第52話 魔竜と竜
『ヴァルタール帝国』元首都であった都市、リビ・ヴァルタールの郊外で、わたしは1体の巨大な竜の屍を検分していた。わたしの傍らには、アオイの他はオルトラムゥが居る。
「これが『ヴァルタール帝国』の守護竜、ハルカアルか。オルトラムゥとほぼ同じ体格だね。実力も近かったんじゃないかな」
「まあ、確かに。だが俺は先代魔竜将の時代よりずっと戦いの場に身を置いており、更には魔王様の考案した訓練も受けている。それに比べ、ハルカアルは自身の竜騎士を老衰で喪ってからは戦場に出る事も無く、安穏とした暮らしをしておったらしい。その差は大きかったぞ。基本的な能力格差はさほど無かったが、な」
「そうか……。うーん、この屍、持って帰れないかなあ」
わたしの言葉に、オルトラムゥは一瞬驚く。
「何!?魔王様、これを持って帰ってどうするつもりだ……。って、竜の鱗や骨などは武具の素材として珍重されているんだったな。ひと財産には違いない……。
されど俺としては、好敵手の遺骸だからな。できるならば、死者を辱める真似は避けたいところだが……。ううむ」
「あ、やっぱりか。じゃあ諦めるか……。いや、武具の素材じゃなしに、ドラゴンゾンビにして鉄之丞への土産にしたかったんだけどね」
「あ、そう言えば魔王様、鉄之丞は怨霊だから武具や魔道具の類は下賜しても意味ないって、困ってたもんね。そんな鉄之丞が珍しく欲しがってたのが、大型竜のドラゴンゾンビだもんね」
「ちょ、ま、待った!」
わたしとアオイの言葉に、オルトラムゥが慌てる。わたしは彼を宥めた。
「まあまあ、だから諦めると言っただろうにさ。鉄之丞には、何か別の物考えるとするよ」
「そ、そうか」
「しかし、だとするとコレの処理はどうするかね」
「たぶん竜にも我ら魔竜と同じく、『竜の墓場』が存在すると思うんだが。送れるものならばそこに送りたいが」
と、ここでわたしの感覚に引っ掛かる物があった。わたしはそちらを見遣る。
「あれ?あれは竜、かな?」
「こちらの軍が駐屯しているこの地域に、竜? 魔竜じゃなしに?」
「鞍を背中に載せてるから、竜騎士の竜だと思う。竜騎士は乗ってないけどね。なかなかの速度だなあ。普通の竜はあれだけの速度は出せないぞ?間違いなく加速魔法を使ってるね」
わたしとアオイが話している間にも、その竜はぐんぐんと接近して来る。味方の魔竜が気付き、迎撃に緊急出撃するが、こちらの魔竜の攻撃はひらりひらりと躱され、逆撃を受けて脱落してしまう。オルトラムゥが苛立たしげに叫ぶ。
「ええい! 魔王様の前で、何を無様な真似を!」
「あー、個体としての力量が段違いっぽい。あまり責めない様に。それより致命的な被害が出る前に、迎撃部隊を退かせてくれ。いざとなったら、わたしが相手をするから」
「は……。いや、その前に俺に奴の相手を命じてくれ、魔王様。いいところ無しでは、魔竜軍団の看板に傷が付く」
「あー、うん。わかった」
そうこうしている間に、その竜はこちらへ辿り着く。周囲はオルトラムゥの念話で1歩退いた状態で、多数の魔竜が囲っている。
「ありゃ? あの竜、もしかして竜騎士団長エリオット・ダン・フェアファクスの乗竜、ティクタウラか?」
「知っているのか、魔王様?」
「ハルカアルしか眼中に無かったのかも知れないが、敵の事ぐらい調べておけって……。ハルカアルの子か孫ではないかと言う噂のある、強力な竜だぞ?」
その竜、ティクタウラは悲痛な声で叫ぶ。
「ああ、お父様! さぞやご無念でありましたでしょう! お父様のご遺骸は、力及ばずとも妾がお守りいたしますわ!」
「あ、娘だったんだ」
アオイがポツリと言葉を漏らす。ティクタウラはこちらを睨みつけると、朗々と言い放った。
「お父様のご遺骸を汚そうとする者は、妾の……このティクタウラの怒りを逃れられぬものと思え! これでも……くらうが良いわっ!!」
ティクタウラは口から吐炎を発射した。が、その吐炎はオルトラムゥが吐いた吐炎に押し戻され、相殺することもかなわずに押し切られる。その威力の余剰分が、ティクタウラの身体を焼いた。ティクタウラは転げまわる。ちなみに転げまわった時に、その背中に括り付けられていた鞍が焼け落ちた。
「きゃああぁぁっ!? 熱っ!! 熱い!! あっちいいぃぃ!!」
「おー、転がる転がる。なんだ結構愉快な奴ではないか」
「さすがに並の魔竜を一蹴できても、オルトラムゥには逆に一蹴されるか」
「なんか、こっちが苛めてる気分」
転がりまわるティクタウラは、やがてハルカアルの遺骸に衝突して動きを止める。オルトラムゥが重々しい足音を立てて1歩前に出ると、ティクタウラはびくりと身体を振るわせて慌てて立ち上がり、必死にこちらを威嚇して来た。だがわたし、アオイ、オルトラムゥと、こちらの主要人員にはその程度で恐れる者はいない。
