第36話 滅びかける蜥蜴人たち
新生魔王軍本部基地の司令室にやってきた蜥蜴人の代表者たち3体は、わたしの前に出るといきなり平伏した。わたしの周囲にいる面々、親衛隊長アオイと親衛隊員の戦闘ドロイド3体、大魔導師ザウエルと魔道士2人、怨霊将鉄之丞および鉄之丞の腹心である吸血鬼ユージェニーと死導師キャメロンは、その様子をじっと睨んでいる。
わたしは徐に、蜥蜴人たちに話しかける。
「面を上げよ。直答を許そう。名を名乗るがよい」
「ははっ。ありがとうございます、魔王様。わたしめはジャハー……青き鱗のジャハーと申します」
そう言ったのは、蜥蜴人たちの指揮官と思しき、3体の中で一番体格が大きい青みがかった身体の蜥蜴人である。3体の蜥蜴人は顔を上げた。蜥蜴人たちの視線は、首は動かしていないものの、眼だけできょろきょろと司令室の中を見回している。どうやら司令室の質素さが、予想外であったらしい。
ザウエルが彼らに向かい、高圧的に言葉を発した。
「魔王様は虚飾がお嫌いだ。質実剛健さを好まれる。……お前たちが土産として持ってきた金銀は検分されたが、そんな物で心動かれるお方では無い。第一、財宝であれば魔王様は腐るほど持っておられる」
「も、申し訳ありません! 我々はそのようなつもりは!」
「ザウエル、あまり脅かすな。気を悪くしたわけではない。安心せよ」
居丈高な態度を取るザウエルだが、これは演技だ。自分が相手を威圧し、わたしにそれを制止させる。それによって、わたしに対する印象を良い方向へ操作するのだとの事だ。……そこまでやらんでも、とは思うんだが。
「は……」
「「「は、ははっ!」」」
ザウエルはわたしに軽く頭を下げる。一方、蜥蜴人たちは慌てた様に頭を下げた。わたしは彼らに向かい、問いかける。
「さて、遥々海を越えてやって来た客人よ。いったい何用あってこの大陸へ?」
「は……。実は、その……」
「……言うだけならば誰にも迷惑はかからん。言ってみよ」
わたしの言葉に、蜥蜴人の指揮官ジャハーは覚悟を決めたのか、ごくりと喉を鳴らして口を開く。
「じ、実は魔王様! ど、どうか我々蜥蜴人をお救いください! 代償が必要だと言うのならば、我々蜥蜴人全てが忠誠を捧げます! どうか、どうか!」
「……少し待つがよい。落ち着いて、事情をゆっくりと話してみるのだ」
「は、も、申し訳……」
「いや、謝らんでも良い。事情を順序立てて、ゆっくりと話せ」
ジャハーは、深呼吸を繰り返すと、今度はわたしの言った通り、ゆっくりと話し始めた。彼から――たぶん雄だと思うから彼でいいだろう――聞いた話は、なんとなく想像がついた通りだった。
彼ら蜥蜴人は、コンザウ大陸の東の果てに、大昔から細々と居住している原始的な種族であったそうだ。魔物に分類はされているものの、人類種族と諍いを起さずに平和に暮らしていたらしい。まあ、居住している場所が辺鄙な荒野であり、人類種族の誰も欲しがらない土地であったことが主たる要因であるのだが。
しかし人類種族は、旧魔王軍のコンザウ大陸侵攻軍が撤退したことで図に乗ったらしい。侵攻軍撤退の結果、それと対峙していた戦力が自由になったのをいいことに、その戦力を蜥蜴人たちに向けたのである。曰く、魔物は魔物だから殲滅しておいた方が良い、と。
蜥蜴人たちは善戦した。だがその大長は、物量の差からいずれ敗北は免れないものと判断する。そして蜥蜴人の大長は、1つの賭けに出た。人類の船を奪い、バルキーゾ魔大陸――このバルゾラ大陸の人類領域での呼び名――へと渡航、新魔王であるわたしに助けを求めると言う賭けであった。
そして蜥蜴人の大長より交渉の全権を委任されて精鋭部隊を率いたジャハーは、見事に人類の帆船を奪い、船員を脅迫して操船技術を学び取り、長く苦しい航海の果てにこの大陸東岸にて座礁した、と言うわけである。
ちなみに船員は、蜥蜴人たちが操船方法を覚えた時点で、ボートに乗せて放逐してあるそうだ。
「……魔王様。今現在新生魔王軍は全力を挙げてアーカル大陸侵攻に力を注いでおります。海を越えて東のコンザウ大陸、その更に東の果てにまで軍を派遣する余裕はございません」
