第25話 新生魔王軍の現状
ザウエルの配下、魔道軍団は八面六臂の活躍で働いている。文官としての働き然り。教育者としての働き然り。そして諜報員としての働き然り、だ。新生魔王軍に於いては、諜報・防諜を含めた情報部としての働きができるのは、彼らしかいない。
今彼らに最優先で命じているのは、新たに召喚された勇者ミズホの動向である。彼女を味方に引き入れるためには……。やはり彼女の性格や思う所などを知らねばならないだろう。ただまあ、それはそれで、だ。
ザウエルの部下が情報を集めて来るのを待つ間にも、他の事務仕事は次々にやってくる。わたしが発行した命令書による任務に関する報告書とか、魔王領各地の統治報告書とか、その他諸々。アオイはぎりぎりまで手伝ってくれていたんだが、さすがに夜も更けたので就寝させた。
だがわたしはアオイが就寝した後も、書類のチェックを続ける。わたしは『睡眠圧縮』が使えるからね。かなりの無理ができるんだ。……でも、新生魔王軍の運営が軌道に乗ったら、普通に寝られる様に調整しよう。
「青カビからの抗生物質……ペニシリンの生産は順調、と。チョウセンアサガオに類する薬草も発見できたから、これから初歩の麻酔薬が精製できそうだ。麻酔薬が完成すれば、外科手術の普及も早まるだろう。
治療魔法の類で解決できない死病も、この世界には存在してるらしいし、医療技術は早急に進歩させないとな。しかし……各種族ごとの身体構造の差異を調べないとなあ。元の世界の医療技術をただ書物にして出版しても、最悪の場合は人類、それも人間族にしか恩恵が無いなんてことになりかねない。
ああ、いやもっと最悪は、元の世界の人間とこの世界の人間族が別種の存在だったりすることか。そうなるとわたしの補助頭脳に収められている医学知識のかなりの部分が役立たずになる」
わたしは報告書をチェックすると、問題点や思い付きをメモに取る。緊急を要する物など、場合によってはそのまま即座に命令書を発行することも多い。
「ふむ、相変わらずのゴーレム動力だが、各種工場は順調に数を増やしているな。魔族もしくはこちらに忠誠を誓った土妖精族が工場長になり、犬妖が工員か。
犬妖、労働力としても兵力としても需要が大きすぎるなあ。いくら多産で成長速度が速くても、確実に足りなくなるよ。当初予定してたよりも、軍隊に配属できる数は少なくなるなあ。仕方ない、幸い大犬妖は銃の扱いをかろうじて合格点レベルまで覚えられる様だし、大犬妖で不足分を充当しよう」
……一人で仕事してると、独り言が多くなるな。なんかこれじゃ、わたしが寂しい奴みたいだ。ちょっと気を付けよう。その後わたしは、黙々と仕事を続けた。
あくる日の早朝には、司令室にて幹部会議が待っていた。ちなみに議事録を取らせるために、いつもの魔道士アンブローズを参加させようかと思ったが、彼は最近ストレスで胃をやられたらしい。
まあ、平の魔道士が魔王や最高幹部が列席する場に同席するのは、流石に辛いものがあるのは分かる。仕方がないので、今度は魔道士アンブローズの同僚の、魔道士ブライアンに議事録を取らせることにした。できるだけ長く保ってくれることを祈る。
今回の会議は、オルトラムゥとガウルグルク、それにゼロの報告から始まった。
『魔王様。アーカル大陸から引き揚げた魔竜たちの再訓練は、順調だぞ。これまでの経験で、しっかりとした訓練カリキュラムを確立できていたことが大きいな。
一方、入れ替わりでアーカル大陸の占領地に赴いた魔竜たちも、問題なく任務をこなしているぞ』
「魔王様。同じくアーカル大陸から引き揚げて来た魔獣たちは、部隊を再編制して再訓練しておりますれば。各々の魔獣の特徴を活かせる様に部隊を編成し、団結、結束して事に当たると言うのが慣れない模様であり、再訓練にはやや時間がかかっておりますのう。
魔獣どもは今まではただ漫然と集団を作り、漫然と敵に当たっておりましたからな。その辺りの意識改革に苦労しております。銃や砲などの扱いにも苦労、と言うより困惑しておりますな。
