第34話 竜車に揺られて
今現在新生魔王軍のアーカル大陸侵攻軍は、『タートム連合国』と戦端を開いている。ただしアーカル大陸の最大国家、『ヴァルタール帝国』が直接間接を問わず多くの支援を行い、『タートム連合国』も必死の抵抗を見せていた。
流石の名将ガウルグルクも、今までの様に鎧袖一触とはいかない様だ。まあでも、地力が違い過ぎるからね。味方にはライフル銃を装備した銃士隊とかいるし。戦闘力も、それを支える科学技術力も、圧倒的だ。少々てこずりはしても、『通話水晶』で送られて来る報告はすべからく勝利を報せる物であった。
そんな中、魔竜の1種である地竜に牽かせた竜車に乗って、わたしはバルゾラ大陸各地の視察に出ていた。竜車には当然アオイと親衛隊員数体が同乗しており、車外には同じく親衛隊員が騎獣に乗って多数同行している。ちなみにアオイは、以前も使っていた正体を隠すための仮面を被っていた。
まあ竜車に乗っているとは言え、各種族の居住地、そして街や村落の間は、わたしの転移魔法で時間節約しているのだが。文官がとりあえず揃い、視察に使えるだけの時間が捻り出せる様にはなったが、のんびりと旅行していられるほどの余裕はない。
しかし実際に民の生活ぶりを見て、やはりまだまだ問題が多いことを思い知らされる。具体的に言うと、種族間の格差が大きいのだ。わたしが21世紀地球の知識や、秘密結社『ジョーカー』の超科学技術を用いて行った様々な改革……。それにきちんと適応して飛躍した種族、適応できずに乗り遅れた種族、その差をまざまざと見せられた。
特に上手く適応したのは、魔族や巨鬼族などのエリート種族と、弱小種族であったはずの犬妖である。ちなみに魔族や巨鬼族は、以前は銃器に対し偏見を持っていた。
だが最近では、その有用性に気付き積極的に導入する様になる。結果、この魔族と巨鬼族の戦闘力は桁外れに上がり、ますますエリート種族としての優位性を確固たるものにしたのである。
更に言えば、この2種族はわたしがもたらした医学知識を積極的に導入し、乳幼児死亡率を劇的に下げる事を成し遂げている。数が比較的少なかった魔族、そしてそれ以上に希少種族だった巨鬼族は、将来的に大きくその数を増やすことが見込まれている。
そして犬妖である。この種族は他の種族から搾取されるだけの存在であった。だが銃を扱えるだけの知能と器用さを示したことで、わたしを始めとする新生魔王軍の指導部に注目を浴びた。そして今では、魔族や巨鬼族などの上位2種族にはまったく及ばないものの、魔物種族の中でかなりの評価を得ている。
「まおうさま、ばんざーい!」
「「「「「「まおうさま、ばんざーい!!」」」」」」
アオイたちと共に竜車から降りつつ、わたしは新生魔王軍の軍旗を振りつつ大歓迎の様子を見せる犬妖たちに、ゆっくりと手を振った。……我ながら、たいした人気だ。ここは犬妖の街……そう、村落でも集落でもなしに、歴とした街なのである。
少し前までは、軍人あるいは軍属の者以外の一般の犬妖には、農民と僅かな職人程度しかいなかった。だが、今では商人などの職に就く者も現れているし、工場の工員として採用される者も多い。そう言った者たちが増えた結果、この様な街が出来上がったのだ。
市長がわたしの前に歩み寄り、平伏する。市長はさすがに犬妖ではなく、魔族だ。犬妖たちが必死に『おねがい』してその地位に就いてもらったそうである。さすがに高度な政治判断とかは、犬妖には無理っぽい。その事を、犬妖たち自身がよく理解している。
市長はガチガチに緊張しつつ、言葉を発する。
「この度は、偉大なる魔王陛下の行幸を賜りまして、誠に感激しだいでございます」
「うむ、面を上げよ。直答を許す。何か困っていることや、要望は無いか?」
「は、ははっ! 有難き仰せ! 実は……お願いがございます。軍警察の一部隊を、この街に配備していただきたいのでございます。近隣の豚鬼居住地の者が……この街にやって来ては狼藉を働くのでございます。
この街の役人は魔族でございますので、その都度出張っては魔法で鎮圧しておりますが……」
「あー……。そうなれば書類仕事も遅れるであろうしな。わかった、聞き届けよう。ただし建物など駐屯場所はそちらで確保してもらうぞ。予算はこちらで付ける」