「そ、そんな! それでは我々は……!」
ザウエルの、おそらくはわざと言った冷たい言葉に、蜥蜴人たちは狼狽し、悄然となる。わたしは笑いを噛み殺して、ゆっくりと言った。
「ふむ。ではお前は蜥蜴人たちを見捨てるべきだと言うのか、ザウエル?」
「それは魔王様の御心次第かと」
「「「え……」」」
蜥蜴人たちの声音に、怪訝そうな色が混じる。彼らはザウエルが、蜥蜴人たちを見捨てるべきだと進言すると思っていたのだろう。わたしは小首を傾げて見せる。
「蜥蜴人たちは未だ我が民ではない。なれど魔物の一員であることは間違いが無い。さて、どうすべきか。
青き鱗のジャハーよ。お前たちの棲み処がコンザウ大陸の東の果てにある以上、此度だけ助けてやってもいつかは必ず人類に滅ぼされることは必定である。そこで、だ。お前たちが救いたいのは、お前たちの棲み処か? それともお前の仲間たちの生命か?」
「そ、それは……」
「前者を選ぶのであらば、今言った通りだ。今回救いの手を伸ばしても、やがては圧し潰されるだろうて。我とてもその様な無駄なことに使う力は無い。
なれど後者を選ぶのであれば、方法はある。お前たちに、この大陸に新天地を与えてやろう。ちょうど大陸の西に、お前たちに相応しい荒野がある。しかも多少の野生動物がおる他は、誰の手も入っておらぬ地だ」
わたしはしっかりと、ジャハーの眼を見つめる。ジャハーは眼を逸らさず、と言うよりも眼を逸らす事ができず、凍り付いた様に動きを止めていた。
「そしていずれは我が軍勢はコンザウ大陸を席捲するであろう。今すぐにではないが、な。その時お前たち蜥蜴人が、我が軍勢に加わっているかどうかは、お前たちの選択次第だ。さあ、選ぶがよい。我の手を取るか否か?」
そう言ってわたしは、右手をジャハーに差し伸べる。ジャハーはしばらくピクリとも動かなかったが、やがてわたしの手を伏し拝むように押し戴いた。彼は必死に言う。
「お願いでございます! 我々蜥蜴人の生命をどうかお救いくださいませ! どうか我々に、新天地をお与えください!」
「よかろう。ここに魔王ブレイド・JOKERが宣言する。今この時より、蜥蜴人も我が民である。我が民を救うのに、何のためらいがあるものか。……青き鱗のジャハーよ、いささか疲れたであろう。別室を用意させるので、そこでゆるりと休むがよい。いざ事に及ぶ時には、お前にも働いてもらうのでな」
「ははっ! ありがたき仰せ!」
「誰ぞ、ジャハーたちを客室へ案内せよ」
「それではわたくしが。おいでなさいな、青き鱗のジャハー殿?」
吸血鬼ユージェニーが、ジャハーたち蜥蜴人3人を伴って退出して行く。司令室の扉が閉じられたところで、わたしは大きく息を吐いた。
「ぶはああぁぁっ! 堅苦しい態度はやはり疲れるね。肩が凝りそうだよ」
まあ、改造手術を受けてからこの方、肩凝りは感じたことなど無いのだが。周囲の幹部連中が、一斉にわたしへ突っ込みを入れる。
「台無し、魔王様」
「台無しですよ、魔王様」
『台無しでござる、魔王様』
「……悪かったよ。うーん、だけど西の荒野、緑化事業を始めなくてよかったなあ。いや、悩んでたんだよね。予算はあるんだけど、事業に使える種族……ぶっちゃけた話魔族や犬妖とか、その辺の数が足りなくて躊躇してたんだよ。農地は欲しかったけど」
やれやれと首を振っていたザウエルが、真面目な顔になってわたしに問いかける。
「ところで魔王様。どんな手段を使って、蜥蜴人たちを全員このバルゾラ大陸へと連れて来るつもりですか?」
「ああ、ザウエル。君にも手伝ってもらうことになるよ。実はだね……」
わたしの説明に、周囲の者たちは頷いて行動を開始する。目的は蜥蜴人たちの救出だ。事態は一刻を争う。わたしもまた、急ぎ出立の準備を整える。海と縁の無い蜥蜴人たちが、わざわざ海を渡って来たんだ。その心意気には報いてやらねばならないな。うん。
海を越えてやって来た蜥蜴人たちの願いは、自分たちの種族の救援でした。まあ、蜥蜴人は優秀な種族ですし、滅びてしまうのは勿体ないですね。いや人情的にも見捨てられはしませんが。




