第85話 ちょっとだけ、無理をしよう
青年吸血鬼ローマン・ギルマーティンの件が片付いた翌日、わたしたちは何時もの定例会議を開いていた。わたしは今回の会議の議題を提示する。
「さて……。今回の会議の議題だけど、まずは……。アーカル大陸に出してる兵力の入れ替えからにしようか。一気に全部入れ替えるわけには行かないから、少しづつ交代させようと思ってるんだけどね」
「それは当然ですね。装備は自動小銃とかの個人兵装はともかく、戦車、装甲兵員輸送車、牽引砲や自走砲、その他その類の大物は、現地に置いたままでいいでしょう。兵員だけ入れ替えるってことで」
ザウエルの言葉に頷いたわたしは、オルトラムゥが意識を移した魔竜像へと目を遣り、その後ゼロ、アオイとミズホへと視線を移した。オルトラムゥが、まず口を開く。
『俺は送り込む魔竜の編成は、もう終えたぞ。まあ俺の図体がでかいんで、書類処理は任せっきりになったが。あとは編制したどの隊から送り込むか、だけだな』
「一般兵部隊ノ犬妖、大犬妖、ソノ他ハ、当機ガ責任者トナッテ、送リ込ム部隊ヲ編制中デス」
「アオイさん、資料です。」
「ありがとうミズホ。魔獣軍団については、魔獣将殿の留守を預かってるヴォウグロロウ大佐から報告が上がってる。留守番部隊の魔獣たちから適切な者たちを選び出して、編制中だって」
ゼロとアオイも、報告内容を申し送って来る。アーカル大陸へ送り込む分については、とりあえずは問題なさそうだ。わたしは『通話水晶』が映し出す、ガウルグルクの姿に目を向けた。
「戻す方は、どうだい?ガウルグルク」
『はっ。未だ編制の途上、それも手付かずの部分が多くを占めもうす。申し訳ありませぬ』
「あー、そっちは色々大変だからね。今では『将』級は、君しかそっちに行ってないんだし。ローマンがそっちに着任したら、その仕事も任せてかまわないよ。
あ、そうだ。ゼロ」
『ハッ。何カ、ゴザイマシタカ?』
わたしはゼロに、とある懸念について訊く。これは絶対に訊いておかないと駄目だ。
「まさかとは思うけど……。向こうに送る一般兵部隊に、豚鬼や人食い鬼は混ぜてないだろうな?」
『当然デス。彼奴ラハ今ノトコロ、数合ワセニスラナリマセン。イヤ、将来的ニモ使エルトハ思エマセンガ。あーかる大陸ハ、微妙ナ時期デス。彼奴ラノ様ナ無頼漢ヲ送リ込ムト思ワレテイタノデアラバ、ソレハ心外デス』
「ならばいいんだ。しかし本当、どうにかならないかなあ。ザウエル、繁殖速度が遅い人食い鬼はともかくとして、豚鬼の方は品種改良の結果がそろそろ出始めてはいないかな?」
ザウエルは首を横に振る。わたしはその様子に肩を落とした。ザウエルは語る。
「知能が高く、欲望を抑制できる豚鬼は、流石に難しいです。知能が高いのはともかく、欲望が薄い個体は赤子の頃に兄弟たちとの諍いに負け、母親の乳にありつけずに結果として生き残れませんからね。
あと、若干知能が高い個体もまた集団の中で孤立して、子供の頃に排斥される傾向にあります。親も庇いませんし。とんでもなく知能が高ければ上手く立ち回るんでしょうが、そこまでの個体は発見されていません。結果、頭が良い奴も生き残れない模様です」
「なるほどなあ……」
「それが判明して以来、豚鬼居住地の集団から撥ねられた個体を救出し、犬妖あたりに養育させてみてるんですが……。結果はまだ出てませんし、そう言う状況だと結局豚鬼全体のレベルアップには繋がりません。豚鬼集団の外で育てるわけですから」
わたしは報告を聞き、頭を振る。この件は、なんとかして解決したい。解決しないといけない。できれば、早目に。でもなあ、早期解決は難しそうだ。
