第50話 科学技術の暗黒面
わたしの工房は、以前のそれに比してとてつもないレベルにまで拡張されている。もはや工房と言うよりは、研究所とでも言った方がいいのではないだろうか。此度、その工房に新しい施設が追加された。
「……うん。いい出来栄えだな。これならば、初期型ならば充分に創造できるはずだ」
「魔王様……。何を創るの?ここ、工房って言うよりは病院、と言うか手術室っぽい」
「ですねえ。おや、これは?重要な魔物たちの治療に使ったことのある、薬液槽ですね?」
『それがしには、あまりに高度すぎて訳が分からぬ物だらけでござるな……』
アオイ、ザウエル、鉄之丞が口々に言う。わたしは彼らの疑問に答えた。
「まあ、ここが手術室ってのは間違ってないよ。ちなみにその薬液槽は、正式には調整培養槽と言う。『仕上げ』を行うには、それがあった方が楽なのでね。
……ここはね。改造人間を創るための施設なのさ」
「「『改造人間!?』」」
わたしは笑いながら言葉を紡ぐ。
「くくく、今後広大なコンザウ大陸を支配するには、人的資源が……。特に、支配者階級としての知恵のある魔物が足りなすぎる。そこでこちらを絶対に裏切らない戦力として、脳改造を施した改造人間を創ろうかと思ってね。
まあ判断力や知能が若干低下するのは避けられないけど、それでも一応指揮官クラスとしては使えるだろうレベルは保てると思う。たぶん。きっと。おそらく。だといいなー。本当なら、高度な特殊な洗脳が行えるなら、そちらの方がいいんだけど。そう言った洗脳はまだ手間がかかり過ぎるからなあ……。」
そう言いながら、わたしは調整培養槽の表面を撫でる。そう、改造人間を創造する事がかなうならば……。
「で、今現在下位の指揮官クラスの任務にやむを得ず充てている巨鬼族やら魔族やらを引き抜いて、代わりにここで創造した改造人間を充当する。引き抜いた者たちは、もっと高い地位に就ける。
あとは特に優秀な素体は、脳改造ではなく先ほど言及した様な、徹底した高度な洗脳を施して、知能とかの低下を防止した上での改造を行おうかとも思っているんだ。そう言った者は、上位の魔物と同等に扱おうかと思っている。
と、まあそんな事を考えているわけだけどね」
「改造元になる、素体の人間はどこで調達するつもりなの?」
「とりあえずは、アーカル大陸で抵抗運動に参加してた奴らの生き残りを使おうと思う。一応捕らえて、裁判で死刑が確定してるけど、死刑執行を一時とめさせてる。無論、改造したあとは表向きは死刑にしたことにするけどね。
数日中に『ゲート』の魔法陣で、使えそうな奴らが2~3人送られてくる予定になってる」
ここでザウエルが口を挟む。
「魔王様、でしたら解放奴隷のうちの3分の1、先代魔王ゾーラムによって捕虜にされたり攫われてきた者たちも使われてはいかがですか?彼奴らの大部分は魔物に対する恨みが深すぎて、先代魔王の時代とは違うと何度言っても、反抗的な態度を崩そうとしません。
それに先頃ご報告した通り、彼奴らは自分たちの居留地において、魔王様に対する大規模な反乱を計画していました。計画は潰して、首謀者含む参加者は全員捕らえましたが」
「そうだね。捕らえた者たちは、どうせ死刑にするしか無いからね。そいつらは素体に使おう。ただ、残りの者たちはこちらに不満は持っていても、実力行使には出なかったからねえ……。
よし、この際だ。残りの者たちはアーカル大陸で鹵獲した旧式の帆船を使い、コンザウ大陸へ放逐しよう。どうせ旧式の船は、我々は使わないし。船乗りたちの中にも、我々の支配下にいるのが不満な者は多い。大手を振って逃げ出せるとあれば、こちらの話を受けるだろう」
「甘すぎませんか?」
「別にいいさ」
どうせコンザウ大陸では、わざわざ魔王が送り返して来たと言う事で、色眼鏡で見られることになるだろうし。それにこのバルゾラ大陸の進んだ技術による楽な暮らしに、わずかとは言え触れた彼らが、コンザウ大陸の中世ファンタジー世界レベルの暮らしに耐えられるものなら耐えてみるがいいだろう。
第一、改造人間の素体はまだそれほどの数は要らない。改造手術をできるのがわたししかいないんだ。医者の育成は進んでいるから、それらが立派に育ってから改造手術手順を教え込んでやろう。
改造人間の大量生産は、準備が整ってからだ。まあ、コンザウ大陸に進軍するまでには、どうにかなるさ。たぶん。おそらく。きっと。だといいなー。……ここでわたしは、アオイが改造手術台を力のこもった目で見つめているのに気付く。
「……どうしたかね?」
「ん……。わたしも改造人間になれないかな、と思って」
「……あんまり良い物でもないよ?わたしが言うのもどうかと思うけどさ」
わたしの言葉に、それでもアオイはその意見を変えない。その瞳は、力に対する渇望に満ちていた。
