第66話 魔王様の、執務のご様子
ついにこの時が来た。アーカル大陸に唯一残っていた敵対勢力、『ヴァルタール帝国』の軍隊の残滓が立て籠もっていた都市であるロコモスを、とうとう陥落させたのだ。
もっともそこまで苦戦はしなかった。時間がかかったのは、残存敵勢力を1つ1つ潰しつつ住民を慰撫するのに手間を取られ、領土の北端にあるロコモスに辿り着くまでが長かったからだ。
まあ『そこまで苦戦はしなかった』と言う事は、ほんの少しは苦労したと言う意味でもあるが。何と言うか、立て籠もった敵が野戦にも降伏勧告にも応じず、援軍も来ないのに籠城を続けたのである。
仕方ないから、多少の被害が民に出ることも、こちらに対する住民感情が悪化することも覚悟の上で、強引に攻め落とすことを許可した。
結果として、砲兵の手によりロコモスの正門は吹き飛ばされ、歩兵や戦車の支援を受けて内部に突入した巨鬼族や蜥蜴人の特殊部隊によって、敵司令官は射殺された。そしてその事を知った次席指揮官が、こちらの降伏勧告に応じたのである。
……正直、もっと早く降伏してくれれば良かったのだが。おかげでロコモス住民の宣撫が大変である。
「ロコモスより北は、北極点まで続く前人未踏の氷の大地か。『ヴァルタール帝国』も領土宣言はしていなかった場所だけど……。うちは領土宣言しておこうかね。手付かずの地下資源もありそうだし」
「越冬基地を建設するのね?魔獣たちの中から南極付近の極地が縄張りの、寒さに強い部族の出身者を選び出しておかないと。あとはゴーレムあたりで」
「夏になってからになるけど、北極点まで探検隊を送り出したいね。更にその半年後、南半球が夏になったら南極点へ。お約束として、国旗立てておこう。
……いや、わたしが飛んでいけばすぐ済むけど、わたしみたいな規格外品じゃなしに、配下の魔物が快挙を成し遂げる事に意味があるからなあ」
「それ以前に、魔王様にはそんな暇、無いと思う」
アオイの言う通りだった。特に今は全然駄目だ。アーカル大陸を制覇したから、前から決めていた通りに記念式典を行って、建国を宣言しないといけない。
その式典の準備に加え、いつもの仕事もあるから、結果としてわたしとアオイは泣く程忙しいのだ。いや、泣かないけれど。
今魔王軍本部基地司令室では、わたしとアオイの他、官僚の文官たち6名が必死になって書類と格闘している。あー、彼らにも賞与出さないとなあ。無茶な仕事量をこなしてくれてるんだし。
「……わたし、仕事とか権限とかの委譲、下手なのかな?これだけ仕事が減らないって言うのはさ」
「上手いとは言えないけど、下手って程じゃない。諜報とかは大魔導師殿に任せてるし、戦線も基本方針だけ示して魔獣将殿、魔竜将殿、それとゼロにきちんと任せてる。仕事が減らないのは、次から次へと新しい事に手を出すのが一番大きい。人材も不足気味だけど」
「ぐうの音も出ないね……。」
まあでも将来楽をするために、今苦労してるって部分が大きいと思うんだけど。たとえばカメラ始め写真技術の開発や、印刷技術の向上は、集積回路の生産技術に直結してるし。シリコンウェハー上に回路網を写真の様に焼き付けて造る物だからなあ。
シリコンウェハーで思い出した。半導体と言えば、真空管やトランジスタの歩留まり率、もう少し上がらないかなあ。生産技術に関する知識は魔法で転写して植え付けることはできても、実際に技術を物にするには経験が足りてないって事か。
トランジスタと言えば、トランジスタコンピュータだが……。一応完成はしてるんだよね。まだ値段が高くて、魔王軍主要基地にしか置けないけど。
本来は軍艦に搭載して、艦砲の弾道計算に使いたいんだが。そう言えば、魔道軍団からトランジスタコンピュータの優先的使用願いが来てたな。何々……。
「ほう、新魔法の開発や、以前からある魔法の改良に、コンピュータを使いたいって言って来てる……。
うん、そうだよ! こう言うのを待ってたんだ! 大丈夫、コンピュータの使用予定は空いてるな。許可、と」
「待ってたって、どう言うこと?」
「いや、魔王軍の高度科学技術は基本的に、わたしの知識のコピーでしか無いからね。でもそれで充分な成果が出せてしまっているから、そこから更に踏み込んで新しい物を創ろうと言う発想、創意工夫が出てこなかった。その事を危惧していたのさ。
まあ、わたしが与えた知識を使いこなすだけで、あっぷあっぷしてる現状だと、難しいのも理解してはいるんだけどね」
さすが魔道軍団は、魔王軍で一番のインテリ集団だ。その内単に研究の補助にコンピュータを使うだけじゃなく、電子技術と魔法の融合なんてのも考え付いてくれるかも知れない。いや、その研究わたしがやってみたい気もするけれど、忙しくて余裕が全く無い。
ここでアオイがわたしに声をかけてくる。
「そろそろ丁度良い時間。ミズホも学校から戻って来るはずだし、一休みしてお茶の時間にする方がいい。その方が能率上がると思う」
「そうだね。じゃあ一時休憩だな。今日のお茶請けは……。昨日作って置いたプリンがあるな。数も、ええとわたしとアオイ、ミズホを含めて9人分……。うん、足りるな」
わたしの言葉に、文官たちが色めき立つ。
「え!魔王様のプリンが!?」
「おお、それは!」
「素晴らしい!」
「生クリームは乗ってるのかな!?」
「あ、親衛隊長殿!お茶の準備、手伝います!」
「わたしも手伝います!」
……なんと言うか、わたしが作った菓子は文官たちにも大人気だ。美味い物に、国境というか異世界間の壁すらも無いのだろう。わたしは冷蔵庫から冷やしておいたプリンを取り出す。
と、司令室の扉の外に、わたしは2人の気配を感じた。わたしは予定数から1個余計にプリンを出すと、アオイに向かって言う。
「あー、アオイ。お茶、1人分追加してくれるかな?」
「了解。誰?」
「たぶんザウエル」
ここで執務机の上の内線電話が、インターホンモードで鳴る。わたしはそのスイッチを入れた。
「あー、ミズホとザウエルだね?」
『あ、はい! なんで分かったんですか!? ……じゃない、親衛隊副長ミズホ、入室許可、願います!』
『同じく大魔導師ザウエル、入室許可願います。親衛隊副長殿、魔王様相手なんですから、このぐらいで驚いていては駄目ですよ』
「……オホン。入室を許可する。入りなさい。ちょうどお茶の支度をしてたところだから」
扉を開いて、ミズホとザウエルが入室してくる。2人はわたしたちに敬礼をした。わたしたちも答礼をする。
ミズホはともかく、ザウエルの用事は何だろうか。急いでいたり慌てていたりする様子は無いので、別に緊急事態では無いと思うのだが。まあとりあえず、まずはお茶にしようか。
とうとうやっとの事で、アーカル大陸を魔王軍のものにしました。いやあ、長かった……?いや、魔王様出現から、数年しか経ってないんですがね(笑)。そろそろ人類種族国家群にも、今代の魔王様が先代魔王などよりもずっとずっと手ごわく恐るべき存在だと言うのが分かる頃合いでしょうか。