ですが魔獣軍団は魔竜軍団と違い、アーカル大陸に入れ替わり部隊は派遣しておりませぬ。それ故、訓練を完了しておる者たちが丸々手付かずの状態でバルゾラ大陸に残っております。それらに教えさせることで、再訓練は進展しつつありますな」
「魔獣軍団ノ代ワリニあーかる大陸ヘ送リコンダ魔像軍団デスガ、大過ナク防衛任務ヲコナシテオリマス。指揮下ニ置イテクダサッタ、犬妖ノ銃士隊ト砲兵隊モ、問題ナク」
わたしは彼らの報告に頷く。そして視線をザウエルに向けた。ザウエルは話し始める。
「はい、では次に占領地から引き揚げさせてきた一般兵たち、及びアーカル大陸占領地の現状について報告いたします。なお現地で保護した半豚鬼の子供たちについては、親衛隊から派遣した戦闘ドロイドが教官をやっておりますので、親衛隊長殿からお願いします」
「了解したわ」
「はい、ではわたしの報告後にお願いしますね。しかし……なんかわたし、魔道軍団の長って言うよりも、便利屋か何でも屋になってるなあ。いや、魔道軍団そのものが、そう言う傾向も……。
ゴホン」
ザウエルはつい愚痴を口に出した後、報告を開始する。
「引き揚げさせた一般兵には、豚鬼、大犬妖、人食い鬼、巨鬼族、それに下働き兼非常食兼戦闘時の使い捨て盾要員として犬妖が多数おりました。この犬妖については、引き揚げ完了後に速やかに元の部隊から引き離し、銃士や砲兵としての訓練課程に放り込みました。
待遇が著しく改善したことにより、犬妖たちは当初困惑しておりましたが、すぐに環境には慣れた模様です。種族的特性として、上の言う事には従順なためもあるでしょう。
巨鬼族も、バルゾラ大陸に残っていた同胞と語らい、新式の軍制に適応すべく自主的に訓練に参加しております。さすがはエリート種族と言うものですね」
まあ、ここら辺までの状況は、まずまず喜ばしい。だがザウエルの顔が苦々しくなった。たぶん続けて行う報告の内容が、あまり芳しくないのだろう。
「……ですが豚鬼、大犬妖、人食い鬼は難しいの一言ですね。それでも大犬妖は銃が使える様になった先達の戦闘力強化を見て、自分たちも積極的に訓練に取り組む様になっただけマシですが。まあ物覚えは悪いし、銃を使わせての命中率も悪いんですが。
けれど豚鬼と人食い鬼は……。それこそ使い捨ての肉の盾にしか、今のままでは使いようがありません。元からバルゾラ大陸にいた者も、今回引き揚げて来た者も区別なく、です。殺したり奪ったり、あるいは豚鬼はナニをすることしか頭に無いですし、進歩しようという意欲がありません。
ただ一応魔王様の仰ったとおりに、知能テストを行いまして、知能が比較的優れた個体同士をかけ合せて、知能が高い個体が生まれないか試みてはいます。
親衛隊長殿、あとはお願いします」
「ええ。親衛隊から教官として派遣した、戦闘ドロイドたちから報告が上がってる。半豚鬼の子供たちはすくすくと成長してるし、魔王様への忠誠の刷り込みも上々だって言ってきてる。もう読み書きと加減算程度の知識はあるそうだし、兵隊としての身体づくりも順調だそうよ」
それらの報告に対し、わたしは頷きつつ言った。
「ご苦労、諸君。アーカル大陸へ派遣した部隊については問題ない。今までの様に侵攻を停止したまま、戦線の維持を行わせてくれ。兵員、武具、兵糧など再侵攻の準備が整うまでは現状を維持させる。
引き揚げさせた兵員についても、今のまま訓練を続けさせてくれ。いずれ精兵になるだろう。一定の水準に達すれば、再度戦線へ投入する。
大犬妖に関しては、まあ期待したぐらいはかろうじて達成している。ぎりぎりだが合格点を与えてもかまわないだろう。だが豚鬼と人食い鬼に関しては……。新式の軍制に適応できない奴らがこれ以上増えても困る。一定の知能が見られる者たち以外については、産児制限を課すことも考えよう」
ここまでは、まあ良い。いつもの会議と同じだ。色々と問題も上がって来てはいるが……。だが、次の議題こそが最大の懸念である。
……新勇者ミズホに関する、第一次の情報収集結果が上がって来ているはずなのだ。わたしは気持ちを引き締めて、ザウエルの方を向いた。
新生魔王軍、けっこう問題多いんです。特に豚鬼とか人食い鬼とか、話は出来る癖に話が通じない連中が。