わたしはあきれた様子を口調に滲ませ、ティクタウラに語り掛ける。
「あー、ハルカアルの遺骸を引き取ってくれると言うならば、こちらとしては手を出す気は無いぞ。無論、後々戦場で遭ったときは全力で討たせてもらうが」
「な、何!?嘘を申すでないわ!竜の遺骸は人や魔物に取って垂涎の……」
「ああ、わたしも部下に褒賞として下げ渡そうかと思っていたがね。こちらの魔竜将オルトラムゥに感謝するが良い。この者は好敵手の遺骸が辱められるのは耐えがたし、としてわたしに諫言したのだよ。わたしもそれを受け入れた」
ティクタウラはその言葉に、眼を見開く。彼女はどこかビクついた雰囲気で、わたしに訊ねて来る。
「き、貴殿はもしや……。彼の名高き魔竜将オルトラムゥより諫言を受ける立場であるからには……」
「あー、名高いとか言われると、背中が痒くなってくるな。その通りだ。こちらのお方が、俺の主である魔王ブレイド・JOKER陛下だ」
オルトラムゥの言葉に、口をあんぐりと開けて呆けるティクタウラ。わたしはその彼女に、ちょっとばかり質問をしてみる。
「貴女は『ヴァルタール帝国』竜騎士団長エリオット=ダン=フェアファクスの乗竜であったと思ったのだがね。何故に竜騎士団長を乗せておらぬのだ?」
「え、あ?ああ……。あ奴は皇帝陛下をお守りせねばならぬとか言うて、逃げよった。一時は盟約に従いそれに従うたが、あ奴らはこのアーカル大陸を捨てて逃げ出そうとしよった。お父様のご遺骸を奪還しようともせずに、の。まだ戦っておる臣下もおるのに。
それで妾は愛想が尽きた。で、奴とは袂を別ったのじゃ。妾はしばしここより離れた谷に身を潜めておったが、このままではお父様のご遺骸が汚されんとも限らぬと意を決し、出て参った次第」
「そうか。ならばハルカアルの遺骸を持って行くがいい。場所は知らぬが、『竜の墓場』があるのであろう?」
「!?」
驚くティクタウラ。だが彼女はすぐさま我に戻り、頭を下げる。
「礼を言う。ではお父様のご遺骸は、持っていく。では……!!」
そしてティクタウラは後脚でハルカアルの遺骸を掴み上げ……ようとして、バタバタと翼を羽ばたかせるが、一向に持ち上がらない。流石に竜の翼の魔力でも、1.5倍近い体格差があると無茶の様だ。
彼女はしばし休み、また翼を羽ばたかせ、またしばし休み、また羽ばたかせるのを繰り返す。全長40m強のハルカアルの遺骸は、ようやく3mは移動した。
アオイが小さく呟く。
「日が暮れる。と言うか、無茶もいいところ」
「あー、オルトラムゥ……」
「うむ、分かった」
オルトラムゥが前に進み出た。彼はへばってしまったティクタウラに、優しく語り掛ける。
「なあ、それではどう頑張ってもハルカアルの遺骸を持っていくことはできんぞ。それに持って行けたとしても、他の者に目撃されて『竜の墓場』の位置を教えることになりかねん」
「な、ならばどうせよと!」
「俺がハルカアルを『竜の墓場』まで連れて行く」
「え!?」
オルトラムゥはティクタウラをそっと押し退け、同じ様に後脚でハルカアルの遺骸を掴み上げると、ひとつ羽ばたいた。あれほど持ち上がらなかったハルカアルの遺骸が、軽々と持ち上がる。
「お前たちの『竜の墓場』の位置は、誰にも教えないことを我が名において誓おう。それが正々堂々と全力を振り絞り、正面から雌雄を決した好敵手ハルカアルへの礼儀でもある。さ、案内せい」
「わたしも『竜の墓場』についてはオルトラムゥに訊ねる事はしない。魔王の名において誓う」
「……!!重ね重ね、まっこと……」
「「ああ、良い良い」」
わたしとオルトラムゥの声が重なる。ティクタウラは1回旋回すると、先に立って飛び始めた。その後をオルトラムゥが追う。
「では魔王様、行って来る」
「あ、いや帰って来る頃には、わたしと親衛隊長はバルゾラ大陸へ戻っておると思う」
「そうか、ではまたな。魔王様」
「うむ、またな」
ティクタウラとオルトラムゥは、あっという間に姿を消した。わたしとアオイはリビ・ヴァルタールへと一度戻り、ガウルグルクに顔を見せてから『ロングレンジ・テレポート』でアーカル大陸の拠点であるヴェード基地へ行って、そこにある『ゲート』の魔法陣でバルゾラ大陸の魔王軍本部基地に戻ることになる。
「やれやれ、大騒ぎだったな」
「でも、なんかあの竜、間が抜けてた」
「それは否定できないね」
わたしたちは踵を返し、歩き始めた。
強いは強いけれど、ちょっとお間抜けな雌竜ティクタウラ。彼女はここだけのキャラにするにはちょっと惜しい気もしますねー。と言いますか、旧版「召喚魔王様がんばる」では実は……。




