍女のお仕事初日。


 昨日はイザーク王子専属だなんて怖いし責任重大だしどうしようと思っていたけれど、難しい仕事は頼まないし、デニスさんが助けてくれるというので、少し安心した。


 よく考えたら忙しい王子がいちいち私の仕事なんて気にして構うわけがない。言われたとおりに粛々と仕事をすれば問題ないだろう。


 そう思い至った私は、新たな職場を得て、やる気に満ちていた。


「今日はまず、何をすればよろしいですか?」

「そうだな、隣の部屋の片付けを頼む。あちこちに本が散らばっていると思うから、本棚に戻してくれるか? それが済んだら自由にしていい」

「はい、承知しました。……あの、ところで」

「どうした?」


 お仕事に入る前に、私はスカートをつまみ上げてイザーク王子に尋ねる。


「私、これが仕事着だと言われて着てきたんですけど、本当にこんな可愛い服で大丈夫ですか?」


 侍女のお仕事だというから、てっきりメイド服みたいな黒色ドレスに白エプロンとか、もっと地味な衣装を着るのかと思ったら、タマラさんに可愛らしいレモンイエローのドレスを着せられたのだった。


 動きやすさには特に支障ないが、汚してしまうかもしれないと思うと気が引ける。


 だから一応イザーク王子に聞いてみたのだけれど、王子はそんなことかと私の心配を一蹴した。


「汚れたら洗濯メイドに洗わせるし、洗っても落ちなければ新しいものを用意するから気にするな」


 さすがは王宮。こんなに可愛いドレスも気軽な消耗品扱いとは。

 これが私の私服だったら、本当に大事な日にしか着ないだろうし、いざ着てみても絶対に汚したりしないよう、ものすごく注意してしまうと思う。


「ありがとうございます。でも、汚れが目立たないように黒とかもっと地味なドレスでも……」


 このレモンイエローのドレスも気に入っているけれど、一応謙虚にそう申し出てみる。

 でもイザーク王子には「……お前には明るい色のほうが似合うだろうから」と却下されてしまった。


(そっ、そうかな……!?)


 なんて一瞬、間に受けて浮かれてしまったが、よく考えたら仮にも王子の専属侍女。ありきたりの地味な服では沽券に関わるから、あえて見栄えのする衣装を着させている可能性が高い。


(「侍女すらこんな華やかな装いなんて、さすがイザーク王子だ!」的な評判を期待しているのかも……)


 それなら、わざわざ綺麗な格好をするのにも納得だ。

 私のお金で買うわけではないし、汚れてもいいと言うなら気にせず着てしまえばいい。


(お仕事着が可愛いとやる気も出るしね!)


 私はぐっと気合を入れて、さっそく隣の部屋の片付けを始めることにした。


 隣の部屋に続く扉を開くと、なんだかもわっとした空気がまとわりつく。


(これはしばらく換気してないわね〜。まずは窓を開けて空気を入れ替えよう)


 大きな2つの窓を開け放つと、爽やかな風が入り込んできて、澱んだ空気を外に連れ出してくれた。


「じゃあ、次は本の片付けをしないと。やだ、本当にいろんな場所に出しっぱなしにしちゃって……。ああ、こんな置き方したら本が傷んじゃうのに……」


 部屋には私しかいないので、ぶつぶつ小言を言いながら、あちこちに散らかった本を拾っては本棚に戻す。


「一応ざっくりと本の分野別に分けられてるのか。地理の本はこっちで、外国語の本はこっちと……。うーん、これはタイトルの頭文字で並び替えたほうが分かりやすいかもしれないわね」

 

 ただ本を棚に戻すだけでは納得できず、本の並び替えにまで手を出す。


 そうして、おそらく二百冊はあった本をすべて綺麗に並べ直した私だったが、今度は部屋全体にうっすらと溜まった埃が気になった。


「この部屋、ちゃんとお掃除してないのかしら?」


 それか、とんでもなく掃除が雑か。

 私だったら、自分の仕事がこんな仕上がりではプライドが許さない。


「……ラウラ嬢、本の片付けは終わりましたか?」

「あ、デニスさん」


 ちょうどいいタイミングで様子を見に来たデニスさんに、私はある物を持ってきてもらうことにした。




「ラウラ嬢、言われたものを持ってきましたが……」

「ありがとうございます。そうそう、これがあればバッチリです! では、あと1時間はこの部屋に入ってこないでくださいね」

「は、はぁ……」


 私はデニスさんを部屋から追い出すと、久しぶりの感触ににんまりと笑みを漏らした。


「ふふっ、これこれ。ハタキに(ほうき)に雑巾! これで汚部屋を綺麗にしちゃうんだから!」


 私はハタキをくるくると回して、パシッとかっこよく柄を掴む。


「よーし、ホコリは叩いて掃いて拭いて、汚部屋を綺麗にするわよ〜!」


 ハタキを片手に、飾り棚や置き時計、巨大な天然石や謎の壺など、あらゆるものに溜まった埃を丁寧に払っていく。


 床の埃やごみも箒で掃いて、気になる場所は雑巾も使って綺麗にする。


「なんだか懐かしくなってきちゃった」


 壁に掛けられた額縁の埃を拭いながら、私は魔女ヴァネサの家で小間使いとして働いていたときのことを思い出していた。


 生活はだらしないのに、妙に綺麗好きだったヴァネサ。


『あんたは魔女にはなれないよ。魔力もないしね』

『将来のために掃除でもして腕を磨きな。あたしが鍛えてやるよ』


 そんなことを言われ、小間使いとして働かされたのだった。


 初めは、どうせまたすぐに散らかるし適当にやればいいだろうと思って、雑に済ませていたのだけれど、ヴァネサは手抜きした箇所をすぐに見抜いてしまうのだ。


『ラウラ、ここ手抜きしただろ』

『……そんなことしてません』

『嘘ついたって無駄だよ。あたしは見れば分かるんだ』

『う、嘘じゃ……』

『はい、やり直し。ちゃんと綺麗になるよう、心を込めて掃除しな』

『……はぁい』


 意外に厳しいヴァネサのおかげで、私はすっかり掃除が得意になってしまった。


 そのうち、綺麗になるのが楽しくなって洗濯もするようになり、続いて料理にもハマって、いつのまにか家事が得意になったのだった。


「たしかに、磨いた腕が今役立ってるわね」


 私はくすりと笑って、腰に手を当てた。


「よし、お掃除終わり!」



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