第88話 精進の日々
そう言えば先日、バルゾラ大陸とアーカル大陸の間に、初期型の海底ケーブルが敷設された。軍用の輸送艦の艦体を用いた海底ケーブル敷設船を建造したことで、容易とまではいかないが困難と言うほどの事も無く、きっちりとケーブルが敷設されたのである。
これにより、バルゾラ大陸とアーカル大陸の間で、電話や電報が使える様になった。まあ電話料金や電報料金の値段は、相応に高いのだが。あと、バルゾラ大陸で放送したラジオ番組が、電波障害関係なしにクリアな音声でアーカル大陸へ届けられる様になったのも、良いことだろう。
そんなこんなで東中央洋における一大海戦の戦勝演説を、白黒テレビとラジオでバルゾラ大陸とアーカル大陸へ放送した。以前は『グレート・スピーチ』の魔法で演説してたもんだが、最近はテレビとラジオが主体になってる。いや、バルゾラ大陸では『グレート・スピーチ』も使うけど、映像や音声を保存しておいて再放送できるテレビ、ラジオは便利だね。
そして演説後に時間が取れたので、私は開放感に包まれつつ新たな魔道具の実験に取り掛かっていた。何故開放感かと言うと、演説中着ていた礼装姿が窮屈だったからなんだよ。まあ、皆が一生懸命考えてくれた礼装である。あまり悪く言うのも何だね。この辺にしよう。見た目が質実剛健で、ほんとに良かった……。
それで、今実験している新しい魔道具のことなんだが。どんな魔道具かと言うと、これは魔竜たちに着せる強化服である。今現在は飛行機の能力は魔竜に及ばない。だがその内に飛行機は音速を超えて飛翔し、とんでもない威力の爆弾やミサイルを抱えて飛べる様になる。そうなっては、魔竜たちの立場が無い。
それ故に、魔竜たちの能力を拡張する強化服を、私は考案したのである。魔竜たちが空を飛べるのは、その翼に宿った魔力によるものだ。だから魔力増幅の仕組みを組み込んだ強化服を着せてやれば、飛行能力は勝手に向上する。
今回の試作品は、単純に飛行能力の強化を行うためだけの物だ。だがそのうちに、機関砲や爆弾を搭載するためのパイロン、ハードポイントなどを付けることも考えている。更に緊急加速用の使い捨てロケットブースターなども装備すれば……。夢が広がるなあ。
さて今回の実験台、もとい試験飛行士は、魔竜将オルトラムゥの側近の中でも飛行能力が優秀だと言われている魔竜軍団少佐、魔竜ツァウトロムルである。私は、身体の彼方此方に装甲板を取り付けて演習場に佇む彼に、おもむろに話しかける。
「ツァウトロムル少佐、貴官の飛行能力はこの装備により、圧倒的なまでに強化される。加速魔法を使った際などに、音速の壁により様々な問題が出ることは理解していると思うが、この装備を使用すると加速魔法なしでその域に達することが理論上可能だ。」
「はっ!」
「音速近辺では、飛行姿勢などに充分注意を払う様に。それでは試験開始してくれたまえ。」
「了解であります、魔王様!」
ツァウトロムル少佐はひと羽ばたきすると、宙に浮きあがった。彼は一瞬バランスを崩す。一緒に見学しているオルトラムゥが、唸り声を上げる。
「むむむ、奴が飛行バランスを崩すのは、小童だった頃以来だぞ。魔王様、あの装備は本当に使えるのか?」
「それを試すんだよ。出て来た問題点をひとつひとつ解決して、完成品に仕上げるのが本来のやり方なのさ。」
「魔王様が創ってた科学品が完璧だったのは、魔王様が召喚される前にいた世界の製品の複製品だから。今回のは、この世界の生き物である魔竜に合わせた、完全新作だもの。」
アオイが私の説明を補足してくれる。ツァウトロムル少佐はしばらくその辺を恐る恐る飛び回っていたが、やがて本題の実験に取り掛かった。まずは直線で加速し、次に急速静止、そして再度加速すると急旋回を幾度も繰り返す。流石オルトラムゥの側近だけある。もうある程度慣れた様だ。
ツァウトロムル少佐は、幾つもの試験項目をこなした後で、最後の試験項目に入る。それは加速魔法を使わない超音速域飛行である。彼は衝撃波が地上に被害をもたらさない様に、高高度まで上昇する。私は念話を彼に繋いだ。
『ツァウトロムル少佐、聞こえるかね?』
『はっ、魔王様!これより超音速域における飛行試験に入ります!』
『危険だと思ったら、すぐに加速魔法を使用すると同時に、装備を排除すること。いいな?』
『はっ!了解であります!では最終試験、開始いたします!』
そしてツァウトロムル少佐は、超音速での飛行を開始した。魔竜の飛行は一見羽ばたき飛行に見えるが、その実魔力による飛行である。それ故音速を超えることが可能なのだ。だが次の瞬間、泡を食った彼の叫びが脳裏に響いた。
『うわあっ!!か、加速魔法行使、強化服排除します!』
『ツァウトロムル少佐、無事か!?少佐、返事をしろ!』
『……こ、こちらツァウトロムル少佐。実験失敗です、申し訳ありません。これより帰投します……。』
落ち込んだ様子の、ツァウトロムル少佐の声が聞こえる。やがて空の彼方から、彼の姿がこちらに飛んでくるのが見えた。彼は演習場の端に着陸すると、よたよたとこちらへ歩いて来る。
「申し訳ありません、魔王様。音速域に達したとたん、装備の一部が衝撃波で剥離いたしました。」
「む……。いや、それは貴官の責任ではない。素材に強度的な問題があったようだ。だから気にすることは無い。それよりも貴官が無事で、その上改良すべき点が見つかった事を喜ぶべきだ。
他に改良すべき点は無いかな?遠慮せずに言いたまえ。と言うか、下手に遠慮されて製品版の完成度が下がっては困るのだ。」
「は……。では……。まずは最初に宙に浮きあがった際に、魔力が上がり過ぎたためにバランスを崩しました。慣れればあまり問題なく飛べますが、それでも制御に多少苦労いたしました。出力調整できれば良いのですが。
それと……。」
ツァウトロムル少佐の報告は、微に入り細を穿つまで詳細だった。アオイとミズホが、それを記録に取って行く。私は彼の報告を頷きつつ聞き、問題点の解決策を考える。オルトラムゥは、首を傾げてその様子を眺めていた。
私はツァウトロムル少佐に感謝の言葉を伝える。
「ツァウトロムル少佐、今日は本当に助かった。きっと将来、この装備が完成を見た暁には、魔竜はその力を更に伸ばすであろう。」
「は!自分もこの装備の将来性は、肌で感じております!再度の試験の折には、ふたたび自分をご指名くだされば幸いです!」
「……ほんとに大丈夫か?いや、ツァウトロムルがこれだけ言っているからには、そうなんだろうが……。正直不安が残るな。」
オルトラムゥは最後まで疑問顔だった。だが有意義な時間であったことは間違いない。オルトラムゥも実際の製品版を使ってみれば、きっとその凄さを理解してくれるだろ。たぶん。
これまでは魔王様が、完成品の設計を持ち込んでいました。ですが本来、製品開発と言うのは幾度ものトライ&エラーなのです。まあ、この世界においても製品の設計ではなく、生産技術の向上という面で、トライ&エラーは幾度もあったんですけど。




