第60話 勇者ミズホを救え
『わたし』の消滅直後、わたしの視界は、今まで消さずに空を飛ばしていた使い魔の鳩からの視点へと移った。勇者ミズホは茫然と、『わたし』が消えた後に残った黒の長衣を見つめている。黒の長衣の上には、聖剣が墓標の様に突き立っていた。
わたしは思わず舌打ちをした。そっちじゃない。『わたし』が残した盾の表面を見るんだ。しかたない、念話を使おう。
『鏡の盾を見るんだ』
「え……? ……!!」
勇者ミズホは、慌ててその場から横っ飛びに逃げた。そして今まで彼女がいたその場所を、鋭い剣先が突き抜けて行く。戦士ジャンの、必殺の突き技だった。戦士ジャンは、にやにやと笑いつつ言う。
「……なんでわかった?」
「鏡の盾に、映ってた……。それよりも、それよりなんで!? なんであたしを殺そうとするの!?」
魔道士エセルバートが、淡々とした口調で勇者ミズホに答える。
「魔王の言った通りなんですよ。『人類国家』は、信頼に値しないんです。我々は家族を人質に取られてましてね。まあそれだけでなく、飴と鞭と言いましょうか。報酬もたっぷり与えられる予定ですが。
どうせ貴女を元の世界に返すことは不可能です。勇者召喚魔法陣は、国により改変されてるんですよ。勇者召喚の際に勇者に与えられる力を水増しするために……。魔王を確実に殺せるように、ね。で、その代わりに削られたのが、勇者を元の世界に返す機能です」
「!!」
愕然とする、勇者ミズホ。彼女の手は堅く握りしめられ、ふるふると震えている。魔道士エセルバートは、話を続けた。
「……だから国は、貴女が魔王ブレイドを倒したら隙を突いて貴女を殺すようにわたしたち3人に厳命してたんです。魔王を倒すほどの者が復讐に来れない様に、ね。
ちなみに先代勇者アオイも、元の世界には返ってません。直接手を下したのはジャンですし、わたしとディンクも彼女を見殺しにしましたよ」
「……赦してください。仕方が無いんです。仕方が無かったんです」
「そんな……。ひどい……。ひどい!! 帰して! あたしを帰してよ!!」
勇者ミズホが泣き叫ぶ。戦士ジャンはにやにやと笑い、魔道士エセルバートは能面の様な無表情で佇み、司祭ディンクは俯いてただ自己弁護に努める。戦士ジャンがおもむろに剣を構えた。魔道士エセルバートが、戦士ジャンに防御魔法と攻撃力強化魔法をかける。
勇者ミズホは一瞬呆けていたが、はっと気づき聖剣を手にしようとする。だが聖剣が突き立っている場所と彼女の間に、司祭ディンクが鎚矛と盾を構えて割り込んだ。戦士ジャンは嫌らしく笑って言う。
「聖剣も無しで、その上体力も限界に近いだろ?しかもこっちにゃ司祭と魔道士の援護がある。まあ、できるだけ楽に殺してやるよ。それで勘弁してくれや」
「く……。死んで、死んでたまるもんですか!」
『そうね。死ぬには早いわ』
「「「「!?」」」」
虚空から響いた声に、その場にいた全員が驚く。特に勇者ミズホを殺そうとしていた3人の男たちの驚きは、尋常ではなかった。司祭ディンクが叫ぶ。
「そ、その声は!」
「久しぶりね、ディンク……。司祭とは、随分出世したね」
『パーフェクト・ハイド』の魔法を解いて、空間から滲み出る様に現れたのは、先代の勇者アオイであった。彼女は黒い剣身に刃だけが血の様に赤い片手半剣を右手で構え、左手には一枚の仮面を持っている。魔道士エセルバートが今までの超然とした態度を捨て、動揺した声で叫ぶ。
