第24話 アオイの心情
約40名……正確には42名の学生が、広い教室でわたしの授業を聞いている。わたしは1人を指名し、黒板に書いた問題を答えさせた。
「よし、出席番号32番、キリク。この黒板に描いた円柱の表面積を導き出せ」
「はい、魔王様!え、ええと……円の面積はπかける半径の二乗で、円周の求め方が2かける半径かけるπ……。長方形の面積が底辺かける高さだから……。πの近似値が3.14だから、約471平方cmになります!」
「よくできた。だが次回はもう少し早く答えを出せるようにな。お前たちは、能力面、人格面から特に選ばれた存在なんだ。そしてお前たちの頭脳には、既に必要な知識を魔法により転写してある。
その知識をいちいち口に出さずとも引き出せる様になり、その知識を縦横無尽に使いこなせる様になれ。キリクだけではない、おまえたち全員に言っているのだぞ? わかったな?」
「「「「「「はい、魔王様!」」」」」」
「では次の問題を……」
わたしは授業を続けた。どの学生も優秀で意欲に溢れている。理想的な学生たちだった。
授業終了後、わたしはアオイと共に新生魔王軍本部基地の廊下を、司令室に向かって歩いていた。わたしはふとアオイに目を遣る。さすがの彼女も久々の学生としての活動は、少々疲れた様子であった。そう、アオイは学生の1人として、先ほどの授業に参加していたのだ。
わたしは彼女に声をかける。
「疲れたかね?」
「うん……。でも、なんか懐かしかった。『学校』は3年、じゃない、もう4年ぶりだったから。
でも、知識の転写をする魔法、便利だよね。これが向こうの世界にもあったら、暗記物とかの勉強が楽だったのに」
「いや、そう便利でもないんだ本当は。これは馬鹿みたいに魔力を使う魔法で、しかも儀式魔法だから触媒や魔法陣の準備が大変なんだよ。勇者召喚の魔法陣に込められてる術式と同じ物だからね。
勇者召喚の際に、この世界の言葉を教え込んだり武術の技を教え込んだり……。アレと同じ。わたしは馬鹿みたいに膨大な魔力で色々誤魔化してるんだけど、こんなに魔力使ったのは、この世界に召喚されて初めてかな。まあ、それでもまだまだ余裕なんだけど。
我ながらあきれ返る魔力量だね」
42人の学生全員にこの魔法を使って、全魔力の3%も消耗していないのだ。我ながら自分の化け物さ加減に、本当にあきれ返る。しかも消費した魔力の回復速度も非常に速く、既に回復していたりするのだ。
ここで『勇者召喚』の単語を聞いてだろう、アオイの顔色が曇る。わたしは失言だったかと思い、頭を掻いた。
「あー、申し訳ない。失言だったね」
「ううん、別にかまわない。……ミズホ、だったよね。新しく召喚された勇者の娘」
「ああ、そっちを気にしていたのか。なるほど。ああうん、ミズホだったね」
わたしたちは、しばらく無言で廊下を歩く。アオイはおそらく、どんな言葉を発すればいいのか考えが纏まっていないのだろう。やがて司令室の前まで、わたしたちはたどり着いた。わたしは扉を開ける。中には誰もいなかったが、書類の山がわたしを待っていた。
わたしは一瞬溜息を吐きかけたが、堪える。この書類の処理も、大事な仕事なのだ。しかもわたし自身が色々手掛けた結果としての、大量の書類である。溜息吐いてたら、罰があたる。わたしは執務机に向かって座り、自分に気合を入れた。
「さて! やるとしますか!」
「うん」
アオイもわたしの執務机の隣に置いてある自分の執務机に向かって椅子に腰かけ、書類の山を処理していく。彼女は親衛隊長の権限で処理できる書類は処理してくれるので、そう言った物はわたしは本当にチェックするだけで良くなる。
だが彼女は『睡眠圧縮』の術法は使えない。と言うか、この世界の魔法は使えるがわたしの世界の魔道は使えない。まあわたしの元の世界でも、魔道の術に含まれる各種術法は廃れており、表の世界からは消え去った技術だ。陰陽術とか、仙術や道術とか、西洋の魔法とか。
こう言った技術を使える者は、地球世界でもそう多くは無い。いや、ほとんど存在しない。秘密結社『JOKER』ではそう言った術などを古文書などから再発見して復興し、僅かに生き残っていた術者をスカウトしたり脅迫したり誘拐して洗脳したり。
それはともかくとして、『睡眠圧縮』が使えないと言う事は、1日に8時間は眠らねばならないと言う事だ。率直に言ってしまえば、彼女はそう長い間書類仕事をしていられない。就寝時間が迫っているのである。
それでもぎりぎりの時間まで書類仕事を手伝ってくれる彼女には、本当に頭が下がる。魔王が頭下げたら権威的に一大事なので、本当は下げられないのだが。
しかし本当に彼女はがんばり屋だよなあ……。書類仕事と会議と授業と、そして日々身体を鈍らせないために戦闘訓練までみっちりやっている。と言うか、なんか最近がんばり過ぎだよね。やっぱり新勇者ミズホが召喚されたせいも大きいんだろうな。
ここでアオイが書類から顔を上げて、こちらを向いた。言いたかった事が、心の中で纏まったのかもしれない。彼女は口を開く。
「魔王様、わたしの事は気にしなくてもいい……。いざとなったら、召喚された勇者でも倒す覚悟はできてるから……」
「……そうか。でも、できれば殺したくないんだろう? 『リューム・ナアド神聖国』に騙されていることがまず明らかな、あの国の被害者だ。君からすれば、幾重もの意味で後輩、だろう?」
「……」
俯くアオイに、わたしは更に言葉をかけた。
「何、なんとか味方に引き入れて……いや、『リューム・ナアド神聖国』の手から助け出してみせるさ。まかせなさい。ああ、でも君も協力してくれるだろう?」
「……うん」
「なら何の問題もないさ。大丈夫、救い出せるともさ」
わたしの言葉に、アオイの瞳からポロリと涙が伝い落ちる。……泣かれるとは思ってなかった。わたしは『取り寄せ』の術法でハンカチを召喚し、彼女に手渡す。彼女は随分新しい勇者に感情移入している様だ。……いや、自分の境遇を投影しているのかも知れない。
これは失敗できないな。アオイは彼女が自分で思っているほど、精神的に強くはない。失敗しないためには……。まずはザウエルの部下たちが情報を集めて来るのを期待するとしようか。
魔王様、勇者アオイには随分と甘いです。まあ、元の世界から誘拐同然の手段で連れて来られた仲間意識があるのもそうなんですが……。それに、随分と情が移りましたからねえ。