「……ほんとに、遺伝子操作でもやっちゃおうかな。欲しいのは、豚鬼や人食い鬼そのものじゃなくて、『種族としての奴らを見捨てなかった』って事実だけなんだから」
「一考の余地はありますね」
「あたしもそう思います。これまで魔王軍で色々勉強してきましたが、ちょっと豚鬼と人食い鬼は、今のままだと難しいんじゃないかと……」
「だけどまだ、遺伝子いじれるほど技術が……。と言うか、設備が進歩してない」
アオイの突っ込みに、わたしとザウエル、ミズホが溜息を吐いた。知識はわたしの中に、あるんだけれどねえ……。ああ、いや……。
「わたしが頑張って、調整培養槽を大量に造ったらどうかな。アレならば、後天的な遺伝子操作の機能もある。それ専門の装置には及ばないけれど……」
「魔王様により一層負担がかかるのは、あまり褒められたことじゃないと思う。それに、設備だけあっても……」
「たしかに……。まだ研究者や技術者の数も質も足りませんよ」
「人材の不足は、一朝一夕には解決できませんよね……」
まあ、そうなんだよなあ。その手の事をやってる研究者たちや技術者たちは、今の所は改造人間の量産で手一杯だ。
だが……。
「いや……。設備だけでも、錬金術系の魔法で建造しておこうかと思う。更に大型のメインフレームを使って、多数の調整培養槽を一括管理させるんだ。それで熟練技術者をそのメインフレームの管理に充てる。そして見習いレベルの技術者に、訓練を兼ねて端末になる調整培養槽の面倒を見させれば……。
当面、調整培養槽関係のシステムは、豚鬼や人食い鬼の遺伝子改造には使わない。まずは簡単なタイプの、改造人間の量産に使おう。それで技術者や研究者たちに、経験を積ませる。」
「ええっ!? やるんですか!?」
ザウエルが驚きの声を上げる。わたしは頷きを返した。
「うん。いつまでも問題を先送りしてても仕方がない。どこかで思い切らないと。アオイ、悪いけど何処かで2日か3日、わたしの時間を空けて欲しい。多少後日にしわ寄せが出るのは、覚悟の上だ。その時間使って、錬金術系魔法で設備一式整える」
「了解。ミズホ、ちょっといいかな。調整培養槽と大型コンピューターを設置する土地と建物の手配を任せたい。できれば今ある魔王様の研究所に隣接する土地を確保したいけど。」
「はい!……ええと、大丈夫そうですね。別件で倉庫に使う予定だった土地がありますが、倉庫群はもっと主要な道路に面していた方がいいですし、場所変えましょう。
早速、施設課に命じてタイプA-03の建物1棟とタイプB-11の建物12棟を建築させますね。再来月の末には、建物の準備は整うかと!」
ミズホの言葉に、わたしはしみじみした感慨を覚える。数年前の段階では、わたし自ら基地の地下施設を建設するために、土木工事に励んだ物だったが。今では特殊な物や高度な設備を除けば、魔王軍の施設課に命じればあっという間に造ってくれる。進歩したなあ……。
「じゃあ、再来月末の魔王様の予定を3日間空けておく。魔王様、それでいいかな。」
「ああ、頼むよ。さて、じゃあ次の議題に移ろうか。」
その後もわたしたちは会議を続けた。しかし本当に楽になったよ。組織がきっちりと成立して、上手く噛み合って動いてる。まあそれでも、とんでもなく忙しい事は忙しいし、人材が足りない部分は多いんだけどさ。
何にせよ、アーカル大陸の開発、魔王軍の整備、いずれも多少の問題は有れど、着実に進んでいる。あとどれぐらいで、コンザウ大陸への侵攻が開始できるだろうか。……急がなくちゃ、な。
魔王様、ついに豚鬼とオーガーの問題に手を付けます。まあ、それでもすぐには解決しないんですが。でも、何処かで思い切らないといけない事でしたからね。




