第38話 人類種族の急襲
ここは蜥蜴人の居住地中心部にある、巨岩の傍ら。居並ぶ各蜥蜴人部族の長の前で、ソージャムは一世一代の演説を行っていた。わたしとアオイは少し離れた場所で、それを眺めている。
ソージャムの声が、荒野に響き渡った。
「良いか! これよりわしら蜥蜴人は、古巣であるこの荒野を離れ、遥かバルキーゾ魔大陸に渡るのじゃ! それ以外に、我らが生きる術は無い!魔王様が、バルキーゾ魔大陸に新天地となる住み心地の良い荒野を用意してくださっておる! 我らはこれよりその新天地へと旅立つのじゃ!」
大勢の蜥蜴人たちの、動揺の声が聞こえた。ソージャムは、皆が静まるまで少々待って、話を再開する。
「確かにこの土地を人間族、森妖精族、土妖精族などの人類種族に渡すのは惜しい! いや、それどころか臓腑が煮えくり返るほど腹立たしい! なれど、皆の生命には代えられん! 生きていればこそ、生命あればこそ! 彼奴らにいつか思い知らせる日もやって来るじゃろう!
それ故、今は忍耐の時じゃ! 怒りを忘れてはならぬ! 悲しみを忘れてはならぬ! されど一時それを胸の奥に封じ、捲土重来を期して今はこの地を去るのじゃ! 新たなる故郷への門は、魔王様がわし率いるシャーガ部族の棲み処の中央にある、大岩の上に開いてくださった!」
そしてソージャムは、右手で大岩の方を指し示す。そこではアイドリング状態の門が、ぼんやりとした輝きを放っていた。
「我らはその門を通って、新たなる土地へと渡り、命を繋がねばならん! 生きよ!生きよ! 皆が死すれば、それはすなわち敗北ぞ! いつの日にか、怨敵に思い知らせてやるのじゃ! 今まで斃れた者たちのためにも!」
各部族の長は、神妙にその言葉を聞いていた。そして互いに顔を見合わせ、頷き合う。1人の長が一歩前に進み出て言葉を発する。
「我らは脱出に同意いたしましょう、大長。たしかにこの住み慣れた土地を捨てて逃げ出すのは苦痛でありますが……。なれど幼き子供らまで無残に殺される光景は、もう見たくはありませぬ。
そして脱出の術と新天地を与えてくださった魔王様に、心よりの感謝と忠誠を。わたしめはザラル部族の長、銀のとさかのジャイムと申します」
「わっしはトララ部族の長、長き尾のバルハルでごぜえますだ! 魔王様!」
「わちきはゴールラ部族の長、鋭き牙のデーデングで! 魔王様!」
「わたくしは……!」
「俺は……!」
次々に蜥蜴人の長たちが、わたしに向かい名乗りを上げて忠誠を誓う。内心ほっとしたわたしは、彼らに向かい言葉を紡ぐ。
「皆の忠誠、嬉しく思うぞ。ではこれより、我が用意させた『ゲート』をくぐり抜け、お前たちは新たなる土地へ向かうのだ。急ぎ民をこの場に集結させよ」
「「「「「「ははっ!!」」」」」」
各部族の長たちは、各々自分の部族への伝令を立てる。わたしはソージャムに指示を出した。
「ソージャムよ。他の部族の民が集まってくる前に、先にお前のシャーガ部族の民を『ゲート』で移動させるのだ。ただしお前自身は大長と言う立場故、ジャハーと共に最後まで残ってもらうぞ」
「ははっ! 仰せの通りに!」
ソージャムは、遠巻きに見ているシャーガ部族の蜥蜴人たちを集めて何やら説明していた。それを尻目に、わたしは魔法陣を敷設した大岩の上に戻り、『ゲート』の魔法陣を起動する。魔法陣の上に、直径2mほどの光の球が浮き上がった。
『ゲート』の魔法は、魔法陣の作成については極めて難易度が高く、ザウエル級の技量を持っていなければ不可能だと言って良い。だが出来上がった魔法陣を起動するだけであるならば、かなり多くの魔力を必要とするものの、それさえ持っていれば並程度の腕前でも可能なのだ。
わたしは蜥蜴人たちを連れて来たソージャムとジャハーに言った。
「さて、今ここにいる者たちから順に、この『ゲート』に飛び込むのだ。この門の向こうは、既にバルゾラ大陸……お前たちの言う、バルキーゾ魔大陸だ。1回に10人ずつだ。急げ。他の部族が到着すれば、おそらく大混乱となる事は必定ぞ」
「ははっ!」
ソージャムは蜥蜴人たちを前に進ませる。前を進む同族が、魔法陣上の光球に吸い込まれて消えるのを見て、怯えて立ち止まった者もいるが、そう言った者はジャハーが叱咤して進ませた。
10人が転移する毎に、わたしは『ゲート』を再起動する。普通だったらかなりの魔力を消耗するのだろうが、生憎わたしは普通ではない。確かに消耗した感じは覚えるものの、自然回復量でそれは充分に補いがついている。
と、そこへ1人の蜥蜴人がやって来た。確か先ほど挨拶を受けた部族の長の1人で、カーランク部族の長、細き指のベッデムだったか。彼は大岩の上に立つわたしたちに向かい、土と砂塵の中に跪く。
「魔王様、大長、申し訳ありませぬが、我らカーランク部族の大人たちは新天地へと赴けなくなりもうした」
「何!? 先ほどは承知したでは……」
「よせ、ソージャム。何があったか申してみよ、細き指のベッデムよ」
ベッデムは、顔が地面に付く寸前まで頭を下げて、言葉を絞り出す。
「人類種族どもが、我らの集落の方向より攻撃をかけてまいりました。我らカーランク部族は子供に卵を持たせて逃がし、大人は雄も雌も全員で、時間稼ぎの防戦に出ておりもうす。つい先ほどやってまいりました子供が、我が部族の戦士長よりの言伝を持ってまいりました。
戦士長の言葉を、そのまま伝えさせていただきもうす。『我ら蜥蜴人全ての盾となり、時をかせがんとす。せめて年端も行かぬ子供らのみでも新天地へと導き給え』以上でございます」
周囲の蜥蜴人たちが、驚き騒ぐ。わたしは右手を挙げて、それを静めた。ベッデムは話を続ける。
「我も部族を率いる者として、戦士長たちを放ってはおけませぬ。今より我が集落へ立ち戻り、防戦に参加せんと思う次第にございますれば。なにとぞ、わが身の勝手を許したもうことを……」
周囲の蜥蜴人たちが、再度騒然となった。わたしは頭の中で方策を練る。その時、小さく声が響いた。
「魔王様、わたしが援軍に行く」
……アオイの声だった。
風雲急を告げる中、ピンチの蜥蜴人カーランク部族への救援に志願したのは、アオイ!彼女は蜥蜴人たちを救えるのか!




