第40話 鎧袖一触、更に戦略兵器
アオイを狙撃兵が狙っている。そのことに気付いたわたしは、彼女の肩にとまっている使い魔の烏を通じ、彼女に『矢返し』の術法をかけた。次の瞬間、アオイに向かって12本の太矢が飛ぶ。だがその太矢は、わたしがかけた魔道の術の効果によって、進行方向を180度転換する。
西瓜が潰される様な音を立てて、石弓を構えた射手12人の頭が貫かれた。脳漿が飛び散り、血飛沫が舞う。狙撃兵がばたばた斃れたことで、アオイはわたしの支援に気付いたのだろう。彼女は小さく礼を言った。
『ありがとう』
『ドウイタシマシテ、クワアァァ!』
使い魔の烏の口を通して喋ると、どうしても舌足らずな口調になってしまう。まあ別に、実用上問題は無いけれど。
アオイは今、敵軍の司令部を攻撃していた。敵指揮官はもはや蜥蜴人に構っていられず、必死で防戦を行わせている。だがどうしても、たった1人のアオイを止めることができない。
アオイは徒歩なのに馬よりも速く駆け、見た目子供なのに重装歩兵数人をまとめて叩き斬る膂力を見せる。魔法の腕も森妖精族の魔道士を凌駕し、魔法を無詠唱で多重発動してのける。
まさに一騎当千、勇者の本領発揮だった。相手が人類種族の軍勢だと言うのは、何の皮肉か。
『ふ、防げっ! 防げッ!!』
『化け物かっ! ただ1人でこの重囲を……! ぐわっ!!』
『た、助け……!』
前に立ちふさがった兵士を腰断し、参謀らしき士官の首を叩き落とし、アオイは敵の指揮官らしき騎士に肉迫した。軍馬に乗ったその騎士は、必死で剣を振るい、アオイの攻撃を防ごうとする。だがその努力は実らない。
アオイは高々と跳躍する。彼女の魔剣は、相手の剣ごと重鎧を着用した騎士を、頭から真っ二つに斬り裂いた。剣圧の余波が騎士の乗っていた馬を肉塊に変え、大地に深く長い亀裂を刻む。
ここで次席指揮官と思われる、指揮官の次ぐらいに立派な装いをした騎士が叫んだ。
『て、撤退だ! 一時撤退せよ! あんな化け物に勝てるか!』
その命令を聞き、敵軍は算を乱して敗走する。クレイゴーレムは、何体かは破壊されたもののまだ元気に暴れまわっていたし、その上蜥蜴人たちも勇気づけられて反撃に移った。
確かに勝算は低くなっただろうが、こうも簡単に撤退を選ぶと言う事は、やはりこちら側が陽動だったと言う事だろうか。まあどちらでも良い。
使い魔の視界の中で、だがアオイは残心を忘れずに敵兵の逃げ散った方角へと剣を構えていた。単に用心深いだけではないだろう。かつて先代魔王を倒した直後、それまでの仲間から不意打ちを受けた経験が、彼女の心に焼き付いているのだ。
わたしは使い魔の口を通じて、アオイに声をかける。
『ソロソロ戻ッテ来ナサイ、カアァァ……』
『わかった』
アオイは再度『フライト』の魔法を用いて、『ゲート』の魔法陣を設置してある大岩に向かって飛翔した。
わたしは『ゲート』魔法陣を設置した大岩の上で、アオイが戻って来るのを待っていた。ちなみに行くとき一緒だった細き指のベッデムは、後から部族と共に戻って来るらしい。
アオイは岩の上に降り立つと同時に、驚いた目でわたしを見る。
「どうし……どうなさったのです、その御姿は?」
「ん?くくく、敵の別働隊がいたのでな。とりあえず抹殺してきたのだ。この格好は、その返り血など色々で汚れてしまったのだよ」
周囲に蜥蜴人たちがいるので丁寧な口調になるアオイに合わせ、わたしも偉そうな口調で説明する。わたしは敵軍の返り血や付着した肉片などで、見るからに凄惨な有様だ。とりあえずわたしはアオイの肩にとまっていた使い魔の烏を呪符に戻す。
そしてわたしはアオイに、今度は小さな声で話しかけた。
「そっちも随分と酷い格好だね。だがおかげで、多くの蜥蜴人を無事に救出できたよ、ご苦労様。今返り血を洗うから、動かないようにね」
「ん」
わたしは『洗浄』の術法を、自らとアオイの両方にかける。わたしとアオイの身体と衣類、防具などは、あっという間に綺麗になった。そこへ、偵察に出していた残りの使い魔が戻って来る。わたしはそれらも呪符に戻した。
そしてわたしは、周囲の蜥蜴人たちに向かい、声を張り上げる。
「よし、転移を再開するぞ。皆の者、順番に魔法陣の前に並べ。先ほども言うた通りに10人ずつだ」
「ははっ! よし、まずはシャーガ部族の者の続きからだ。魔王様にご迷惑をかけないよう、急ぎ並ぶのだ!」
