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第42話 戦線の状況と初期占領地

 蜥蜴人たちをわたしの傘下に収めてから、2か月余りが経過した。この2か月と少々で最大の変化はと言えば、ついにアーカル大陸で『タートム連合国』を陥落させたことだろう。


 もっとも『タートム連合国』は多数の都市国家の連合体であるため、一気にすべてを潰すわけにもいかずに多少手間取った。そのためその幾つかについては、王族などを『ヴァルタール帝国』へと逃がしてしまったが。


 これにてアーカル大陸における進軍は一時停止し、現在の占領地を宣撫、復興発展させる仕事に取り掛かることになる。と同時に、『ヴァルタール帝国』に対しては魔道軍団の工作員を用いての謀略戦を仕掛ける予定だ。謀略戦と言っても、占領地の統治の実態をそのまま流すだけなのだが。


 アーカル大陸の占領地については、今後1年間税金を免除する。更に免税期間が終わった後も、占領以前よりも税金を安くするのだ。


 その上で、今現在バルゾラ大陸で行われている様々な政策……。進んだ行政サービスを、進んだ文化の産物を、進んだ科学技術による恩恵を、アーカル大陸においても提供するのである。


 一方『ヴァルタール帝国』においてはどうか。新生魔王軍からの外圧により、間違いなく一般人の生活は圧迫を受けるであろう。増税しかり、徴兵しかり……。更に海路も魔竜軍団の海竜により、封鎖する予定であるから、『ヴァルタール帝国』の経済は疲弊の一路を辿ることになる。


 そんな状況下で、一般市民が外の状況を知るのである。彼らは『何故侵略された地域の方が、暮らしが楽なのだ?』と疑問に思うだろう。いや、そうなる様に魔道軍団の工作員を使って誘導もするつもりだ。


 『ヴァルタール帝国』政府は、一般人の生活が苦しい理由を魔王であるわたしと新生魔王軍に擦り付けるに違いない。だがそれで何時まで民の不満を逸らしていられることやら。


 そうなったら、しめた物。屋台骨がガタガタになった『ヴァルタール帝国』を乗っ取るのは、楽な作業だろう。それにその頃には、アーカル大陸の占領地経営は軌道に乗っているはずである。『ヴァルタール帝国』を攻める戦力を抜き出しても大丈夫だろう。


「……と、全部が全部上手く行くならいいんだけどねえ。困ったもんだ」


「何を悩んでるの?」


 アオイの言葉に、わたしは司令室の執務机の上に載っている書類の束を指さしてみせた。その書類は、アーカル大陸の占領地各地から送られてきた報告書である。問題なのは、その一番上に乗っている数枚だ。


「アーカル大陸の他の地域では、まだ上手く行ってるんだけど……。問題なのは初期占領地なんだ」


「初期占領地……。先代魔王の時代に得た占領地のことね?」


「そうなんだよ」


 アオイはわたしが座している横に来て、執務机の上の書類を手に取る。その眉が盛大に顰められた。


抵抗運動(レジスタンス)の動きが激しくなってる」


「先代魔王のデタラメな占領政策で痛めつけられてるからねえ……。いくら慰撫しても、税金免除しても、魔王とその配下だってだけでこちらを信用しないんだよ。そういう下地があるから、こうなる。

 魔王は魔王だけど、先代魔王とは全く方針違うのにさ。先代魔王のおかげで……。先代魔王、碌な事しないよ」


 司令室の執務机に覆いかぶさり、頭を抱えてわたしは愚痴を吐く。アオイがお茶とベイクドチーズケーキを用意してくれた。……チーズケーキ焼いたの、わたしだけどね。


 わたしはアオイに礼を言う。


「ああ、ありがとう」


「魔王様、だけどちょっと変。抵抗運動を活発化させるんだったら、侵攻軍が戦ってるうちの方が良かった気がするけど」


「それについては、ザウエルに調べてもらってるところだけどね。確かに裏がありそうだよね。

 あ、来たかな?アオイ、お茶とチーズケーキをもう1人分たのむよ」


「うん」


 机上の内線電話が、インターホンモードで鳴る。わたしは手を伸ばし、スピーカーのスイッチを入れた。


「誰だい?」


『魔王様、ザウエルです。アーカル大陸の抵抗運動について報告が纏まったので、参りました』


「ああ、入室を許可するよ。入ってくれ」


 ドアが開いて、ザウエルが入って来る。彼は敬礼をした。わたしとアオイも答礼を返す。と、ザウエルが鼻をピクリと動かした。


「……いい匂いがしますね」


「ああ、お茶をしてたんだよ。お茶請けはチーズケーキだが、嫌いじゃなかったよね」


「好物ですとも」


 ザウエルは嬉々として自分に用意されたチーズケーキとお茶を、アオイから受け取る。どうせだから、わたしとアオイも含め、3人で司令室の片隅に設置された応接セットへと移動した。


