第86話 テレビを観つつ
その日わたしは司令室で、一仕事終わった解放感で大きく息を吐いていた。
「はぁ~……。やれやれ、ようやっとの事でアーカル大陸駐留軍の兵員入れ替えが完了したね」
「おつかれさま、魔王様」
「おつかれさまです!」
「「「「「「おつかれさまです! 魔王様!」」」」」」
アオイとミズホ、そして文官たちの労いの言葉に、わたしは大きく頷く。バルゾラ大陸へ戻って来た魔竜たちは休暇を得て、早速故郷であるカルトゥン山脈へと飛んでいったし、魔獣たちは同じく貰った休暇を使い、自分の部族の元へ土産物と土産話を引っ提げて帰って行った。犬妖や大犬妖もそれらに倣い、自分たちの街や村などへ一時帰郷したし。
「だけどなあ……。ガウルグルクは、未だこっちに……バルゾラ大陸に戻って来られないんだよなあ」
「ローマン中佐相当官が、きっちり功績を上げて総督の後任になるまでの我慢」
そう、ロード種吸血鬼であるローマン・ギルマーティン中佐相当官が、なんとか功績を上げてくれるまでの辛抱だ。能力的にはかなり優秀な部類に入り、忠誠心も確かだと言う、これ以上無い人材なのだが……。なにぶん、功績や実績が無い。
功績はともかく、何で実績が無いのかと言うと……。遠縁にあたるロード種吸血鬼、吸血姫ユージェニー・ダンヴァースによれば、ローマンは時々滅ぼされて灰と化しており、それに血を注がれて復活するまで、封印されて過ごして来た時間が結構長かったらしい。
そのためローマンは、ユージェニーとさほど変わらない年代の生まれであるにも関わらず、滅びていた期間を除いた実年齢はけっこう若いのだ。必然的に、その吸血鬼としての実力もユージェニーとは比較にならないほど劣る。前回復活したのも鉄之丞が怨霊として活動を始めたのと、そう変わりない時期だった。
そんなわけで彼は、先代魔王の時代においても魔王軍に参加しておらず、現在の魔王軍で功績が無いのは当然として、それまでの実績も無いに等しいのだった。まあそれでも、ロード種吸血鬼の端くれではあるのだが。
そのローマンだが、充分な成果を上げたならばその功績を持って、アーカル大陸総督に就任してもらう予定になっている。まだ本人はその事を知らないんだけどね。それが成ってから現責任者のガウルグルクは、バルゾラ大陸へ帰還する予定なのだ。逆に言えば、それがなんとかなるまでは、ガウルグルクは帰って来れないのだ。
「ええっと、アレはどこだっけな」
「これでしょ?」
「ありがとうアオイ」
わたしは、アオイが手渡してくれた、ローマン中佐相当官の最新の報告書を読んだ。ローマンが今現在手掛けている仕事は、アーカル大陸における統一された法律の制定である。今、アーカル大陸における法律は、旧国家ごと、旧貴族の領地ごとにバラバラなんだよね。このままでは、各地の住民が不公平感を抱きかねない。
そこでローマンは不眠不休で、配下の官僚など文官たちや、民衆の代表者などと、会議に次ぐ会議を重ね、統一法の制定のために東奔西走している。何か、ちょっと前までの自分自身を見ている様だ。いや、わたしもときどきは『睡眠圧縮』使って1時間睡眠でがんばる事、未だにあるんだけどさ。
「あー、ローマン頑張ってるけど……。ちょっと四角四面すぎる、かな?法律の文言はある程度曖昧さを持たせて、施行規則や細則の公布で細かい法律運用をするよう、今の内に助言しておいた方いいな。
地方ごとの特徴とかで、一律に決めた法律が現地の事情に合わないなんてことは、実際良くある話だしさ。だから施行規則や細則で、法の運用に柔軟性を持たせないと破綻しかねないんだよなあ……。ああミズホ、すまないけどそっちのキャビネットから、公文書用の用紙出してくれるかい?」
「はい!」
「ありがとう」
わたしは司令室の執務机に向かい、ローマンへ送る書簡を書き始める。書き終わったそれを封筒に入れ、封蝋で閉じるとその封蝋に印章を押して、できあがりだ。それを通常の船便ではなく、『ゲート』の魔法陣でアーカル大陸へ送る、急ぎの書類の箱へ放り込んで、とりあえず今日やる事は終わった。
「やれやれ。今日の仕事は終わり、かな?とりあえずテレビでも観るか」
「うん」
アオイがテレビのスイッチを入れる。うん、テレビなんだ。まだブラウン管式の白黒だけど。なお、価格はまだまだ高くて、庶民の家庭に置けるほどじゃない。放送局も、国営放送1局だけだし。
ちなみに街では、街頭ラジオに代わり街頭テレビが設置されている。各家庭に機械を置けるほどテレビが安く無いので、公費で街頭ラジオを置き換える形で設置したんだ。時折『千里眼』の術法とかで街を視察してるんだが、街頭テレビには人だかり……じゃない、魔物だかりが出来ているんだよね。
アーカル大陸では、ようやくの事で街頭ラジオが全土に行き渡ったって程度なのに。あいかわらず、バルゾラ大陸は突っ走ってるなあ。
そしてスイッチが入った白黒テレビから、軽快な音楽が流れだす。ニュースの時間だった。わたしとアオイ、ミズホの斜め後ろに、文官たちも椅子を持って来て座る。最近、仕事終わりにはこうやって皆でテレビのニュースを観ているのだ。
「ううん……。もう少し軍警察の予算を増やすべきかな?犯罪の検挙率がここのところ落ちて来てる」
「うん。同意する」
「そうですね……。あたしも同意します」
やがてニュースが終わると、今度は音楽番組だ。わたしたちはお茶の準備をする。音楽を聞きながらお茶とお菓子でひと息つくのだ。
「……歌謡曲も、随分と進歩したね。」
「うん。ちょっと微妙なところも無くも無いけど、J-POPに近い感じ」
「あ、この半豚鬼の歌手、いい声してますね」
科学技術とか軍事技術とかだけでなく、こう言った文化面も進歩させていかなくちゃなあ。バルゾラ大陸だけじゃなく、アーカル大陸にも早目にテレビを普及させたいね。クッキーをかじりながら、わたしはそう思った。
そこはかとなく、アオイとミズホの格差。アオイは「アレはどこだっけな」で通じてるけど、ミズホはきちんと言わないと通じて無かったり。




