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第5話 勇者の哀願

 食事が終わり、わたしは勇者の少女に向かい口を開く。


「さて……。食べる物もあらかた食べ終えたな。食休みついでに、何か言いたいこととか聞きたいことがあるならば、聞こうじゃないか」


「……色々言いたいこととか、聞きたいことはあるけど。まず最初に……。助けてもらって、どうもありがとう」


「!! ……いや、どういたしまして。」


 わたしは驚きで一瞬目を見開いた。そのことに気付いたか、勇者は小さく笑う。


「わたしがお礼を言うのが、おかしい?」


「いや……。言われてみればおかしくない、な。ただわたしの側が、ちょっとばかり勇者から礼を言われるような立場じゃあなかったからね。それで、ちょっとね」


「?……貴方に聞きたいことがあるわ。貴方、何者なの?見た目は怪物そのもの。でもさっき『いただきます』って食事前の挨拶をしてた。

 この世界の人は、いただきますなんて挨拶は使わない。この世界の神様とやらに祈りを捧げることはやるけど」


「あー」


 わたしは内心頷く。なるほど、先ほどの『いただきます』に驚いたわけが判った。さて、どう返事をするべきか。


「んー、まず大前提となるところから話を始めるか。わたしの名は、ブレイド・JOKER。先代である魔王ゾーラムが死の瞬間、自らの命と引き換えにして異世界から召喚した新たなる魔王だ」


「え……。い、異世界の魔王!?」


「あー、いやちょっと違う。異世界で魔王だったわけじゃあない。魔王は盗み出した勇者召喚の魔法に手を加えて、魔王召喚魔法を創り出したんだよ。

 召喚される前は君も勇者じゃなかったんだろう? それと同じで、わたしも召喚されたことで強化されて、魔王になったって事」


 勇者は唖然としている。さもありなん。だが彼女は気を取り直して、口を開いた。


「じゃ、じゃあ貴方は元の世界では普通の人間だったの?」


「いや、それも違うんだよね。元の世界では、世界制覇を狙う悪の秘密結社『JOKER』の科学陣が創造した、最高傑作とまで言われた強力な改造人間だったよ。……というか、そういう強力な生命体だったからこそ、魔王の素体として選ばれたらしいよ。

 ちなみに改造されたときに洗脳されて、そのときに本名とかはきれいさっぱり失っちゃったがね。でも、元々は日本人だったらしい。21世紀の、ね」


「日本人……!! じゃあ、もしかしたら!! 貴方、わたしの世界の人!? 帰る方法はあるの!?」


 縋りつくような彼女の瞳に、わたしは沈痛な表情を返す。いや、わたしの顔面は生体装甲板に覆われており、表情は出そうにも出ないんだが。せめて声音に沈痛な響きを持たせて、わたしは言った。


「いや、残念ながらわたしも帰る方法は無いんだ。それに魔王召喚の術式を調べたんだが、幾多の平行世界からデタラメに選んで接触して、そこから有望な素材を(さら)ってくるって仕組みなんだ。

 ……おそらく勇者召喚の魔法も、基本は同じなんだろう。数多(あまた)ある並行世界からデタラメに、勇者として有望な素体を引っ張り込むんだろうな。たぶんわたしと君は、別の世界の出身だろう。

 ……ま、でも日本人だって事はいっしょだろうけどね」


「そ、そう……」


 勇者は目に見えて落ち込んだ。わたしも、どう言葉をかけていいのか分からず、口ごもる。だがやがて彼女は顔を上げた。


「ねえ、魔王ブレイド……さん」


「あー、『さん』はいらんよ」


「じゃあ魔王ブレイド。あなた世界制覇を狙う悪の秘密結社に洗脳された、って言ってたわよね。洗脳されてるんだったら、悪の秘密結社の方針にこの世界でも従うつもりはあるの? この世界で、世界征服するつもりはある?」


 一瞬言葉に詰まったが、わたしは正直に言う。


「……それがね。この世界には大首領様も、組織の幹部たちも、あまつさえ宿敵たるヒーロー気取り野郎もいないんだ。正直どうしようかと思っていたところさ。この世界を征服しても、献上する相手がいないんだよね。

 かと言って、自分の物にしたりって言うのは、なんか器じゃあない気もするし。まあ世界征服って言葉に、なんか惹かれる物はあるんだけどね」


「……」


「だからと言って、何もしないって言う選択肢も実はないんだ。わたしの精神構造(メンタリティ)は21世紀の人間の物だからね。この世界で人間形態に変身してひっそり生きる、なんてのは正直ぞっとしない。

 生活水準は何かの手段で向上させないと、正直ね……。中世ファンタジー風の世界水準に合った生活ぶりなんて、たぶん我慢できないよ。と、こんな具合に色々悩んでいるわけだ」


