第61話 一山越えて
勇者ミズホのパーティーメンバーを殲滅した日の夜の事である。魔王軍本部基地司令室にて、わたしはアオイを待っていた。やがて出入り口の扉の前に、アオイの気配が感じられる。執務机の上の内線電話が、インターホンモードで鳴った。
「……アオイだね?」
『うん、魔王様。親衛隊長アオイ、入ります』
「どうぞ」
敬礼をして部屋に入って来たアオイに、わたしは答礼をした。わたしは彼女に、保護した勇者について訊ねる。
「勇者……。いや、ミズホ君の具合はどうかな?」
「今さっき、ようやく眠った。随分消耗、憔悴してたけど、それについては大丈夫。医者と看護師呼んで、点滴打ってもらってるから」
「そうか……。立ち直れそうかな?」
アオイは力強く頷く。
「きっと大丈夫。最初はたぶんきっと、怨みが彼女を支えてくれると思う。一緒に『リューム・ナアド神聖国』を滅ぼそうって言ったら、泣きながら頷いてたから」
「そうか。……急がないと、なあ。アーカル大陸をバルゾラ大陸同様に策源地にできないと、広大なコンザウ大陸は攻められない」
わたしは机上にある大量の書類を眺めつつ言う。ここでアオイが、ある事を訊ねて来る。
「……そう言えば、ミズホたちが乗って来た帆船はどうなったの?」
「ああ、ちょっと悩んだんだけどね。ミズホ君を殺そうとしてたのは、あの3人だけみたいだったし、帆船の船員は無実っぽかったから。だけど『リューム・ナアド神聖国』の軍人らしかったからねえ。鉄之丞に任せてしまったよ。
ただし、後でミズホ君に出くわして彼女の心の傷になっても何だから、不死怪物にはさせなかった。船も幽霊船にさせなかったし。船も船員も、そのまま沖へ持ってって、海底に沈めさせたよ。今頃は漁礁と魚の餌さ」
「わかった」
アオイがお茶を淹れてくれる。わたしはそれを何時ものごとくガブ飲みし、ひと息吐いた。
「……ほんとに、急がなくちゃなあ。だけどどれだけ急いでも、アーカル大陸の開発には数年かかりそうだよ……」
「侵略戦争は、互角とか、有利とか、それじゃ駄目だものね。赤子の手を捻るレベルで、楽勝の戦いじゃないと」
「うん。まあ味方将兵に油断が広がるのは困るけれど、理想はそうなんだよね。そのためには、アーカル大陸を策源地として完成させて、軍の装備も完璧にして、将兵の訓練も完全にしてしまわないと」
ほんと。戦記物小説とかで、互角の戦いを繰り広げたり、あるいは不利なのを作戦とか策とか指揮とか英雄的な行いでなんとかひっくり返すのは、わくわくするけどさ。実際の戦争だったら、味方に被害は出ない方がいい。圧倒的、と言う言葉でさえも生ぬるい。
絶対的な差……。そう、アオイが口走った様な、赤子の手を捻る様な戦いが望ましい。その上で、決して油断をしない。文字通り、イージーモードで更にチートコードでも使う様な感覚で、この『世界』を平らげてしまわなきゃな。
自分の顔を掌で叩いて気合を入れ、わたしは執務机に向き直る。
「さあて!仕事、頑張るか!ああ、アオイはミズホ君に付いててあげてくれるかい?一人にしておくのは、まだ不安だからね」
「了解。そっちは任せて」
アオイは再度敬礼をし、部屋を退出する。わたしは答礼をした後、大量の書類を相手に戦い始めた。この書類の一通一通が、楽勝な戦いを支えるための大黒柱なのだ。決して、おろそかにはできない。
わたしは黙々と、ひたすらに書類仕事を続けた。少しでも早く、アオイとミズホ君が怨みを晴らせる日が来ることを願いつつ。道程は、まだまだ先が長かった。
なんとか一山越えましたが、まだまだ先は長いです。魔王様、今日も書類と格闘します。まあでも、少しずつでも人材も育ってきている……ハズ、です。徐々に状況は好転しているハズ……。