「ば、馬鹿な! 確かに死んだはずです! あの時に! 確かに!」
「虫の息だったけど、生きてたのよ。貴方も出世したのね、宮廷魔道士エセルバート……殿?」
「く、ならばもう1度あの世に送るまでだ! エセルバート! ディンク! 支援しろ!」
にやにや笑いを消して本気の臨戦態勢になる戦士ジャンに向かい、アオイは口元だけで笑って見せる。
「勝てると思ってるの? ジャン男爵様? 戦いぶりを見てたけど、たいして進歩してなかったじゃない。この4年間、何やってたの?」
「ぬかせ!こっちには魔法の支援があるんだ!」
『いや、アオイもわたしが支援するんだけどね』
「「「「!?」」」」
周囲一帯に響いた言葉に、再度3人組と勇者ミズホが驚く。アオイがくすくすと笑った。そして大地が揺れ、3人組と勇者ミズホの間に、地中から何者かが現れた。まあ、勿論わたしなんだけどね。
3人組が口々に叫ぶ。
「ば、馬鹿な! 聖剣に貫かれて生きているなんて!」
「神よ! そんな理不尽なことが!」
「う、嘘だろ!?」
「いや、聖剣に貫かれたのは、殺されること前提に創った特製の傀儡人形だから。『パペット』の魔法で操ってたんだよね。ちょっとばかり光属性に弱い様に調整もしてたし。
だけど本物のわたしならば……」
そう言って、わたしは司祭ディンクをちょいと突き飛ばして脇に除けて前に進み、『わたし』の滅びた跡に突き立っていた聖剣を手に取る。勇者か神官でなければ持ち運べないだけあって、バチバチと聖なる力の迸りが、わたしの手を焼き尽くそうと弾けた。
だがぶっちゃけた話、蚊に刺されたほどにも感じないんだよね。3人組は信じられないと言った表情だ。
「この程度の力しか無い聖剣じゃあ、本物のわたしを殺すのは無理だよ。ほら、見ての通りだ」
わたしは聖剣の剣身を掴み、握りつぶした。あっさりと砕け、粉々になる聖剣。おまけにわたしは、無詠唱で闇属性の魔力砲を発現させて、聖剣の残骸を集中砲火。聖剣は復活不可能なまでに完全消滅した。3人組の顔は、もう土気色だ。
そしてわたしはおもむろに、アオイへ防御魔法と攻撃力強化の魔法、更に加速魔法までかける。無論、無詠唱での行使だ。ついでに3人組には魔法破棄の魔法を、これまた無詠唱でかける。これで戦士ジャンにかかっていた支援魔法は打ち消された。
わたしはアオイに向かい、嗾ける様に言った。
「アオイ……。怨みの一端なりと晴らすといい」
「うん。ありがとう、魔王様」
アオイは左手に持っていた仮面を顔に被り、両手で剣を構えなおす。そして滑る様に駆け出すと、司祭ディンクの胴中央を輪切りにしてのけた。
司祭ディンクは……。正確にはその上半身は、横隔膜がやられたのだろう、叫ぶこともできずに地面に落ちる。切断面から大量の血を流したその身体は、わずかな間血泥の中でもがいた後、動かなくなった。アオイは呟く様に言う。
「少し楽に殺し過ぎたかな」
「ひっ!雷撃よ、わが掌に集い……」
「うるさいよ」
わたしは『サンダー・アロー』の魔法を唱えようとした魔道士エセルバートに対し、無詠唱で『マジック・シーリング』の魔法を行使した。これで魔道士エセルバートは魔力を封印されて、しばらくの間はただの人になってしまったわけである。
アオイは魔力を封印された魔道士エセルバートは放って置いて、戦士ジャンに向かう。戦士ジャンは必死でアオイの剣を自分の盾で受ける。だがその盾は、まるで豆腐の様に彼の左腕ごと斬り裂かれた。彼は叫ぶ。
