第73話 とりあえず、手綱は握っておこう
アーロン・アボット司教は、わたしたち魔王軍の重鎮を前にして、堂々と臆面もなく、わたしたちが全く認められないであろう事を陳情してきた。
「魔王様にお願いしたいのは、『神教』の布教を許可していただきたいのでございます」
「「「!?」」」
少なくとも、アーロン司教は度胸のある男である。普通なら殺されかねないことを、胸を張って堂々と言ったのだから。
「ほう?我は汝が、布教への『黙認』を求めて来ると思っていたのだがな。言うに事欠いて、『許可』と来たか」
「はい。無論、ただとは申しません」
「くくく、汝ら程度で与えられる利益で、我を動かせると思うたか?増長するでないわ」
わたしはアーロン司教を睨み付ける。だがアーロン司教は飄々とした態度を崩さない。次にアーロン司教が言った言葉に、その場の者、多少なりともこの世界の宗教事情を知っている者は、驚愕した。わたしは顔面が生体装甲板で覆われているので、驚愕を面に出せないのが幸いだったが。
「いえ、魔王様でもわたしの贈り物は、お喜びになられると思っております。わたしの贈り物は……。諸人に、信者に、魔物と人類種族との融和と共存を説くことにございますれば」
「「「「「「!!」」」」」」
本気で驚いた。こいつは『神教』の教義を曲げる、と言っているのだ。わたしは意地悪く問うてみる。
「くくく、汝の神が、それを許すとでも言うのか?」
「……神など。『神教』の経典で語られる神など、この世界に存在いたしませぬ」
「「「「「「!!」」」」」」
「……続きを」
わたしはアーロン司教に続きを促した。アーロン司教は、爛々と眼を光らせて言葉を紡ぐ。その眼の光は、怒りだろうか、憤りだろうか。少なくとも、信仰の光では無かった。
「わたしは孤児でございました。アーロン・アボットと言う名前も、辞書で上の方にある単語だから後に付けられたに過ぎませぬ。そんなわたしが成り上がるには、『リューム・ナアド神聖国』においては、聖職者、神官になるのが手っ取り早かったのです。
底辺での暮らしを強いられていたわたしには、元より信仰心などございませぬ。神が本当におわすならば、何故あの様な地獄を放っておくのでしょうか。わたしが神官になれたのは、たまたま神官としての適正があったからに過ぎませぬ。我が妹も、我が友も、わたしは救うこと能わず、餓死させてしまいました」
「それ故、神がおらぬ、と?」
「いえ、結論に至ったのはもう少し後にございます。わたしは、神官の中でも群を抜いて優秀でございました。特に聖魔法は、わたしに並ぶものはおりませぬ。……神に対する信仰心が無いわたしが、神の加護無くては習得すること能わぬはずの聖魔法を使いこなせる。これは矛盾です。
そして長年にわたる研鑽と研究の末、わたしは理解しました。聖魔法と言うのは、単に光魔法の亜種、変形でしか無く、その習得の可否を決めるのは単に、神官としての才能の有無と、古代より伝わる修行法に秘密があっただけなのです。
わたし自らが発掘した古文書にも、そのことは記載されておりましたよ。誰にも伝えぬまま、今日まで至りましたが」
「ふむ……」
こいつは……。何を言い出すのかと思ったら。本当の本気でもって、神がいないとそう信じているらしい。信仰厚いはずの、司教職にある者が、だ。
「わたしは聞くことが叶いませんでしたが、聖魔法を習得する際に神の声が聞こえる者もいる様です。なれどわたしの研究によればその声は、死に瀕するほどの修行により一時的に乖離した、自らの別人格の声であることが判明いたしました。
実際に修行中の神官候補を、聖魔法にて調べた結果です。……皮肉ですな、神の存在を支える傍証であったはずの聖魔法により、神の声が本物でない事が証明されてしまったのですから。
これが決め手となりました。神など……。少なくとも、『神教』の信者たちが崇める、人類種族にのみ都合のよい神など、存在しません。これがわたしの結論にございます」
アーロン司教は、滔々と語り続ける。
「わたしの目的は、宗教的な頂点に立つことでございます。そして何時の日か、あの地獄を……。わたしが生きて脱出することができた、しかし我が妹や我が友がとうとう抜け出せなかった、あの貧困と言う地獄を……。
