第89話 法律案と種族間の格差
アーカル大陸はヴェード基地より、バルゾラ大陸の魔王軍本部基地まで、『ゲート』魔法陣を介して大量の書類が送られてきた。いったい何の書類かと言うと、アーカル大陸に公布される予定の法律案である。案とは言う物の、非常に良くできており、手直しするべき個所は数か所しか無かった。
「流石だね、ローマン中佐相当官。うーん、だけどなあ……。あ、いや、大丈夫か」
「どうしたの? 魔王様」
「ああ、アオイ。いや、この法律案。量があまりにも莫大だからさ。ちょっと、不安になったんだよね。これだけの法を一気に公布したら、民や官僚組織が付いてこられるだろうか、ってさ。
だけど、流石だよローマン。解決策も別紙で提案してきてる」
そう、その解決策が法律の分類と、それによって施行時期を分けることだ。法律案は特に重要な第1類と、その他の第2類に大きく分けられている。いや、第2類が重要でないわけではないのだが。まあその辺は言葉の綾と言う物だ。
簡単に言えば、第1類には『殺すな』とか『盗むな』とか『傷つけるな』とか、何処かで聞いた様な基本中の基本の法が含まれている。総数もそう多くは無い。第2類には社会福祉に関する法律とか、電波法とか、道路交通法に相当する法律などが含まれる。こちらの総数は莫大だ。
まずは真っ先に第1類の法律を施行し、その後順次、時間をかけて第2類の各種法律を敷いて行くことになる。まあ第2類の中でも更に分類がなされており、先ほどの道交法に類する法律などはかなり優先して必要な物とされている。まあ、アーカル大陸には軍用の輸送トラックなどがドカドカ走り回ってるからなあ。
「なるほど、バルゾラ大陸で施行した法律を参考に、魔物と人類種族が共に生きていく上で、不合理な点とかを解消した構成になってるのか。苦労のあとが偲ばれるなあ」
「法の運用にも柔軟性が持てる様になってますね。実際の法律の適用に関しては、施行規則、細則で調整が効く様になってます」
ザウエルが、わたしの言葉に応えて言う。いつも通りの本部基地司令室で、わたしはアオイ、ミズホ、6名の文官たちと共に、アーカル大陸へ敷く法律についての検討を行っていた。今触れた通り、今日はザウエルも一緒にいる。
アオイが第2類の法律概要を大まかに纏めた書類を手に、口を開く。
「でも、交通法規はもっと早目に施行した方が良く無い?」
「んー。第2類の中でも比較的優先されてるけれど、もっと優先度上げよう。第2類中で、一番最初にさせようか。あと、交通ルールのテキストを漫画入りで製作して、街や村の役場を介して配布しよう」
そう、漫画である。この世界において初の漫画は、政府広報だ。次が武器などのマニュアルである。教育は浸透してきているが、大犬妖とかの様に難しい用語が理解困難な種族もまた存在する。そこで役に立ったのが、絵で理解させることができる漫画なのだ。
実の話、最初に政府広報に簡単な漫画を描いたのは、このわたしである。だがわたし自身は非常に忙しく、自分で描いたのはその1つだけだ。出来もそれほど良くはない。わたしはプロの漫画家では無いのだ。無いのだが……。大反響だった。
なんと言うか、『絵で解る』と言うのが画期的だったらしい。単なる挿絵とはまた違う、絵による説得力は、読んだ者の心を打った様だ。登場人物の喋ったフキダシの中の文字を、平易な物を選んで使ったのも良かったのかも知れない。
ちなみにその後は、魔族の画家、絵の経験のある土妖精族、人間族などを登用して、漫画を描かせている。ただその全てが広報用、あるいは武器の扱いや自動車運転などのハウツー物である。劇画、いわゆるストーリー漫画を描こうと言う者は、未だ現れてはいない。
余裕ができたら、民話や伝承を題材にした漫画でも描かせてみようか。あとは魔物と人類種族が協調して事にあたる話なんか、いいかも知れない。国民の啓蒙には良いだろう。
……あ!南極探検の話なんかは良いかも知れない!南極点踏破は、魔物と人類種族の協調の成果だと、政府でも喧伝してるからな。
「テレビの娯楽番組として、アニメーションを流せるのは、いつになるかな」
「話が飛んでる」
「ああ、いや。漫画の話から、発想がそっちに飛んだんだよ。娯楽としての漫画はまだ無いなあって思って、そこからね。単に娯楽としてだけじゃなく、国民の啓蒙の手段としてもアニメ映像は使えると思うし」