「ぎゃあああぁぁぁっ!?」
「うるさい」
「うぎゃああぁぁっ!!」
返す刀で、アオイは戦士ジャンの右腕を斬り落とす。まあ刀じゃなく、片手半剣ではあるが。そしてその次には右脚を、そして左脚を斬り飛ばした。達磨になった戦士ジャンは、唯一動く首を激しく左右に振り、泣きわめいて命乞いをする。
「ひいいぃぃっ! す、すまねえ!悪かった! ああ、いや俺は悪くねえ! 悪いのは人質を取った国のお偉方なんだ! ゆ、赦してくれ! 頼む、命ばかりは!」
「大丈夫、そのうちそのお偉いさんも、きちんと我が国の軍隊があの世に送ってあげるから。アオイ、そろそろ楽にしてあげなさい」
「うん、魔王様」
「ひっ!」
アオイは戦士ジャンの首を刎ねた。高々と飛んだその首は、魔道士エセルバートの足元に落ちる。魔道士エセルバートは、後ろを向いて逃げ出そうとした。だがわたしが新たに創り出したクレイゴーレムの手が、地面の中から彼の足首を掴んで放さない。
「あ、ああ! 嫌だ! 嫌だああぁぁ!!」
「まあ因果応報と言うことで。……あ!?」
ふと見ると、勇者ミズホが『わたし』が使っていた剣を大地から抜いて、それを両手で構えていた。わたしにとっての片手半剣であるその剣は、彼女の体格からすると両手持ちの大剣よりも大きくなってしまい、両手で持ってもまともに扱う事はできそうにない。
だが彼女はふらつきながらも、必死でその剣を構えていた。
「……勇者ミズホ、どうするつもりかね?」
「……」
勇者ミズホは答えない。だがその目的は、剣の切っ先が向いている方向ではっきりと判っていた。彼女は駆け出す。
「ぎゃああぁぁっ!!」
「……死んじゃえ! あんたなんか、死んじゃえッ!!」
「あ……」
「やれやれ、1人取られてしまったね」
勇者ミズホの持った剣は、魔道士エセルバートの胴体のど真ん中を貫いていた。即死はしていない。しかし完全に致命傷であり、癒しの魔法なり魔道の術法なりが無ければ、彼は助からないであろう。魔道士エセルバートは血を吐きながら、必死で言葉を発する。
「た、助け……。ぐふっ……。て……」
「とどめなんか、刺してやらない! 苦しんで、死んじゃえ!」
「あ……。ぐ……」
わたしはアオイに視線を向ける。アオイは頷く。わたしは『取り寄せ』の術法で、洗濯したばかりのハンカチを召喚。そしてわたしは、滂沱と涙を流す勇者ミズホに歩み寄り、声をかけた。
「君がそんなに苦しむ必要はないだろう。そんな奴のために」
「う……。うぐっ……。ひくっ……」
「これで涙を拭きなさい」
わたしはハンカチを手渡してやった。彼女の手から剣が落ちる。その彼女を、アオイがそっと抱きしめた。彼女はぼろぼろと大粒の涙を流し続ける。彼女の手の中で、握りしめられたハンカチがクシャクシャになった。
わたしは瀕死の魔道士エセルバートへ近寄ると、言った。
「……とどめ、刺すよ。ああ、いや。情けなんかじゃあ、ない。こう言った輩は、うっかりとどめ刺さないで置くと万が一に生き残ったりするんだ。そうしたら、ひどく厄介だからね。殺せるときに、殺しておく方がいいのさ」
「……」
「うん」
勇者ミズホは無言で、アオイは言葉に出して、両者とも頷く。わたしは魔道士エセルバートの頭へ、わたしの額にある生体レーザー砲から発射した高出力レーザーを叩き込んだ。
勇者ミズホのパーティーを倒し、勇者ミズホを救出することに成功いたしました。アオイの復讐も、とりあえず一歩前進です。