「え!? 貴方、人間の姿になれるの!?」


「え、ああ、言ってなかったか。変身できるけど、今ここでってのは勘弁してくれ。裸になってしまう。男の裸なんて、見たくないだろう?」


 わたしの台詞に、勇者の少女は不機嫌そうな顔つきになる。まあ、目は怒ってはいなかったが。


「……わたしのは見たくせに」


「治療だったんだ。仕方ないだろうよ」


 わたしは鋭い右手人差し指の爪で、こめかみの生体装甲板をガリガリと引っ掻く。無論、照れ隠しだ。ここで勇者が、きっちりと座りなおす。そして真正面から、真っ向からわたしの目を見つめた。


「魔王ブレイド、そう言えばまだ自己紹介をしていなかったわね。わたしは『リューム・ナアド神聖国』により地球の日本から片道召喚された勇者、神流葵……アオイ=カンナ。15歳です」


「15!? あ、いや失礼」


「いえ、見た目が良くて12歳程度にしか見えないのは自分で分かってるわ。これは本来勇者召喚術そのものに、帰還のための術式が組み込まれているための処置。わたしは12歳になったばかりのときに召喚されたの。

 そのときに受けた説明では、魔王を倒した暁には、呼び出された元の場所、元の時間へと帰還させるって言ってた。呼び出された時点で、不老化の処置が術式に組み込まれているのよ。元の時間に戻したときに何歳も成長してたら、問題が起きるから。でも……」


 勇者アオイは悔しげに俯く。そして決然と顔を上げる。


「でも奴らは、わたしを帰還させるつもりなんて、最初から無かった! 勇者召喚術式から帰還の術式を削り取った! あまつさえ、呼び出した世界の世界座標を記録する領域まで削り取って、そこを別の術式で埋めたの!

 そしてわたしが魔王ゾーラムを倒したら、わたしを不意打ちして殺すつもりだった! いえ、殺そうとしたのよ!」


「……これを使いたまえ。泣いてるぞ」


「あ、え……」


 とりあえず衣類を収めている棚から、綺麗なハンカチを『取り寄せ』の術で召喚し、わたしはそれを彼女に渡した。彼女は涙を拭くと、力のこもった瞳で言う。


「命を助けてもらった上に、こんなことをお願いするのは少々図々しいと思うけど……。お願い、魔王ブレイド! どうかこの世界を征服して! この世界にわたしを召喚した国、『リューム・ナアド神聖国』を滅ぼして!

 そしてその戦いにわたしを加えて欲しい! ……どうか、復讐に力を貸してくださいッ!!」


 ゴスッ。


 鈍い音がした。アオイが額をテーブルに打ち付けようとしたので、あわてたわたしが右手を差し出して彼女の額とテーブルの間に右掌を挟んだのだ。わたしの高い身体能力からすれば、とっさの事でも余裕で間に合う。


 だがしかし、わたしの生体装甲板がテーブルより強固で硬いことを失念していた。彼女は余計に痛かっただろうか。


「あ、す、すまない。わたしの掌がテーブルより硬いことをうっかり忘れていた。額は大丈夫かね?」


「大丈夫……。魔王ブレイド、わたしが貴方に対価として差し出せるのは自分の存在しかないわ。どうかわたしを配下として使って欲しい。使い潰してくれてもいい。魂だって、売り渡すわ。

 だからそれを対価に、憎い『リューム・ナアド神聖国』と勇者パーティーだった者たちを……! あいつらを滅ぼすのに、手を貸して! どうか、どうかお願いします!!」


 アオイは、再び大粒の涙を流していた。わたしは右手を自らの顎にやって、少々考え込む。だが、すぐに結論は出た。


(復讐は何も生まない。それは一面では正しい。けど、マイナスをゼロに引き戻す効果はあるんだろうさ。彼女は復讐をやり遂げなければ、おそらくそこから先に1歩も進めない。

 ……うん、一度関わった以上は今更それを放り出すのも何だしな。最後まで面倒見るとしよう)


「う、ううっ……。ひくっ……」


「……いいだろう、勇者アオイ。これよりわたしは君に力を貸そう。だが人類世界に対し戦争を仕掛けると言うのは、けっこうな大ごとだ。

 まずはズタボロになっている魔王軍と魔王領を再建するところから始めなければならない。それ故、時間がかなりかかるよ。それは覚悟しておいて欲しいんだ。いいかな?」


 しゃくり上げつつ小さく頷くアオイの手からハンカチを取り、それでわたしは彼女の涙を拭いてやる。彼女は再び、今度は力強く頷く。


「……わかったわ。まずは、何から始めればいい?」

「そうだな、まずは……」


 こうしてわたし……『魔王』ブレイド・JOKERは、わたしが召喚されたこの世界へと第一歩を踏み出した。目指すは世界制覇である。やはり洗脳が完全であるためなのか、それとも魔王と化した自身の本能的な物なのか、何故か胸が躍った。

 主人公、魔王としての自覚が少ーしずつ出て来ました。最初は困惑して、と言うか躊躇していましたが、結局世界征服に乗り出す事にしました。ヒロインの娘のお願いが無かったら、こうは転んでなかったでしょうけどね。


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― 新着の感想 ―
[一言] 召喚した国の事だから、例え帰還させたとしても不老の呪いが残ってそうな気もする(ぇ
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