第32話 困ったときのカレーライス
会議の主な議題が一段落ついたところで、わたしはザウエルに問いかける。
「ところで、例の新勇者ミズホだけど……。その後どうなったかい? 彼女の性格などに関する情報は?」
わたしの言葉に、アオイが僅かに身を固くするのが感じ取れる。やっぱり彼女の立場からすると、つい反応しちゃう質問だったよなあ、ごめん。だが、聞いておかないといけない事だからなあ……。アオイのためにも。
ザウエルは即座に答える。
「新勇者ミズホの一行は、未だコンザウ大陸はおろか『リューム・ナアド神聖国』から出ていませんね。集めた情報によると、召喚されたばかりで戦い慣れていない勇者ミズホ当人が、足を引っ張っている形になっていますね。
……ですが、その技量の進歩はかなり急速で、どちらかと言うと問題は心構えなどの心理的問題の様ですよ」
「……さもありなん。召喚される前は、素質こそあれど普通の幼い少女でしかなかったんだろう?しかも名前から言って、おそらく日本人だろうね。21世紀の日本から来たと仮定するならば、その国はもう何十年も対外戦争をしていない、平和な国だからねえ。
命がけの戦いなんて、突然に召喚されて出来るわけがないのさ。それどころか、生き物を殺すことにも躊躇があるはずだよ。わたしの様な特殊な事情でもなければ、ね」
「うん……。わたしもそうだった。はじめて魔物を……獣型の知性がない種類だったけど、殺したときには、胃の中の物を全部吐いたっけ……」
わたしは訥々と語るアオイの頭に右手をやって、軽く撫でる。そしてザウエルに目を遣って、続きを促した。ザウエルは続ける。
「肝心の新勇者ミズホの性格ですが……。一般的な民人の評価では優しく正義感が強い人物であり、犯罪組織などの評価では甘い性根の持ち主だそうですね。
何と言いますか……貧困や治安の悪化など、そう言った国家の問題点を全て魔王様のせいだと言われて、魔王様の討伐をやる気になった模様です。無論、元の世界に帰りたいのも大きな理由でしょうけれど」
「耳が痛い……。わたしのときもよく考えれば、それらの問題は決して当時の魔王だけのせいじゃないことが、すぐ分かったはずなのに」
『同じく、でござるな』
「ああ、申し訳ありませんね、親衛隊長殿。怨霊将殿も。悪気は無いんです、気にしないでいただけると……。
それはともかくとして、もう少し情報が纏まったら正式な報告書にして、提出します。これ以上は、それをお待ちいただけると……」
ザウエルの言葉に頷き、わたしは彼に告げた。
「わかった。今後も引き続き、情報収集を頼むよ。ありがとう」
「はい。お任せ下さい」
「では解散としよう」
ザウエルと鉄之丞は、各々敬礼をして司令室を退室していく。鉄之丞の敬礼はちょっと慣れていないのか、まだ変だが。アオイはそのままわたしの傍らに残る。
わたしは部屋の片隅に置かれた黒板に、これから赴く場所の行先を書きこんだ。
「魔王、工房にて作業っと……」
「親衛隊長、魔王様の護衛にて魔王様の工房……。よし。
魔王様、今日は工房で何をする予定?」
「食品開発。保存食や軍用食として、インスタント食品やレトルト食品を開発中なんだよ。缶詰瓶詰は既に実用化したけどね。
レトルトは苦戦してるけど、インスタント食品はラーメン、ご飯や麦飯やお粥、スープ、茶やジュースなどの飲料類、その他が既に実用寸前まで行ってる。ご飯のお米が長粒種なのは残念だけど、短粒種は見つからなかったんだよね。
完成したら、戦闘糧食として軍隊に供給することも考えてるよ」
「ラーメン……。前に食べさせてもらったのは、味は良かったけど何処か違ってた」
頭を掻きつつ、わたしは言い訳をする。
「味噌や醤油を造るための大豆の品種や、麹カビの種類がやっぱりこの世界で見つかった物は違っててね。近い物はできたんだけど……。あとは麺も小麦の品種がねえ……。まあ、これについては気長に品種改良するしかないかなあ。
ああ、レトルトパックに封入するのに苦戦してるけど、料理としてはカレーの試作品がまともに出来たんだ。これもちょっと香辛料の品種違いや、その配合に苦戦したけど、かなり日本のカレーに近いと思うよ。食べてみるかね?」
「うん。楽しみ」
食べ物で釣るのはどうかとは思う。だが、先ほどの新勇者の話題が出たときから多少アオイの元気が無かった。なので、これで少しでも気が紛れれば、と思う。
カレーは、『かなり近い』と言った物のこれは謙遜で、自分では100点満点の物が出来ていると思っている。食べた時の、アオイの顔が楽しみだ。わたしは自分の工房へ向かい、歩き出した。
魔王様、アオイには甘いですねー。いや、仲間になった奴らには、皆親切にしてるんですが。アオイにはやっぱり特別に甘い……。