ジャハーが場を仕切る。わたしは『ゲート』の魔法陣を起動した。蜥蜴人が10人ずつ、魔法陣の上に展開された光球に飛び込んで行く。これまでに200人は送ったから、あと3,800と少しだ。と言う事は、あと380回ほど『ゲート』を再展開しなければならない。
まあそれだけ魔法陣の再起動を繰り返したところで、魔力的な消耗はたいしたことは無いどころか、以前にも触れた通りに自然回復量だけで充分賄えてしまう。ただし正直単純で単調な作業の繰り返しなので、魔力はともかく精神的にちょっと来るものがあるが。
延々単純作業を繰り返し、残る蜥蜴人はほんの数名となった。この頃には、カーランク部族の撤退のために殿を任せておいたクレイゴーレム部隊も、既に戻って来ている。
わたしはジャハーと大長であるソージャムを送る前に、クレイゴーレムの大群を『ゲート』に放り込む。いや、だってせっかく創ったクレイゴーレムを置いて行くのももったいないだろ。貧乏性と、言わば言え。
「さて、ソージャム、ジャハー。お前たちの番だ。行くが良い」
「魔王様、此度の御助力、まっこと有難く……」
「ソージャム、礼はまだ先に取って置くが良い。お前たちにはこれより新天地での生活が待っておるが、決して楽な事ばかりではあるまいて。新天地での暮らしが立派に成立し、安定したそのときこそ、我はその礼を受け取ろうぞ」
ソージャムは感涙に咽ぶ。
「嗚呼、なんと寛大なお言葉か!」
「ああ、もう良い、もう良い。さあ、行くが良い」
「大長、かえってご迷惑になる。急ぎ参りましょうぞ。それではバルキーゾ魔大陸、いえバルゾラ大陸にて、お帰りをお待ち申し上げております、魔王様」
ジャハーとソージャムが、『ゲート』に姿を消す。そして魔法陣の上から光球が消滅した。わたしは思い切り伸びをする。
「ん~!ようやく堅苦しい喋り方から解放されたよ。疲れたなあ」
「……そんなに疲れた?」
「うん。まあ、仕方ないけどね。魔王だし。さて魔法陣を始末して、わたしたちも帰ろうか」
そう、バルゾラ大陸の、新生魔王軍本部基地へ通じる『ゲート』を、今後人類領域になるであろうこの場に、そのまま残して行くわけにはいかない。完全に破棄しておく必要があった。
わたしはアオイを横抱きにして重力制御用翼を広げ、大空へと舞い上がった。そして充分な高度まで上昇した後、重力制御用翼を今度は別の目的に用いる。この能力を使うのは初めてなので、万が一にも失敗しない様に手順を口に出しながら、力を行使した。
「……マイクロブラックホール弾、規模最少にて精製。重力カタパルトレール、展開」
「え?……何か、とてつもなく物騒な台詞を聞いた気がする」
「いや、気のせいじゃないよ。……マイクロブラックホール弾、射出。電磁バリア、重力バリア、最大出力にて同時展開」
おまけにわたしは自分とアオイに、『耐衝撃防御』の魔道の術と、『シールド』の魔法を同時に行使した。極小規模のマイクロブラックホール弾は、『ゲート』の魔法陣を転写した大岩に着弾。大岩とその下の地面を抉り取りつつ、莫大なエネルギーを放出して蒸散する。
轟音と閃光……。まるで核爆発の様な光景が、その場に出現した。
「!!」
「……これで良し、と」
衝撃波と強烈な電磁波や放射線が我々を襲う。しかしバリアと魔法や魔道の防壁により、我々は傷ひとつ無い。放射線の影響も無い。
地表が波打ち、衝撃が円環状に周囲に広がって行くのが見える。着弾した中央部では、大地が裂けて地下のマグマ層に達した様だ。真っ赤に燃える灼熱の溶岩が、大地を侵食していった。
アオイは思わず息を飲む。
「……凄い威力」
「いや、まだ全力じゃないんだけどね。でもたぶん、もう使う事ないだろうな、マイクロブラックホール弾は。最弱まで威力を絞って、これだもの。いくらなんでも戦略兵器過ぎる。正直、予想以上だった。と言うか、予想外だった。
わたしは世界を滅ぼすつもりは、毛頭無いからね。説得力、無いかもしれないけど。……帰ろう」
「……うん」
わたしたちは帰途につく。目指すはバルゾラ大陸、新生魔王軍本部基地。わたしは大気圏内で可能なかぎりの速度を出して、飛翔した。
魔王様の最強攻撃、マイクロブラックホール砲です。あまりにヤバいので、今後はそうそう使う事は無いでしょう。だって最小威力にまで絞って使っても、この威力ですから。




