第84話 総督候補と軍事補佐官候補
ローマン・ギルマーティンの面接が終わった日の午後、わたし、アオイ、ミズホ、ザウエルは司令室でお茶をしながら、彼について話し合っていた。アオイが口を開く。
「……よさそうに思えたけど。どう?」
「うん、魔法による知識の転写を行って、その後しばらくガウルグルクの直下で実務に当てるとしよう。そこで功績を上げさせて、総督就任に文句が出ない様にする。功績として相応しいのは、彼が言っていた法整備がいいかな?」
「それがいいでしょう。それとアーカル大陸で、魔物と人類種族両方に対応した法が整備できたなら、それをバルゾラ大陸に逆輸入することも考えましょうか。」
ザウエルがシュークリームを頬張りながら、建設的な意見を言う。それにはわたしも賛成だ。けれど今の国法の頭に、わたしが主権者であることや、わたしの意思が法に優先することなんかが明記されてるんだよね。それもこの際に改正したいんだけど……。
アオイが強い意志を視線に込めて、こちらを見る。うん、分かってるから。世界制覇までは、『わたしが法律』状態で国家を引っ張るって言ったからな。
でも世界を制覇したら、できるだけ早い内に立憲君主制に移行したいなあ。『わたしが法律』状態だと、国に対する責任が重くてたまらない……。
「……となると、軍事補佐官も決定かな。今の彼はまだ少佐相当官だから、今の時点で上官にあたる魔像軍団の壱号大佐じゃ、やりづらいだろう。魔獣軍団で、ガウルグルクの一番弟子のガオガーグ少佐を、彼の軍事補佐官に就けよう。
そうだなあ、ガオガーグ少佐も、総督の軍事補佐官就任と同時に大佐まで昇進させるか。治安維持などで功績は充分なんだろう?」
「そうですね。ただ、一気に大佐と言うのはどうかと。ローマンを魔獣将殿の下に就ける時点で中佐相当官にし、その後にガオガーグ少佐を中佐に。ローマンが総督の地位に就いた時点で大佐相当官にし、その後にガオガーグも大佐に昇進させましょうか。」
ちなみに魔王軍の軍制では、今のところ大佐の上は直で『将』になっている。魔獣将とか、魔竜将とか、魔像将とか、怨霊将とかだ。なお大魔導師は軍法で、『将』に並ぶものとされている。これは魔王軍の規模が小さかった時期の制度を引き摺っているところがあるからだ。
……魔王軍も規模が大きくなってきたからなあ。准将、少将、中将、大将の位を創るかな。今の『将』は大将扱いにして、ついでに元帥号も贈るとしようか。オルトラムゥだったら、『元帥魔竜大将オルトラムゥ』となるだろう。まあ、それは別の話だ。
「じゃ、その方針で行こうか。後日に幹部会議で、全幹部の了解を取ろう。」
「そうね。」
「はい。」
「了解いたしました。」
堅苦しい話が終わった後は、普通にお茶を楽しむ。お茶の後で、わたしはちょっとやりたい事があったので、研究所へと足を向けた。もっともアオイとミズホは、わたしに付いてくるのであるが。
魔王軍本部基地司令室に呼び出した吸血鬼ローマン・ギルマーティンは、直立不動でわたしの言葉を待っていた。その場にはわたしの他、アオイ、ミズホ、ザウエル、ゼロ、鉄之丞、『パペット』の魔法で意識を傀儡人形に移したオルトラムゥ、『通話水晶』による映像だけではあるがガウルグルクの、魔王軍幹部全員が揃っている。ついでに言えば6名の文官もいるが。
あまりの陣容に緊張するあまり、冷や汗を掻いているローマンに、わたしは言葉をかけた。
「楽にしたまえ。」
「はっ!」
ローマンは、すかさず休めの姿勢を取る。わたしは小さく笑った。
「くくく、まだ肩に力が入っているぞ?……さて、ローマン・ギルマーティン中佐担当官。君をアーカル大陸における政務を事実上司る政務補佐官として、現地駐留軍司令である魔獣将ガウルグルクの元に派遣する。良いな?」