夢見るかの様な口調で言ったわたしに、アオイとミズホがダメ出しをする。
「アニメは作るのが大変」
「そうですよー。仮にフルアニメ作るとしたら、1秒24コマの動画を描かないといけないですし」
「うん、分かってる……。だけど代わりに、実写映像じゃ困難な表現もできるからね」
わたし、アオイ、ミズホがアニメーションの話をしていると、ザウエルが突っ込みを入れて来る。
「国民の啓蒙のためには、あにめえしょん?じゃあ無いですけれど、テレビで劇を、ラジオで小説を流す予定になってるでしょうに。今できることで、とりあえずは満足しててくださいよ」
「ああ、うん。ただ啓蒙内容については、ちょっとだけ付け加えておく必要があるね。今はわたしおよび国家への忠誠を謳う内容がほとんどだけど、それだけじゃなしに魔物と人類種族の関係も含めた、各種族間の協調を図る内容も増やす様にしたいんだよ」
「ああ、それは大切ですね。ただ、差別と言うわけでは無いのですが……。各種族間には能力の格差が、厳然として存在します。魔族と巨鬼族の関係、人間族と森妖精族と土妖精族の関係などの様に、総合的な能力がほぼ等しい場合は、それらを平等に扱うのに問題は無いのですが……。
これが例えば魔族と人間族となると、明らかに魔族の方が能力的に上となります。これで平等に扱うのは、逆に不公平感を魔族に与えてしまいますよ。親衛隊長殿や親衛隊副長殿などの様な、例外中の例外は別枠としてです」
腕組みをして首を傾げるザウエルに、アオイが頷いて言った。
「うん、大丈夫。大魔導師殿、魔王様は平等に扱えなんて言ってないから。あくまで大事にするのは協調。ただ、充分な才覚を示した人材はその一代に限りで良いから、上位の種族と同格に扱う様にする仕組みは欲しいと思う」
「台詞を取られてしまったけど、アオイが言った通りだよ、ザウエル。まあ、下の者も上を目指せる余地を残さないとね。あと上の者が下の者を虐げるのは、きつく戒めるべきだろう……。
と言うか、ローマンが作った法案も、それを考慮してる部分がある。ちょっとばかり不充分な点はあるけどさ。完全にではないけれど、無理に種族間を平等にしようとしてる雰囲気が若干あるよ。そこさえ指摘してやれば、修正してくるだろうね」
「ああ、その辺はちゃんとお分かりだったんですね。失礼しました。後は僕からはもう何もありません。安心しました」
まあ、それはそうだろう。種族ごとの平均的能力にこれだけ大差があれば、無理に平等にしたら破綻するのが目に見えてる。まあ魔族と人間族であれば、才能と努力でなんとかひっくり返せなくも無いが、それでも才能か努力のどちらかが欠ければ無理だ。基本性能にそれだけの差がある。
ちなみに、ひっくり返すどころか周回遅れにして置き去りにしているアオイやミズホは、正直物凄いと思う。いくら勇者召喚魔法陣による強化があったとしても、だ。まあ、彼女たちも努力に努力を重ねているしな。いつもわたしの傍らに侍っている印象があるが、彼女たちはちゃんと訓練時間を捻り出して、鍛錬を欠かしていない。
彼女らには総合力で若干及ばないものの、魔法関係の力量であれば超えている、ザウエルもまた凄い。まあ魔族の中でも天才と言われるだけの才能を、徹底的な努力で磨き上げているのだ。それだけの努力の成果だから、凄いのは当然かも知れない。
まあザウエルは、自分が天才だと言う事をちゃんと理解し、認識している。そのため、他人が上手くできなくとも、理不尽に責めたりはしない。たまに努力型の天才には、他人が何故できないのかが理解できなかったり、できないのは努力が足りないからだと頭から決めつけたりする傾向がある。そう言うところが無いのは、彼の部下にとっては良いことだろう。
まあ、それはともかくとして、目の前には未だ巨大な書類の山が鎮座している。なんとかしてこの山を片付けてしまわねば、仕事は終わらない。一応大まかなところは検証を終わらせているから、後は細かい部分を詰めていくだけだ。
わたし、アオイ、ミズホ、ザウエル、6名の文官たちは、活発な議論を重ねながら仕事を片付けていった。
実は魔王様、この世界の漫画家第一号でもありました。政府広報、魔王軍はきちんと出版してます。ちなみに魔王様の漫画が載った号は、みんなボロボロになるまで読んで、今では綺麗なまま残っているのは貴重品ですね。当然、魔物たちの間では高値がついてますが、誰も手放そうとしません。