わたしの返答に、市長の後ろで聞いていた犬妖たちが歓声を上げた。
「「「「「「わーっ!! まおうさま、ばんざーい!! ばんざーい!! ばんざーい!!」」」」」」
「ははっ! まっこと、有難く存じ奉ります!」
「うむ、では我は次の視察地へ赴かねばならぬのでな。励めよ」
わたしはアオイを始めとする護衛たちと共に竜車に乗り込む。これも戦闘ドロイドの御者が、竜車を発進させる。わたしは溜息を吐いた。
「はあ~……。威厳を保つためとは言え、堅い口調は疲れるよ」
「ご苦労様」
「しかし……豚鬼かあ」
そう、豚鬼である。この種族は人食い鬼と共に、社会の進歩発展に乗り遅れた2大種族であった。豚鬼と人食い鬼は新生魔王軍内部でも、銃器は扱えない、略奪や虐殺を我慢できない、豚鬼に至っては18禁行為なナニまでする。
この様にこの2種族は、扱いづらい……危なっかしくて使えない種族だ。ザウエルなどは、切り捨て前提で肉の盾として扱うしか使い道は無い、とまで言っている。
そして奴らの頭の中は、かつての先代魔王時代と何ら変わっていないのだ。食料なり日用品なりは、無ければどこからか奪って来れば良い、と考えている。それ故に、近隣の犬妖の村落や集落に略奪を仕掛けたりするのだ。
最近はあちこちに軍警察の部隊を配備して治安の維持に当たらせており、略奪や虐殺の阻止にはなんとか成功している。それでも若干の被害は出てしまうのだが。
ちなみに豚鬼や人食い鬼とほぼ同格の使えない種族と見られていた大犬妖であるが、首の皮一枚、崖から小指一本引っ掛かる形で、進歩から取り残されずに済んでいた。彼らは元から原始的な弓は使用していたこともあり、銃をかろうじて扱えるようになっていたのである。
……まあ訓練には他の種族の倍は時間がかかるし、銃を使っての命中率も不器用なため低いのだが。それでも豚鬼や人食い鬼よりかは1,024倍マシだと言う物だ。
大犬妖は、銃を扱えるようになったことが契機となり、その他の様々な進歩にもなんとかかんとか青息吐息で付いて来ている。彼らの居住地には上下水道のインフラがあるし、石鹸で手を洗う様にもなり、風呂文化も根付きだした。
貨幣の価値もなんとか理解した。物資を奪うのではなく、稼いだ貨幣で購入するようにもなった。そして稼ぐために仕事をくれと、新生魔王軍での上役へ嘆願する事も覚えたのだ。豚鬼、人食い鬼とは一線を画している。
「見捨てるわけにも、いかないしなあ。こっちは魔王なんだし、相手は魔物なんだし。豚鬼と人食い鬼……」
「見捨てないのはいいけど、やりすぎだって声も聞こえてきてるわ。豚鬼と人食い鬼は、表向きは各地の居住地から強い個体を選び出して軍隊に差し出し、その代価として政府から食料他の物資を受け取ってることになってるけど……」
「うん、分かってる。実のところ軍隊でも持て余してるからね、あの2種族。ザウエルが愚痴ってたよ。事実上と言うか帳簿上でも、あの2種族に渡してる物資は、はっきりと『援助物資』の名目になってるって。使えないやつらに『援助物資』を送ることに、官僚の文官たちから不満も出てるってね。
……一応程度でも使えるようになってもらえれば、そう言う声も抑えられるんだけどなあ」
なお、豚鬼や人食い鬼の兵士に軍隊から渡してる給料は、食料品、日用品、その他の現物支給だ。貨幣経済を持っていないので、貨幣を給料として受け取らないのだ。
豚鬼の一部は、金貨銀貨などをキラキラした宝飾品として見て欲しがる場合もあるが、貨幣として使うために欲しがるわけではない。奴らに貨幣経済が導入されるのは、いつの日になることやら……。
「せめて自分たちで食べる分の農耕や畜産をやってくれる様になれば、随分と助かるんだけどねえ……。食べ物を育てる、って意識や発想自体無いからなあ。あるところから取ってくればいい、って原始的過ぎるだろう……。
軍隊でも、せめて銃を扱えればなあ……。銃口覗き込むなよ……。味方に向けるなよ……。あげくに訓練用標的めがけて、銃そのものを投げつけるなよ……。あー、切れそう」
「あ!」
突然アオイが声を上げた。何か思いついたのだろうか?