「わたしはまだまだ力不足だと思う。改造人間になれば、もっと強くなれるんでしょう?」
「……あー、意思が固いのはわかった。だけど、しばらく……数年待ってくれるかい?今の機材、今の設備じゃあ、初期型の改造人間しか創れないよ。アオイなら、普通に訓練した方が強くなれる。初期型じゃあ、能力の上限も低いからね」
「……うん、わかった。だけどいつかはお願いしたい」
アオイの復讐への想いは分かっていたつもりだけれど、これほどまでに力を求めていたとは。まあ、毒食らわば皿まで、だ。彼女に協力すると約束したからな。改造プランを今の内から練り始めておくとしようか。
……わたしも、自分自身をもっと強化しようかな?加速魔法は使えるけど、あれはわたしからすれば効果が若干物足りない。加速装置、いや生体器官で実現するつもりだから加速器官か。それを自分の身体に埋め込んでみようかな。まあ、それは将来的な話だ。もっと設備や機材を整えてからじゃないと。
「……魔王様のあの目、何か企んでる目ですね。変な方向に暴走しないと良いのですけれど」
『まあ、大丈夫ではござらぬか?大魔導師殿。それがしには魔王様の思惑は計り知れぬが、我らに取って悪いことではあるまいて』
「いえ、悪いことになりかねないから言ってるんです。魔王様には、色々と優先してやってもらわなければならない事が多いんですよ。暴走されると、そちらが後回しになります」
まあ、ザウエルの言う通りかも知れない。今日のところは溜まってる仕事を片付けるとしよう。わたしは踵を返し、司令室へと急いだ。
そして記念すべき新生魔王軍謹製の改造人間1号が完成した。その名もデスト・ローカスト1号。蝗の改造人間だ。ちゃんと脳改造も完了している。これはわたしの補助頭脳に記録されている、秘密結社『ジョーカー』の初期型改造人間の内では、そこそこ強力なタイプだ。ただし人間型への変身機能は無い。
デスト・ローカスト1号は調整培養槽から解き放たれると、わたしとアオイに向かい平伏して見せる。わたしはデスト・ローカスト1号に向かい、告げた。
「うむ、楽にせよ。それと次からは必要も無しに平伏せずとも良い。新生魔王軍では敬礼が主流である」
「ははっ! 魔王様、ありがたき仰せにございます!」
「貴様の立場は、魔王軍の下級士官だ。上官の命をよく聞き、任務に励め。貴様の頭脳にインストールしてある軍規に則って行動せよ」
「はっ!」
うん、しっかりと完璧に、完膚なきまでに忠実だ。改造前はあれほど反抗的だったと言うのに。
「では勤務場所に赴くが良い。貴様は新生魔王軍にて改造人間を運用する上でのテストケースだ。くれぐれも無様は晒すな」
「はっ! ご期待に沿える様、鋭意努力いたします!」
デスト・ローカスト1号は見事な敬礼をする。わたしとアオイが答礼すると、デスト・ローカスト1号は去って行った。わたしはアオイに向き直る。
「どうかな?」
「うん、そこそこいけると思う。並の巨鬼族程度には強そう。あれなら豚鬼や人食い鬼への抑えとしても期待できる」
「さて、他には蜘蛛型とか百足型とか、使えそうな改造人間のタイプは虫型が多いね。一風変わったのとしては蜻蛉型とかもあるけれど、飛べる割に格闘能力にも長けてるんだよね。でもちょっと改造が難しい」
「……前から思ってたけど、魔王様は何型の改造人間なの?」
「いやわたしは……。機能優先で色々付け加えたから、何型ってのは無いんだ。ぶっちゃけた話、原型不明だね。ダーク・JACK博士と『JOKER』科学陣が暴走してねえ……。
裏切り者の脱走者、シャイニング・ACEを超越する、超ウルトラわんだふりゃな改造人間を創ろうって……。なんか、大元の元々は、何かしら爬虫類系だったらしいんだけれど」
わたしはこめかみを爪でガリガリ引っ掻く。ダーク・JACK博士は尊敬しているが、この暴走し過ぎにはちょっと頭が痛かった。いや、補助頭脳の奥底にあったわたしの改造記録をチェックしてたら、当初の改造案の5.5倍の予算を注ぎ込んでたのを発見したんだ。
自分で組織を運営する側になるとねえ……。さすがにコレは……。
さて、もう1~2体デスト・ローカストを創るとしようか。それと蜘蛛型、百足型、蟻型等々も同じだけ創らないと。同一タイプを3体前後ずつ揃えて評価試験をするとしよう。
「魔王様、はいこれ」
「ん、ありがとう」
アオイが改造の候補者リストを手渡してくれる。わたしはそれを受け取って、2番目の候補者を選び始めた。
ときどき黒いところも入れないと。魔王様は、正義の味方では無いのです。魔王様らしいところを見せないといけません。え?魔王っぽいと言うより、世界制覇と狙う悪の秘密結社っぽい?それならよりいっそう良いですな!