「はっ!了解いたしました!謹んでその任務、お受けいたす所存にあります!……?……あ、あれ?あ、し、失礼いたしました!」
「くくく、何か気になる事があるのならば、かまわんから言ってみたまえ。ローマン中佐相当官?」
ローマンは一瞬目を丸くするが、即座に言葉を発する。
「はっ!ありがとうございます!自分は中佐相当官ではなく、少佐相当官であります!そのこと……。」
「ああ、言葉を遮って悪いが、君は本日只今をもって、中佐相当官に昇進となる。少佐相当官では、ガウルグルクの名代として政務を司るのには不足だからな。まあ、中佐相当官でもまだ足りぬとは思うのだが……。まあ君に期待している業績分の、代価の前渡しだとでも思いたまえ。
あ……と。そう言えば渡さねばならない物があった。アオイ。」
「はい。」
アオイはわたしの声に応え、一度司令室の奥まで下がり、掌に載る大きさの小箱と書類、畳まれた大きな黒い布地らしき物を持って戻って来る。わたしはそれを受け取ると、ローマンに向かって言った。
「ローマン中佐相当官。辞令と新しい階級章だ。受け取りたまえ。それとこれは、ちょっとした祝いの品だ。」
「はっ!ありがとうございます!」
ローマンは前に進み出て、押し戴く様に辞令、階級章、そして布地を受け取った。わたしはその布地について説明を始める。
「それを広げてみたまえ、ローマン中佐相当官。」
「はっ!……これは!」
「ああ、君のために創ったマントだがね。サイズは合うかね?早速着けてみてくれるかね?」
「は、ははっ!……ま、まさかこれは!なんと!」
ローマンがそのマントを身に着けると、彼の周囲に薄闇の空間が発生する。この薄闇の空間は、『ダーク・ヴェール』の魔法と同じ効果をもたらすのだ。彼はロード種吸血鬼故に、一応太陽の光は克服してはいるはずだが、それでも太陽光の下が苦しいのには違いない。だが政務を行うとあらば、昼間活動しないわけにも行かないだろう。
だがこのマントがあれば、彼は太陽光の元でも十全に活動が可能となる。彼の任務には、必須の物品であろう。……実は本当は、鉄之丞のために研究していた魔道具だったのだが、鉄之丞は怨霊、すなわち霊体故に、生前所持していた物品以外は持っていないし持てないのだ。
他の魔王軍幹部には様々な魔道具を、有り余る魔力に物を言わせて創り与えているのだが、鉄之丞には何ひとつ与えていない。本人は良いと言っているのだが、不公平になってしまう。どうした物だろうか。
まあ、ともあれローマンは、感動の余り涙を浮かべている。鉄之丞とガウルグルクが彼に声をかけた。
『ふむ、良かったの。のう、ろおまん。魔王様に感謝し、より一層励むのだぞ?魔王様、それがしよりも、御礼申し上げまする。』
『ローマン中佐相当官、であったな?これからよろしく頼むぞ?いや、のう。わしは只の軍人故にの、今の様に政務までやらねばならぬのは、正直負担であったのだ。これよりは、おぬしに丸投げする故に、覚悟しておれよ。ははは。
まあ、責任はわしが取る故、好きにアーカル大陸の政を動かして見るが良いわ。』
「ははっ!これより粉骨砕身の覚悟で任にあたりますれば!」
わたしは笑いながら、彼に指示を出す。
「くくく、また肩に力が入っているぞ?さて、ローマン中佐相当官。君はこれより業務の引継ぎを済ませ次第、当基地の施術室にて必要知識の頭脳転写を受け、『ゲート』魔法陣にてアーカル大陸の魔王軍本部であるヴェード基地へと向かいたまえ。ガウルグルクが首を長くして待っているからな。」
「はっ!了解であります!」
