第77話 極地と宇宙と
『通話水晶』の映し出す映像の中で、狼顔の魔獣の青年が背筋を伸ばして直立し、見事な敬礼を決めていた。背景は一面の氷に覆われた大地と、はためく1本の国旗だけである。その国旗は、無論のこと我が国『ジョーカー剣魔国』の国旗であった。
狼顔の青年は、声を張り上げる。
『魔王様に、ご報告申し上げます! 本日剣魔歴元年、7月11日、バルニア標準時10時37分、わたしゾアーム魔獣軍団大尉以下6名の魔王軍北極探検隊は、ついに北極点到達を成し遂げました!』
「うむ、ご苦労。貴官らの偉業は、長く歴史に刻み込まれるであろう。本当に、よくやった……!」
『はっ! ありがとうございます! これも後方支援要員を含んだ隊員たち全員の弛まぬ努力、バルゾラ大陸とアーカル大陸の民たちの貴重な支援、そして何よりも魔王様のおかげでございます!』
いや、そんなにわたしを持ち上げなくてもいいから。
「我のした事など、大したことでは無い。全ては貴官らの努力と、民人の応援の賜物だ。」
『い、いえ! 魔王様の開発してくださった万能小型ストーブや冬季用戦闘糧食、携帯用の固形燃料、使い捨て懐炉、軽くて強靭な化学繊維のザイルなど、種々の科学品が無ければ、この氷原を踏破することは叶いませんでした!
隊員も皆、毎度毎度の暖かい食事のごとに、吹雪など極寒の気象や峻嶮な地形を乗り越えるごとに、魔王様を称えております!』
あー、それはあるか。装備品は徹底的に整えてやったからなあ。しかし、何だ。照れるな。
「そうか……。それほどまでに言ってくれるか。その忠義、嬉しく思うぞ。」
『はっ! ありがとうございます!』
「ただし! まだ道程は半分だ。探検は帰り着いて、はじめて成功なのだ。我が故郷には、百里を行く者は九十を半ばとす、との言葉が遺されておる。何事も終わりの方ほど困難であるから、九分どおりまで来て、やっと半分と心得て、気を弛めてはならぬ、と言う意味だ。
良いか、ここまで来て命を落とす事、あいならん。必ずや全員揃って故国まで帰り着き、1名も欠けることなく我が手より表彰のメダルを受け取るのだ。絶対に生きて帰るのだぞ。厳命しておく。
……良いな!!」
狼顔の青年、ゾアーム大尉は感動に眼を潤ませながら、はっきりと応える。
『……はっ!! 了解いたしました!!』
「ではこれで通信を終わる。直に会える日を、楽しみにしているぞ。ではな。」
『はっ!』
わたしの敬礼姿を向こうに届けた後、『通話水晶』はその通信の接続を切った。映像が消え、司令室の打ちっぱなしのコンクリート壁の情景が戻ってくる。
わたしは執務机に戻ると、席に腰かけた。堅苦しい口調を使うのは、精神的に疲れる。だが今日のところは、その疲れさえも心地よかった。
「魔王様、嬉しそう。」
「良く判りますね、アオイさん。」
アオイとミズホの声に、わたしは笑みを浮かべる。無論わたしの顔面は生体装甲板で覆われており、表情を出せないため、そんな気持ちになっただけだが。
「まあ、嬉しいかな。探検だよ? 探検隊だよ? それが歴史に残る偉業を成し遂げたんだよ?
しかもわたしの部下だもの、嬉しく無い方がおかしいさ。あとはさっきも言った通り、無事に帰還してくれれば言う事なしだね。」
「魔王様も、男の子ね。……自分の能力使えば、北極点どころか月旅行だって簡単なのに。」
「そうなんですか!?」
「うん。わたしの能力をもってすれば、もっと遠くまで行ける。途中で人工冬眠に入っていいなら、隣の恒星系にも行けるなあ、たぶん。
時間は凄まじくかかるけど。普通なら、寿命が尽きるんじゃないかな。って言うか、わたし寿命あるのかな? 特別製の改造人間だし魔王化してるし。」
馬鹿話をしながら、わたしはラジオのスイッチを入れる。ちょうど天気予報をやっていた。
『バルゾラ大陸中央部、デルジ州の今日の天気をお伝えします。デルジ州北部は一日晴れ、東部は一日雨ですが、中央部と西部、南部は晴れ時々曇りでしょう。』
「えっ!? さっき表に出たら、降ってましたよ、雨!」
ここ魔王軍本部基地は、デルジ州北部だ。ミズホの言う通り、先ほどまで雨が降っていたのをわたしも確認している。わたしは宥める様に、窘める様に、ミズホを諭した。
「あー……。まだ天気予報の精度が低いんだよ。あまり大声で言わない様にね。先日予報が外れた気象予報士が、切腹騒ぎを起こしたんだ。機材を用意したわたしに申し訳が立たないってさ。
まだ技術が未完成だから、精度は低いって何度も口を酸っぱくして言ったんだけどねえ。幸いちょっと切ったところを発見されて、手当てが間に合ったけど。鉄之丞、なんで切腹の文化なんか伝えたかな……。」
「あ、ご、ごめんなさい!」
「いや、責めてるわけじゃないから。ただ、くれぐれも気象予報士を責めるような発言は慎んでね。ウチは軍事独裁政権だから、魔王軍幹部からそんな発言が出たと知れたら、また切腹騒ぎが起きかねないんだ。」
気象レーダーを、早急にどこか高山の上に建設しなきゃあなあ。あと気象衛星も打ち上げたいな。でも、ロケットの開発にはまだまだ技術の成熟が必要だしなあ。
「……ロケット弾やミサイルの発射実験、やらないとなあ。」
「話が飛んでる。」
「ああ、いや、天気予報のために気象衛星が早目に欲しいなあって思って、そこからロケット技術がもっと発達しないと駄目だなあって思って。それでロケット兵器の発射実験やらないとなって考えに至ったんだよ。
うーん、スパイ衛星も欲しいなあ。通信衛星も必要……。攻撃衛星も要るなあ。あとは、3つある月にも魔物や人類を送り込まないとなあ。軌道エレベータも欲しい。宇宙開発は夢もあるけど、実益もあるんだよなあ。何にせよ、まずはロケットだよなあ。」
そうだよね、ロケット技術は絶対に欲しい。せめて最低限、気象衛星とスパイ衛星は。
「……液体ロケット、かなあ。個体ロケットも、なあ。両方の技術が、やっぱり欲しいなあ。
いや、知識としての完成形はこの補助頭脳に入ってるけどさ。現場での製造技術は……。特に職人芸とか言うレベルの技術は、場数踏ませて徹底的に鍛え上げないとモノにならないし……。あ……。」
アオイの視線に、わたしは内心怯む。また突っ走ってたか。あー、分かってる。無理はしないから。
「うん、まずはできる事からだね。はい。」
「うん。」
「じゃあ、既に予定に入ってる対戦車ロケットランチャーと対戦車ミサイルランチャーの発射実験からやるとしよう。錬金術系魔法を使って創った試作品が上手く動作したなら、設計図を軍の工廠に渡して量産試作機を造らせないとね。」
わたしはラジオを切ると、司令室の黒板に行先を書きこむ。その行先は、研究所経由で演習場の実弾演習区画だ。アオイも自分とミズホの分の行先を書きこむ。場所はわたしと同じで、目的はわたしの護衛である。
わたしたちは連れ立って、研究所へと向かった。
探検隊は、夢……!! 北極探検は、人民の夢……!! そして宇宙探検は、みんなの夢……!!
まあ、今の段階でできるのは極地探検までなんですけどね。