 チーズケーキをぱくつきながら、ザウエルは報告書の束を捲る。


「魔王様の仰った通り、アーカル大陸の抵抗運動の活発化には裏がありました。何のことは無い、『ヴァルタール帝国』の工作でした。船舶で物資や資金を援助し、転移魔法が使える魔道士で交渉し、抵抗運動を焚き付けていたんです」


「ああ、やっぱりか。こちらも色々やってるんだ。向こうが受け身なだけってわけは無いだろうとは思ってたんだよ。

 しかしわざわざ転移魔法の使い手を使うかね。人類種族には希少だろうに」


「念話だと、相手の姿が見えませんからね。微妙な交渉事には、やはり顔合わせが必要でしょう」


「そんなもんか」


 ここでアオイが疑問を呈する。


「今の時期なのは何故?」


「と言うか、『ヴァルタール帝国』が戦略方針を転換したのが、『タートム連合国』が陥落してからなんですよ。真正面から我々とやりあっても勝ち目は薄いと、防戦に徹して戦線の後背を現地住民の抵抗運動で脅かすことにしたんですね」


「ふむ。現地住民の側からすれば、まともな抵抗運動を行いたくとも武器などの物資が無かった、か。それがこの時期になってから『ヴァルタール帝国』から供給されたことで、活動を活発化させたわけだね」


「はい、その通りです」


 わたしはおもむろに頷くと、方針を決定する。


「では海竜による海上輸送路の封鎖を前倒しにして実施しようか。物資や資金が届かなくなれば、抵抗運動も立ち枯れるだろう。無論、占領軍による徹底した治安の維持も、これまで通り続けるけどね」


「それでいいと思う」


「僕も同意します。次の定例会議で、正式に決定しましょう」


 わたしは2人に頷くと、顔を上に向けて口を大きく開け、そこに茶を流し込む。何度も言うが、戦闘形態を常に取りっぱなしなわたしは、唇が無くて牙がむき出しであるため、ティーカップに口をつけて啜ることができないのである。人間形態になればいいのだろうが、長く戦闘形態でいたために億劫になったのだ。


 と、ふとアオイが何か思いついたように口を開く。


「あ、そう言えばさっき、念話や転移魔法の話題が出たよね。わたしも使いたい」


「え?親衛隊長殿、念話使えなかったんですか?攻撃魔法や防御魔法、回復魔法に飛行魔法とか使いこなせるのに?転移魔法は魔族でも使えない者がいるくらいですから、仕方ないにしても……」


「……たぶん念話系魔法に関しては、わざと教えなかったんだろうね。『リューム・ナアド神聖国』との念話連絡は、元パーティーメンバーの魔法使いがやっていたんだろう?その内容を、始末する予定の勇者に万一でも傍受されたくなかったんだろうさ。

 少なくとも念話に関しては、才能はあると思うよ。覚えてるかどうか分からないけど、君の発信した思念をわたしが受信したことがあるからね。あとで時間を取って、念話と転移魔法を教えてあげるよ。他にも便利そうな魔法を色々。

 ただし転移魔法については才能があるかどうか不明だから、期待し過ぎないようにね。失敗すると、地面の下や壁の中とかに出現する危険もある術だし」


「うん」


 その後わたしたちは、緊急の用件も無かったことであるし、とりあえずお茶とお菓子を楽しんだのである。だがその裏で人類種族による、とある企みが進行していた。最低限の警戒はしていたのだが、それでは足りなかった模様であった。


 その件でわたしはかなり、むかっ腹を立てる事になる。

 とりあえず、アーカル大陸の戦線はひとまず落ち着きました。ですが不穏な動きが出ている様です。はてさて、どう対処したものか。

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