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03 聖女とは。



「ん? 何故孵った? 何かしたのか? ロリィベネ」

「私は別に……」

「キュウ!」


 やっと動き出したノークエルティス様は、疑問でいっぱいの様子で尋ねる。

 生まれたてのミニドラゴンは、ぴったりと私の胸にくっついてきた。

 

「はぁ……ロリィベネになついてしまったか。別の朝食を取りに行ってくる」

「え?」


 バサッと羽ばたいて、また上空へ行ってしまったノークエルティス様。

 私はこの子を、どうすればいいのだろうか。

 まだ飛べないようで、翼をぎこちなく動かしながらも、私をよじ登って肩に乗る。

 大して重さが感じられない。小さいな、と思いつつ、両脇を持ち上げてみた。

 高い高いしてもらった子どものように「キュ! キュキュッ!」とご機嫌な声を上げて、手足をばたつかせる。

 尻尾も激しく左右に揺れた。

 膝の上に下ろすと、きょっとんとつぶらな瞳で見上げてくる。

 もう一度、上に持ち上げた。


「キュキュキュウ!」


 笑うように鳴いては、喜んでいるようだ。

 とりあえず、腕が疲れるまで、上げる下ろすの作業を繰り返してみた。

 上げる度に喜ぶ。赤子は皆こうなのだろうか。


「お?」


 桃色の小鹿を脇に抱えたノークエルティス様が、舞い降りて戻ってきた。


「笑った顔を初めて見た。よほど気が合うようだな。生まれたのは必然だったか」


 私を覗き込むと、次はミニドラゴンを覗いて、指先でくすぐる。

 私は笑っていたらしい。

 いつぶりだろうか。

 きっと父が死んだ日以来だろう。

 この子のおかげで、自然と笑みになれたのか。


「……ありがとう」


 そう伝えて、頭を撫でる。

 ミニドラゴンは、ただただ嬉しそうに目を閉じた。


「ロリィベネ、こやつの面倒を見てやってくれないか?」

「えっ、自分の面倒も見れないのに、それは無理ですよっ」


 ノークエルティス様は、大丈夫と笑う。


「何、難しくない。今までの生活にこやつが入り込むだけだ。ともに食べて、ともに眠る」

「……そう、ですか? でも、私が聖女になれるか、わかりませんよね?」

「きっと問題ないだろう。このなつきよう……素質は十分ある」


 聖女の件もあって、私はすぐには頷けなかった。

 断言するノークエルティス様は、私の頭を一撫でしてから、調理を始める。

 その間、前菜代わりに私とミニドラゴンは桃にかじりついていた。

 甘く溶けるような果肉と溢れんばかりの果汁。美味しい。

 ミニドラゴンも気に入ったようで、尻尾をピーンと立てつつ食べた。

 鹿肉も焼けて、食べやすいように骨をむき出しにした部分を持たせてもらって、かじりつく。

 ハーブと一緒に焼いてくれたみたいだ。香ばしい匂いがするし、甘みを強く感じた。

 これも美味しい。

 食事を終えたあとは、流石に顔を洗いたかったので、湖に案内してもらった。

 透き通った綺麗な湖は、底からキラキラと何かが反射している。

 疑問に思いつつ、ひやっと冷たい水を両手で掬って、顔を洗わせてもらった。

 ぽたぽたと零れ落ちる水が波紋を広げる水面。底を見た。

 キラキラと光る正体は、どうやらこれみたいだ。


「水晶?」


 浅瀬だったので、腕を入れて手にした。空に向かって透かせば、透明な石。磨かれたような丸み。

 水と同じく透けていて、清らかさを感じた。


「水晶石だ。綺麗ではあるが、価値はないぞ。ただ透ける綺麗な石だ」

「そうなんですか……綺麗ですね」


 私はそっと水の中に手を入れて、水晶石を元に戻す。

 濡れた手を振り払って水を飛ばしながら立ち上がって、キラキラと加工されたダイヤモンドのように煌めいた湖を見つめる。

 そばに置いたミニドラゴンも、湖を覗き込む。

 そのまま、ばしゃんっと落ちてしまったため、慌てて水から持ち上げる。


「大丈夫!?」

「キュキュキュウ!」


 慌てたのに、ミニドラゴンはまた喜んで笑った。

 大丈夫みたいだ。


「ははっ、すっかりそのミニドラゴンの保護者だな。さて、我もロリィベネの保護者になれるか試してみよう。ちょうどいい。頭から足の先まで、ここで清めろ」

「えっと……水浴びをすればいいのですか?」

「着る服は調達してくる。それから、清めた髪に我の魔力を馴染ませる。馴染めば黒髪は変わる、馴染まなければ」

「ちょっと待ってください! 髪が変わるのは困ります……」


 ミニドラゴンを下したあと、自分の髪を両手で大事に持つ。


「父と……父と同じ髪なんです……」

「そうか。父親譲りなのだな。しかし、案ずるな。変わると言っても、一部だけだ。それでも嫌か?」

「……それなら……」


 父親譲りの黒髪を残してくれるならと、おずっと頷いておく。


「でも、なんで髪に魔力を?」

「女の命とも言われている髪に馴染ませる方が、効率いいのだ」


 この世界でも、髪は女の命だと言われているのか。


「獣精霊ノークエルティス様の魔力を……私に与えるということですか? それで、聖女になれるのですか?」

「厳密に言うと、聖女となるのは、瘴気を消し去った時だ。神聖なことを成し遂げた者こそ、聖女を名乗る資格を得るのだぞ。我の魔力を与えることで、力を得る。そして、成し遂げて聖女となる」