「では下がってよろしい。一両日中にも急ぎ引継ぎと知識転写を済ませて、ガウルグルクの元へ向かう様に。」
「はっ!ではこれにて失礼いたします!」
敬礼をするローマンにわたしたちは答礼を返し、退出する彼を見送った。まあ、わたしは彼に魔法による知識転写を施さねばならないから、また後で会うんだが。
わたしはその場の一同に、彼の印象を訊ねる。
「さて、彼をどう見たかな?」
「面接の時も思ったけど、いいんじゃないかな。」
「ただ、ちょっとだけ真面目すぎる様に想いますから、潰れたりしないか不安かもしれません……。」
「まあ、だからしばらくは魔獣将殿の元で経験を積ませるんですよ。」
アオイ、ミズホ、ザウエルに続き、ゼロ、オルトラムゥ、ガウルグルク、鉄之丞が口を開く。まあ、大体に於いて好印象だ。経験不足を危惧する声はあるが。
『ソウシタホウガ、オソラク安全カト思ワレマス。素質ハ充分ト見マシタガ、経験ハ不足シテイル模様デス。』
『魔獣将殿がバルゾラ大陸に戻れるのは、もうちょっと先になりそうだな。ははは。』
『いや、そうでもなかろうて、魔竜将殿。筋は良さそうだからの。
……ただ、魔獣たち、魔竜たち、犬妖や大犬妖たち他の里心がついた者たちの入れ替えは、わたしめが帰還するより先にせねばなりますまい、魔王様。』
『まあ、あ奴であらば期待に応えるだけの力量は持っておると、それがしは見ておりまする。』
一同の意見に頷いた後、わたしはガウルグルクに話を振った。
「ガウルグルク、ガオガーグ少佐のことだけど。先にも話した通り、将来的にアーカル大陸総督の軍事補佐官になってもらいたいと思ってる。
で、総督候補であるローマンの政務補佐官就任に伴って、彼を中佐に昇進。ローマンが大佐相当官に昇進して総督の地位に就いたら、その後で彼を大佐に昇進させて正式に軍事補佐官とするつもりだよ。
君はそれで構わないかな?」
『はっ。あ奴めは功績もたまっておりますし、そろそろ昇進させるべきだと思っておりもうした。あ奴めは自分はまだまだだ、などと申しまして昇進を固辞しておったのですが、魔王様から直々の命令とならば受け入れますでしょう。
第一、あ奴めが昇進を拒むと他の者までもが昇進を遠慮してしまいもうす。真面目なのは良いのですが、その辺りの機微が少々……。』
「あー、うん。わかった。わたしから直接命令を出すよ。『昇進せよ』ってね。」
『よろしくお願い申す。』
ガウルグルクは、映像の中で頭を下げた。わたしは彼に頷いて見せる。これでローマンがきっちり成果を出してくれれば、ガウルグルクをバルゾラ大陸に戻す事ができる。そうしたら軍をまた再編制して、コンザウ大陸との戦いに備えないとな。
まあ、しかしこれで一応と言う程度だが、とりあえずアーカル大陸について必要なことはやった。ローマンがちゃんと成長してくれれば、アーカル大陸の維持については任せることができる。そしてアーカル大陸の人類種族を軍に登用することが叶えば……。いや、前線要員としてではなくとも、後方支援の人員として使えるようになれば、更に万々歳だ。
まあそのためには、わたしたち魔王軍の支配が、魔王であるわたしの支配が、人類種族の王侯貴族たちの支配よりも良い物であることを、言葉では無く肌で実感させねばならない。かつての人類種族による支配体制に戻りたくない、と思わせなければならない。
「頼むぞー、ローマン・ギルマーティン……。」
わたしは小さく、口の中で呟いた。
ローマン・ギルマーティンのアーカル大陸総督就任が決定いたしました。まあ、しっかりと実績作ってからなんですがね。それまでは、ガウルグルクの補佐です。でも、基本は全部、政治畑の仕事を投げられますが。