消し去ることこそが、我が望みにございます。神の手などではなく、人の手にて。
わたしの出世を嫉妬した者により、アーカル大陸へと飛ばされはしましたが、そんな事でわたしの野望は、わたしの願いは、潰えたりはしません。魔王様、わたしはあの地獄を放っておく古き『神教』を滅ぼしたいと願っております。
そのためにも、どうかわたしに布教の『許可』を頂きたく存じますれば」
「……我が国は、政教分離を謳っておる。宗教勢力が政治権力に介入することは禁じられておるぞ。更に言えば、一部の過激な物や、魔物に対し攻撃的な宗教を除けば、信教の自由を許してもいる」
「理解しております。わたしが欲しいのは、政治権力ではございませぬ。政治権力と結びつかずとも、充分な影響力は持てるでしょう。その影響力も、決して属する国家を脅かす様な事には使いませぬ。国の命にも、従いまする。
更に古い『神教』や一部の過激な宗教は積極的に攻撃いたしますが、その他の宗教とは融和を説きますれば。必要とあらば、それらの宗教を取り込み一体化することも考えましょう。どうせどの神も、少なくとも今の時代には居らぬのですから。
『JOKER剣魔国』とわたし率いる新たな『神教』は、必ずや共存できるはずです。お疑いとあらば、『ギアス』の魔法を受け入れることも厭いませぬ」
わたしはアオイ、そしてミズホに目を遣る。アオイは既に怒気を抑えており、わたしに頷いて見せる。ミズホは未だ怒気を抑え切れていないが、敵の敵は一応味方であると理解しているのだろう、これもまた頷いて見せた。
わたしはアーロン司教に向かい、了承の言葉を送った。
「よかろう。汝の布教を認めよう。ただし……」
「……ただし、何でございましょうや?」
「宗教の名を変えよ。古き『神教』との決別の意を、この世界全てに対し示すのだ。その程度の覚悟無くば、我は認めぬ」
アーロン司教は、深く頭を下げる。
「はっ。仰せに従いましょう。では……。『真教』ではいかがでしょうか」
「真実の教え、か。くくく、良く言うたものよ。神など無いことを知りつつも、神の名をもって信者を募る。皮肉が効いていて、良いではないか。そうだな、そのうち『真教』の神官長、いや大神官なり法皇なり、それらしい位階でも名乗ったらどうだ?
ふむ、そうであるな。我が財物より若干の喜捨を『真教』にくれてやろう。それほど非常識な額では無いがの。布教を行う元手にするなり、貧者を救済するのに使うなり、好きに使うが良い」
「ははっ。ありがとうございます」
「では下がるが良い」
アーロン司教は退室して行く。わたしはザウエルに顔を向ける。
「……どうかな?」
「はい。僕が隠し持っていた『通話水晶』の録画機能にて、今の会話は余さず録画しました。万が一の場合でも、これを公開すればアーロン司教は致命的なダメージを負うでしょうね」
次にわたしは、アオイに話を振る。
「アオイ、そっちは?」
「うん、大丈夫。この世界で録音機なんて分かる人、いないから。堂々と手に持ってたんだけどね」
アオイの左手に持たれた録音機から、ついさっきアーロン司教が口にした、神を信じない云々の台詞が流れ出す。魔法と機械、両方の手段で記録を取っておいたのだ。この世界では両者を同時に妨害する術など、まず存在しない。
わたし、アオイ、ミズホ、ザウエル、鉄之丞は顔を見合わせて含み笑いをした。ゼロや親衛隊員たち戦闘ドロイドらは無言だが、ゼロを含め数体が肩を小刻みに揺らしている。おそらく彼らは、笑いと言う概念を学習したのだろう。その様子に引いていたのは、6名の文官たちだけであった。
こうして我々魔王軍、『JOKER剣魔国』は、将来の一大宗教権力の手綱を握る事に成功したのだった。
まあ、アーロン・アボット司教とは、たぶんWin-Winの付き合いを続けて行くんじゃないですかねえ。何か企んだような気配があったら、脅しをかけるでしょうが(笑)。なんにせよ、信用できない味方は、きちんと手綱を握っておきましょうと言う話。
でもって、神様の話。今現在、この世界にはどうやらカミサマの類は居ないらしいです。まあ、まだアーロン司教の仮説でしか無いのですが、かなり確度は高いでしょうねえ……。