 精霊の魔力を与える。それはきっと少し補うというレベルではないのだろう。

 相当の覚悟がいると思った。


「……ノークエルティス様は、弱るのではないのですか?」

「いや、一時的だ。魔力は回復する。その間、守ってくれるものを呼んでおいた」


 すでに、手は回したようだ。

 ノークエルティス様は、準備を終わらせた。

 あとは、私の覚悟だ。


「確認なのですが……ノークエルティス様は、私に森を侵食する瘴気を消し去る聖女になってほしいのですよね?」

「そうだ。そしてロリィベネは、保護者を必要としているからこの我がなってやろう。どの種族よりも偉いからな、便利だと思うぞ」


 どの種族よりも偉い。それはそうだ。

 精霊は神と同等の存在。地上にいる神様のような存在だろう。

 別にそこまで偉大な保護者が必要ではないのだけれど、他に当てもない。


「そう悩むな。魔力を馴染ませながら、考えればいい」

「そう、ですか……そうですね。先ずはノークエルティス様の魔力が馴染まないと始まらないのですよね。では水浴びをさせていただきます」

「おう。タオルはここに置いておくからな」


 ぽんっと宙からタオルを取り出すと、ノークエルティス様は草の上に置いた。

 それから間もなく、飛び去る。

 私は、すぐにブーツとドレスを脱ぐことにした。頭からすぽんっと脱いだあと、下着と一緒に置いて、水の中に足を入れる。

 ひんやりとした冷たさに身震いしてしまったけれど、清めるならこれくらい必要だろう。

 ゆっくりしていたら、ノークエルティス様が戻ってきてしまうかもしれない。

 子どもの身体とはいえ、異性に裸を見られるのは恥ずかさを覚える。

 身体が驚かない程度に、奥へと進みながら沈む。丸い水晶石が、足の裏を刺激する。

 肩まで沈んだら、思い切って潜ってみた。

 ぶくぶくっと、空気の音が、耳に届く。

 目を開けば、水の中が見えた。

 あまりにも鮮明に見えるものだから、驚いてしまう。

 敷き詰められたような水晶石に、上の方から木の葉の緑が揺らめく、透明な水の中。

 すいーっと小さな青い魚の群れが、横切っていく。


「キュイ!!」


 くぐもっているけれど、ミニドラゴンの声がした。


「ぷはっ!」


 水から出てみれば、ミニドラゴンが慌てた様子で右往左往している。

 でも水には飛び込まず、淵でうとちょろしていた。

 私の心配だろうか。

 大丈夫、と込めて手を振り、笑いかける。

 それでも、なんだか泣いているように声を上げるから、仕方なくそばまで戻り、一緒に水浴びをした。

 一緒に水浴びをしたかったようで、コロッと機嫌を直してくれる。


「キュキュキュウ!」


 腕を上下に振って、水飛沫を上げるミニドラゴン。


「……ここは本当に綺麗な場所だね」


 ミニドラゴンに、私はそっと声をかけた。

 ミニドラゴンを両手に持って、水の中で裸になって、森を見上げる。

 圧巻であり、壮大な森。緑系の色を全て使って描いたような木の葉が揺れている。

 鈴の音のような葉がこすれ合う音がして、どこかで鳥が鳴いていた。

 すぅっと息を吸い込んだ。

 とても清らかな森と水の匂いがする空気を、肺一杯に吸い込み、そして。

 ミニドラゴンを頭に乗せて、もう一度潜った。


 存分に水を浴びた私は、ノークエルティス様が置いていってくれたタオルを取り、身体に巻き付けて湖から出る。

 長い髪は絞って、水をぽたぽたっと落とす。

 ミニドラゴンは、不思議そうに私を見上げた。びしょ濡れのまま。


「こうするんだよ」


 私はぶるぶるっと頭を左右に揺らした。


「キュウ?」

「ぶるぶるってして」

「キュウ? キュルキュル!」


 ミニドラゴンの頭を両手で包み、揺さぶる。

 そうすれば私の意図を理解してくれたのか、ぶるぶるっと頭を揺らして張り付いた水を飛ばした。

 要領がわかったのか、身体もぶるぶるっと震わせて、水を飛ばしたものだから、私は自分の顔をタオルの隅で拭う。


「ん? 待たせてしまったか?」


 そこでノークエルティス様が、戻ってきてくれた。


「ほら、着替えだ」


 差し出すのは、白い絹のようなワンピースや下着だ。

 これ……ノークエルティス様が、街で買ってきたのだろうか。


「妖精に作らせた」

「え? 妖精が作ってくれたのですか?」

「ああ、上手いだろう? 昨日頼んでおいた。紹介したいのは山々だが、瘴気の影響で皆怯えて憔悴している」