「何かいい考えでもあるのかい?」
「ん、銃を投げつけたって言ったから、そこから。豚鬼も人食い鬼も、投石ぐらいはやってるのよね?」
「ああ、うん。ただ、今更投石なんてさせてもなあ……」
わたしの言葉に、アオイは首を左右に振る。怪訝に思ったわたしに、アオイは説明を始めた。
「最近手榴弾の生産と配備も始まったのよね? 銃は上手く使えなくても、手榴弾投げさせるだけだったらどうにかならないかな?
豚鬼の馬鹿力だったら、かなり遠くまで飛ぶんじゃないかな。それと、豚鬼よりも力が強い人食い鬼なら、もっと遠くまで……」
「なるほど、下手なグレネードランチャーより遠くまで飛びそうだね……。だけど手榴弾のピンを抜くだけのことが、ちゃんとできるかなあ。抜かないで投げつけたりして。ピンを抜いた手榴弾をそのまま持ってたりも、やりそうで怖い。
……徹底的に反復練習をさせて、条件反射として身体に刻み付けさせるしかないか。あと手榴弾の時限信管をいじって、爆発までの時間を長くして、投げ遅れても大丈夫な様にしないといけないかな」
わたしは自分の膝に頬杖をついて、考えに沈む。豚鬼と人食い鬼、上手く使える存在になってくれれば……。
「略奪や虐殺の予防については、巨鬼族の指揮官の指導力に頼るしかないかなあ。軍規を破った奴は、心を鬼にして処刑……は、以前もやってたんだよなあ。事件は減ったけど、根絶はできなかったんだよな……。いちいち『ギアス』の魔法とか、かけてられないしなあ」
「まずできることから始めないと」
わたしはアオイに向かい、頷く。
「そうだね。次の定例会議に、議題としてかけてみよう。いいアイディアだったよ、ありがとう」
「どういたしまして」
「あ」
わたしはつい声を上げてしまった。竜車を牽いている地竜が、フンをしたのだ。
「あー。やっぱり自動車の開発を急ごう。公用車は必要だよ。というか、竜車や馬車だと、竜糞や馬糞が衛生的じゃない。最近は石油産出量も増えてきてるから、少数の公用車程度なら運用可能だろう。
でも、後日でもいいから、もっと石油採掘量を増やさないと。燃料になるガソリンを大量生産して、兵員輸送車や大型輸送車両を製造して、軍隊の機動力を高めないといけないよ。大砲も自走砲化して、あとは戦車や装甲車を開発しないといけない。それと……」
「また突っ走ってる。兵員輸送車と物資輸送の両方に使えるトラックをまず開発する程度にしておいた方がいい。他のものは、追々」
「あ……。そ、そうだね。あー、でも自走砲の開発ぐらいはやっておかないと。砲兵が他の兵科についていけないと、困るから。初期の自走砲なら、トラックの車体を開発すれば、その車体を流用できると思うから」
「……単に、トラックに大砲を牽引させたら?」
竜車は、ゴトゴトと音を立てて進んで行く。わたしは街を出た辺りで、護衛の親衛隊員たちを含めた一向全てを効果範囲に入れ、転移魔法を発動させた。魔法は瞬時に効果をあらわし、わたしたちの一行は次の目的地である巨鬼族の居留地が目視できるところに出現した。
魔物と一括りに言っても、いろんな種族がいます。その中には、どうしても合わない種族も存在します。……困ったもんです。