 妖精が作ってくれたなんて、神秘的なワンピースだ。

 きめ細やかなラメの輝きがしている。美しい。


「では、いつもはここも賑やかなんですか? 妖精とかで」


 ノークエルティス様は、背を向けた。

 どうやら、見ないから着替えろ、という意味みたい。

 私はすぐに下着を履いて、タオルを巻いたままワンピースを頭から着て、そして下からタオルを取り出す。


「ああ、ここは皆の水浴び場だからな」

「……深刻なんですね。瘴気の侵食。私は消し去れるでしょうか?」

「我の力が馴染めば簡単だ!」


 ノークエルティス様は、どっと笑い退ける。

 タオルで髪を包みながら、そんなノークエルティス様の前に出た。


「ノークエルティス様では、消し去れないのですか?」

「聖女ではなくてはいけないのだ……お。濡れたままでいいぞ。そのまま、魔力を込めてやろう」


 ブーツを持ったまま裸足で少し移動をして、手頃な木の下に移動をする。

 ノークエルティス様がそこに腰を下ろすと、目の前に座るように、地面をぽんぽんと叩いた。

 髪に魔力を込めると言っていたので、私はノークエルティス様に背を向ける形でその場に座る。

 歩いてついてきたミニドラゴンは、私の膝の上によじ登るように乗った。


「では、始めるぞ」

「はい。お願いいたします」

「うむ」


 ノークエルティス様が、私のまだ湿った髪を持ち上げる。

 スルスルと指を通しながら撫でられているのを感じた。


「あ……ちょっと熱を感じますね」


 どんなものか、想像も出来なかったが、熱を感じた。

 これはノークエルティス様の魔力が注がれている証拠なのだろうか。


「うむ、上々だな。もう少しかかるぞ。その間、聖女と瘴気について教えてやろう」


 まだ始まったばかりか。


「先程、聖女は神聖な何かを成し遂げた者の称号だと言っただろう?」

「はい。絵本などで、聖女は悪い空気を払うことの出来る者だとは知っていましたが……瘴気とは悪い空気のことですよね?」

「まぁそうだな、簡単に言えばな。生き物や植物にとっては、毒であり、病だ。原因は不明だが、あちらこちらで発生する。大抵のものは放っておけば消えてなくなるのだが、稀に膨れ上がり広がっていき大きくなるのだ。森を蝕み、草花を枯らし、人も妖精も動物も病気にさせる。昔から精霊は自分の領地を瘴気の侵害から守るため、聖女となる少女に力を分け与えて、瘴気を取り去ってもらってきたのだ」


 伝わる熱が増してきたように思える。

 けれど、じんわりと広がる心地よさなので、そのまま受け入れた。


「聖女に選ばれるのは必ずしも人間の少女だった。他の種族に比べて、与える魔力が馴染みやすいのだ。精霊の手助けをした聖女は、同族の人間にも他種族にも崇められる存在となる。精霊を助けただけではなく、他にも戦を止めたり、豊作をもたらしてきた聖女もいるのだ。ああ、だが、ロリィベネは別に他のことをする必要はないぞ。過去の聖女達のように更なる偉業を成し遂げなくてもよい。この森の瘴気を取り払ってくれたなら、我が保護者となって問題ごとから遠ざけてやるから、安心して生きるがいい」


 崇められる存在、なんて聞いて強張ってしまったからなのか、安心するようにと言ってくれるノークエルティス様。


「おっ。色が変わってきたぞ。……なんと!」


 変わってきた。私の髪に変化がきたみたいだ。

 ノークエルティス様の驚き声に振り返りたかったけれど、まだ撫で続けているので、それはやめておいた。


「ほうほう……これはなんとも情熱的な色だ……」

「えっと……何色ですか?」


 情熱的な色とは、赤のことだろうか。

 黒髪から赤毛になった?

 母が赤毛だったからだろうか。


「ほれ、見てみろ。美しいぞ」


 ノークエルティス様は、ひと房、私の目の前に持ってきた。

 それは、ルビーレッドの輝きをしていたもの。

 灼熱の赤い炎のように揺らめき、煌めき、輝いている。

 透かして見れば、向こう側が見えそうなほどの透明感がある真っ赤。

 見惚れたけれど、私はすぐに全ての髪をかき集めて、確認をした。

 黒髪もある。本当に一部だけらしい。黒髪からルビーレッドの色になったのは。


「うむ、魔力が馴染んだな。これで聖女の力は手に入ったぞ」


 頭をぐりぐりっと撫でてきたノークエルティス様を振り返ると、嬉しそうに笑っていた。




 

20210723

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